荒廃した惑星

 帝国宇宙軍前方総軍には四つの軍団が所属している。即ち第五、第六、第八、第九の四個軍団であり、その司令官は以下の通りであった。

 第五軍団長、アルフレート・フォン・フーバー大将。

 第六軍団長、アルプレヒト・フォン・フリッチュ大将。

 第八軍団長、ヴィルヘルム・ヨハネス・シーメンス大将。

 第九軍団長、ブリュンヒルデ・フォン・ハインリッヒ大将。

 帝国における作戦名「夏の嵐」、エリウス側の呼称による「七月戦役」での一連の戦いの中でエリウス軍相手に大いに活躍した第五軍団の三人の師団長はいずれも大将へと昇進した。そして前方総軍を構成する軍団の内三つの司令官としてエルヴィンの幕僚に留まったのである。

 一方の第六軍団長フリッチュはかつてスタル星系海戦でエルヴィンの元で第十二師団長として戦った指揮官であり、軍部内でもエルヴィン嫌いの急先鋒で有名であった。ロエスエル公の身内でもあり、マンスブルク子飼いの提督である。

 「あれは俗物だな。指揮官としての能力は凡庸そのもの。それを前方総軍にマンスブルクが無理言って押し込んだらしい」

 帝都星系エストマルクにおける帝国宇宙軍の拠点となっている第三惑星ルーメンにある高級士官クラブでフーバーは言い放った。

 「まぁ光る才能とは無縁な人だ。元々軍事省でコネと元々の家柄でのし上がった官僚貴族軍人だしな」

 フーバーの前に座るのは改革派将校団の首魁と目される軍務省兵務局長アルテンブルク少将である。

 「恐らくはマンスブルクが元帥閣下の足を引っ張らせるために送り込んだ刺客だろう。もっとも配下の一軍団長にできることはたかが知れているが」

 「とにかく、レーヴェンタール元帥は改革派と近しい関係にある。帝国の改革のためには彼の存在が不可欠だ。卿もそれは理解しているとは思うが」

 フーバーは灰皿の縁を煙草で叩き、灰を落とした。

 「大貴族には必ず報いを受けさせる。己の成した悪行の」

 アルテンブルクは座り直して身を乗り出した。

 「卿はもうすぐヴォルフェンに行くのだろう?くれぐれもレーヴェンタール元帥が貴族に謀殺されることのないように気を付けろ。彼が今以上に軍部における地位を確固たるものとした上で改革派と結びつけば、必ず貴族社会の改革は前進する。それまで彼を失脚させてはならぬ」

 フーバーは頷いた。

 「心配なされんな。それにそう簡単に負かされる男でもないさ、レーヴェンタール元帥は」

 「そうか。それにしても、また量が増えたんじゃないか?」

 フーバーの切れ長の黒い瞳が一瞬濁ったような錯覚を改革派の首魁は覚えた。

 「俺も人の子だからな」

 それに何も答えずアルテンブルクは席を立った。その背を目で追いながら、四十路も近づいた男は煙草の残り火を灰皿に押し付けた。


 帝国宇宙軍の主力は無論宇宙艦隊である。その艦隊に新造の艦船を供給するのが造船所である。帝国宇宙軍の心臓は艦隊に艦船と言う血液を供給する造船所であると言えた。一回の海戦で数千隻の艦船が沈み、それ以上の艦船が損傷する。造船所は常に最大効率で稼働し、無数の新造艦を吐き出して戦場へと送る。

 艦隊の規模が数万隻と言う莫大な大きさである以上、造船所もそれに見合った巨大なものとなる。戦争終結に稼働開始が間に合わなかった新たな造船所、プファルツ造船所は帝国において最大の造船所となっていた。惑星プファルツのラグランジュ点に設けられたこの造船所は同時に八千隻の艦船を同時建造することを可能とするためにその施設は肥大化し、衛星並の巨大宇宙ステーションとなった。無論それを防衛するための艦隊も四千隻に及び、十年前に造船所の建設が始まってから戦争が激化しても造船所の防衛艦隊は決して縮小されることなく宇宙海賊やテロ等の攻撃からステーションを防衛し続けている。

 第八軍団長ヴィルヘルム・ヨハネス・シーメンス大将は旗艦ヘイルダムでこの造船所を訪れていた。先の戦闘で彼の率いた第十四師団でも損傷艦が発生し、その一部はこの造船所に入渠していた上、新たに第十四師団を中核に再編される第八軍団の所属艦艇もここプファルツ造船所で建造されているため、その視察に訪れたのである。

 ヘイルダムとその護衛艦十隻の眼下には惑星プファルツが広がっている。宇宙空間からもその赤茶色の荒野を見て取ることができた。軌道上からは海や植生の気配を探ることはできず、実際に惑星上に降り立っても岩と砂だけで構成された無機物の無人惑星である。

 とても人が住むことができる環境ではないが、これでも十一年前までは植民者が生活を営んでいた場であった。現在は帝国政府の直轄惑星だがその時期までは大貴族の一人シャウエッセン候の領地だったのである。

 それが何故無人の荒野と成り果てたのか。全ての公文書やマスメディアはこの事実の存在をも包み隠している。惑星プファルツの存在は人々の記憶から消し去れているのだった。

 シーメンスは艦橋の隅に立ち、眼下の惑星を見下ろしていた。彼の脳内の時計の針が逆回転し、十一年前へと巻き戻る。


 平民出身のシーメンスは士官学校を四番目と言う好成績で卒業して以来、常に宇宙艦隊に勤務し、海賊の盗伐や外国との戦争で赫々たる戦果を重ねていた。しかしこの当時貴族の称号を持たぬ者が将官になることができた前例がなく、シーメンスがいくら尽力しても大佐、第七連隊第十四戦隊司令まで昇進することが精一杯であった。

 統一銀河暦三二一年、皇帝暦五九八年五月、突然五十歳になったばかりのシーメンスは当時所属していた上級司令部たる第四師団の旗艦へと呼び出された。

 シーメンスが艦橋に入ると第四師団長マンスブルク中将が彼を迎えた。現在の軍事卿となっている人物である。その側には一目で大貴族と分かるほどに豪奢な身なりに身を包んだ大貴族が一人立っている。その組み合わせの時点でシーメンスは背筋に寒いものを感じた。

 「如何なさいましたか、閣下?」

 敬礼して問うたシーメンスに対し、マンスブルクは副官に目配せした。副官は頷き、コンソールのボタンを押す。遮音シールドが展開され、マンスブルクと大貴族、シーメンスの三人を包む防音空間が出来上がった。

 「このお方はエリク・フォン・ロエスエル公爵、五選帝公のお一人であらせられる」

 マンスブルクがロエスエル公の甥であることは周知の事実であったからシーメンスにとっては何も驚くことは無い。甥とは言え異母兄の息子でありその年齢は十歳程度の差しかなかったが。

 「貴官は平民でありながら高い才能を持つ。しかし今の帝国軍で平民階級の者が将官となるのは不可能に近い。それは貴官も知っているだろう」

 突然そのような話をされてシーメンスは意味が分からなかった。平民たる彼の前に急に五選帝公が現れるのも理解不能の事である。

 「もし貴官がこの任務を成功させれば、貴官を帝国軍で最初の平民の将軍に任じよう」

 「誓約書でも書いていただけるのですかな」

 信じられるはずがない。シーメンスは冗談のつもりだったがマンスブルクは一枚の紙を差し出した。

 「これでは不満かね?」

 それは少将への昇進辞令であった。

 帝国軍では大佐と少将の間に准将と言う階級が挟まっているが、全ての大佐が准将に任じられる訳ではない。一足飛びに少将に任じられる場合もある。

 「貴官がこの任務の実施を受け入れた時点で、貴官を少将に任じる準備ができている」

 シーメンスはますます理解不能になった。

 「…その任務とは?」

 「聞けば卿はこの任務を断ることはできなくなるぞ」

 初めてロエスエル公が口を開いた。

 この時点で何か記録には残すことのできない内容であろうことはシーメンスにも察することができた。事情は不明だが、この時点で辞退したからと言って彼の身の安泰が保証されるわけでもないだろう。予備役に入れられるかもしれない。

 「…伺いましょう」

 シーメンスには拒否権は無かった。

 「そう言ってくれて何よりだ。プファルツと言う惑星がある」

 惑星プファルツは惑星のほぼ全域が熱帯と言う以外には特徴もなく、元々資源に乏しく、百万の住民が住まう惑星に過ぎなかった。それが海賊の盗伐に武功を挙げたシャウエッセン侯爵へと下賜された時、貴族界では嘲笑の嵐が飛び交ったものである。

 しかしシャウエッセン候が改めてこの惑星を調査すると、地下空間に膨大なフルンゼガス資源が埋まっていることが判明した。フルンゼ博士が発見したこのガスは帝国において宇宙艦艇の反応炉の燃料に用いる極めて燃料効率の良いガスだが、精製前のガスは引火の危険性がある上人間が吸えば即座に死に至る程の有毒ガスであった。

 そうと知るやこのガス資源の利権を握るべくロエスエル公とヨッフェンベルク公が手を伸ばし始めた。共に配下にフルンゼガスの精製と販売を担う企業を抱えており、膨大なガス供給源は必要不可欠だったのである。共にシャウエッセン候に対して膨大な金を積み上げたが、最終的にはシャウエッセン候はヨッフェンベルク公へと惑星を売却することに決めた。ガスの採掘や精製にも多額の資金が必要であり、侯爵にそれを自前で用意することは不可能だった。

 ロエスエル公にとっては困った事となった。この膨大なガス利権がヨッフェンベルク公へと渡れば、彼の傘下企業が市場を席巻しかねない。しかし今さらシャウエッセンからプファルツの所有権を譲り受けることもまた無理な話である。

 ヨッフェンベルクは帝国内でも最大の力を持った大貴族であり、彼のこれ以上の勢力の拡大を望まない者も多い。ロエスエル公は同じ五公のランズベルク公へと相談した。時にランズベルク公の配下のハウサー少将が次長を務める帝国宇宙軍科学研究所において開発された地中貫通型水素爆弾搭載ミサイルV8が試作運用の場所が定められぬまま倉庫に置き捨てられていた。これを用いて惑星プファルツの地中に埋まるガス資源に誘爆を起こし惑星を死の星に変えてしまおう…

 ロエスエル公の話にシーメンスは戦慄した。

 「では惑星の民はどうなるのですか!?」

 「大佐。貴官も分かるだろう。綺麗事だけで片付きはしないのだよ」

 地中に埋まるガスが全て誘爆すれば地表面は全て地下からの爆発に焼き払われ、誰一人として生存することはできない。熱核兵器で地表全体を焼き払うには相当量を撃ち込まなければならず、その光景が仮に一般市民などに入手でもされれば弁明のしようが無いが、一発撃ち込むだけであれば目立たず実行できるし、事故であったと主張もできる。

 「ですが…!」

 「私は言ったはずだ。一度話を聞けば拒否権は無いと。君も妻子に迷惑をかけたくはないだろう?」

 「…」

 とどのつまり大貴族の対立とエゴのためにシーメンスは同胞百万人をガスの誘爆で焼き殺せと言われているのである。だが拒否すれば彼の妻子にまで危害が及びかねない。

 シーメンスに公爵からの任務を拒否することはできなかった。

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