第七幕・帝国政変
熱砂の新司令部
帝国領パルサウ星系第三惑星ヴォルフェン。
帝国直轄領の星系であり、惑星全土が砂漠化した文字通りの砂の惑星である。地下資源には恵まれたためにその地表には複数の都市が建設され、上空から見れば砂漠の中のオアシスに見受けられた。
無限に広がるような砂漠の中にぽつんと立つ基地。ぽつんと言っても五十キロ四方はある広大な基地なのだが、その周囲が砂漠しかないために基地の巨大さよりも砂漠の中に孤立した孤独さの方が目立っていた。
一隻の戦艦が快晴の空から轟音を上げて降下してきた。この辺境中の辺境のような基地で働く兵員たちは思わず上空を見上げたことだろう。
漆黒の船体は帝国宇宙軍のどの艦船とも一致しない見映えである。流線形の外見は帝国の戦列艦設計の伝統を受け継ぐものだったが、その姿は同時期の他の艦船とは似ても似つかないものだった。特に漆黒の船体は灼けるような太陽に照らされたこの砂漠の惑星の兵士たちにとってはさも死神の来寇のように映ったであろう、
帝国宇宙軍前方総軍総旗艦、特一等戦列艦ジークフリートは全長三一二三メートル、漆黒の船体は強力な装甲版で防護され、シールド出力はカイザー級戦列艦の五倍にもなる。主砲には五一センチ連装荷電粒子砲十八基三六門を装備し、単純火力ではカイザー級の三倍となる。近距離防御用のレーザー砲、魚雷発射管、ミサイルランチャー、対空機銃も無数に配置されたコスト度外視の設計であり、この戦艦一隻分の予算で五十隻のカイザー級が建造できる代物であった。ジークフリートは技術試験艦としての意味合いが強く、エンジンも新型のクラスⅧイオンエンジンが搭載されている。兵士たちが思わずその威容を見上げて呆然としたのも無理はないだろう。
巨大な戦列艦は上空三キロのところで停止した。その形状と巨大さから特殊ドックでもない限り惑星地上への着陸は不可能である。その側面の保護扉が開いて側面ハンガーが姿を見せ、一機のシャトルが二機の戦闘機に両脇を守られて降下してきた。
猛禽類のような翼を閉じて着陸したシャトルのハッチが開き、数人の軍人が姿を現す。誰も彼もこの辺境の基地には似つかわしくない面々であった。
帝国宇宙軍前方総軍総司令官エルヴィン・フォン・レーヴェンタール元帥は砂漠の風に黒いマントを靡かせ、一行を待って整列する士官たちへ向かって歩いた。彼らの歩く道の両脇には装甲アーマーを着込んだ完全武装の儀仗兵たちが数十人佇立している。
その右斜め後ろに続くのは前方総軍総参謀長ディートリンデ・フォン・マンハイム少将である。少将へと昇進し、総軍の幕僚部を統括する立場となった。
他にも首席副官フロイド・ランツィンガ―少佐、情報主任参謀ジークリット・バルツァー少佐、後方主任参謀ブルーノ・フォン・ヴィンター少佐、航海主任参謀オスヴァルド・ヨハネス・タイヒマン少佐、元帥警護隊長アドルフ・フォン・ローン大尉、そして非公式の元帥護衛役、クラウディア・ヴェルトミュラー少尉が付き従う。平均年齢が三十歳に満たない、これが帝国宇宙軍の半数を統率する司令部とは思えないほどに若々しい面々であった。
「ようこそ元帥閣下。ヴァンデ基地司令官のバッシュ歩兵少将であります」
ヴァンデ基地は帝国地上軍の管理下にある。宇宙軍所属の部隊も駐屯しているが、基地の管理権は地上軍が持っていた。
「前方総軍司令のレーヴェンタール元帥だ。地上軍に迷惑はかけぬよう基地の一部をお借りする」
忠実な赤毛の参謀長から吹き込まれた台詞をエルヴィンは暗唱して挨拶した。
帝国には宇宙軍と地上軍、二つの軍が存在する。軍政は軍事省の元で統一されているものの、軍令は宇宙軍参謀本部と地上軍参謀本部と別々であり、実際の指揮権も帝国宇宙軍は総司令官リヒテンシュタイン元帥が持ち、地上軍は参謀本部の指令で行動する等全く別の組織であった。
二つの軍の間にある対立意識の存在は人類が軍隊を海陸軍に縦割りしてからのある種伝統と言うべき文化であろう。同じ帝国の軍隊でありながら宇宙軍と地上軍の間に存在する対抗心はともすれば敵軍よりも大きなものかもしれなかった。
それを理解していたからディートリンデはエルヴィンに地上軍に対して腰を低くすることを求めたのである。階級においては上でも、別の軍隊と思って接することが必要だと判断したのであった。
新司令部となる建物は元々基地の予備司令部として設置されていた施設であり、核攻撃を受けても耐えられるように地下三百メートルの深くに設置されている。
無数のコンソールが置かれ、巨大なスクリーンが複数設置された広大な地下施設は総軍の司令部として十分に機能する規模であった。
「よし、すぐにスタッフを入れろ。総軍司令部として整備する」
エルヴィンの指示を受けるとすぐに総参謀長以下司令部メンバーが仕事にとりかかった。
輸送船が次々と着陸し、多量の物資が運び込まれ、司令部スタッフが続々とやってきた。宇宙軍の拠点として賑わいを見せるこの様子を当然面白がらない勢力も存在する。
「何で急に宇宙軍の連中が大量に来たんだ」
「どこ見渡してもピカピカの制服の連中ばかりだ。気持ちわりぃ」
「見ろよあの司令官、あれで元帥だぜ」
「士官学校の学生でも引っ張って来たのか」
地上軍の兵士達にとって突然宇宙軍の面々が押し入ってくるのは不快極まりない。しかし元々駐屯していた地上軍の兵士よりも新たにやってきた宇宙軍や陸戦隊の兵士たちの方がはるかに数が多かった。
「宇宙軍の方が数が少ないとこの基地内においては余計な問題が起きかねない。むしろ陸戦隊を中心に多数の部隊を展開して地上軍に手出しさせない方が良いと思う」
そう提案したのはディートリンデであり、司令官の許可を得て実際に三個の陸戦師団を展開させた。そのための居住施設を司令部の周囲に建設し、更に生活上必要となる施設も丸ごとすべて建設してしまった。
「食堂とかで地上軍と宇宙軍の兵士が一緒になって喧嘩でもされたらたまんないわ。いっそ全て自前で調達できるようにした方が良い」
そうした非軍事的な行政面で総参謀長はその手腕を発揮した。帝国宇宙軍のほぼ半数を統率する司令部だけにその権限は大きい。瞬く間にヴァンデ基地には宇宙軍の基地施設が立ち並ぶこととなり、その一角だけ地上軍基地とは別世界のような風景を醸し出していた。食堂で提供される食事も、酒保で販売される商品も地上軍施設の物よりもずっと質が高く、すると宇宙軍の兵員が地上軍施設へと接近することも全く起きなかった。
そうなれば地上軍兵士たちにとっては羨望交じりの反感を向けられることとなる。とは言え彼らに陸戦隊が師団単位で駐屯する宇宙軍施設へと近づく勇気は持てなかった。結局遠くから文句を言うことしかできなかったのである。
この体制を一週間で築き上げたディートリンデの手腕は瞬く間に総軍内で有名となった。赤毛の総参謀長は恐るべし、と言う印象が宇宙軍兵士、また基地の地上軍兵士の間にも広まったのである。
しかし宇宙軍施設から離れたところにおいてはディートリンデの目も届かない。宇宙軍と地上軍の対立が事件として現出した事案はエルヴィンらがヴァンデ基地に来訪してから八日後に起きた。
エルヴィンの護衛役(そして監視役)としての任務に当たるクラウディア・ヴェルトミュラー少尉にも休息の時間はある。保安局の入局試験において筆記、実技両試験で抜群の成績を残した彼女の趣味の一つは訪れた惑星の植物採集であった。
砂漠惑星ヴォルフェンは通常の地球型惑星のような植生は期待できないが、それでも植物が一切存在しないわけではない。砂漠の地下には水資源が眠っており、都市や基地で用いる水の一部はそうした地下水を水分抽出機で汲み上げて使用している。
そうした地下水を数十メートルにもなる根から吸い上げて生きている植物がこの惑星唯一の植物、ヴォルフェンブルーメであった。地上には十センチほどの長さの茎と、砂色の花のみを露出させている。
クラウディアは基地の外に出てヴォルフェンブルーメを探し求めた。地下に長く続く根ごと採集することはできないが、茎を切ってドライフラワーにすれば保存できる。
とは言えこの砂漠においてはヴォルフェンブルーメもほとんど咲いてはいない。日の光から身を護るため外套を被っていてもそう長く活動できたものでもなかった。日中気温は五十度にも及び、人間が何時間も外出できるような気温ではない。
ニ十分間歩き回り、地表から突き出た岩の裏でようやく一輪咲いている花を見つけることができた。ハサミで茎を切り、水で湿らせた綿で包む。
「誰だ!ここは軍施設だぞ」
後ろから銃を構える音と共に声をかけられ、金髪のエージェントは思わず心臓が跳ね上がった。威嚇しないためにゆっくりと立ち上がって振り向く。
「宇宙軍少尉、クラウディア・ヴェルトミュラーです」
「宇宙軍だと?」
兵士は二人いた。どちらも砂漠用の防塵仕様の装甲服に身を包み、こちらも砂漠で扱うことができるように改良されたMP560レーザー銃を構えている。二人の兵士は同じ帝国軍の兵士であることを知って銃を下ろした。
「お嬢ちゃん、ここで何をしている?」
クラウディアは入手したヴォルフェンブルーメを掲げて見せた。
「これが欲しかったの」
一人からため息が漏れた。装甲服のヘルメットの向こうの表情は見えないが、呆れた顔なのはその仕草だけでもわかる。
「そんなものは街に行けば買える。だがここは危険地帯だ」
クラウディアは目を細めた。
「何で?ただの砂漠でしょ?前線でもあるまいし」
もう一人の兵士が首を振った。
「違う。来たばっかりの宇宙軍のピカピカ兵隊は知らないだろうが…」
突如後ろから地響きと生物の唸り声のような音がして、会話は中断された。
「それ来た」
「何?」
クラウディアは音がした岩の向こう側に目を向けた。
地中から穴を掘って出てきたのか、後ろに空いた穴にはすぐに砂が入り込んで塞ごうとしている。それを背に虎とも犬とも猪とも言えぬ珍妙な獣が彼らの方向を向いていた。
長い牙は獲物を突き刺して捕食することに特化している。その足の筋肉量からして突進して攻撃するタイプだろう。友好的になれない事は確かであった。
「ヴォルフェンヤガーだ。この惑星で一番凶悪な生物だよ」
兵士の説明よりも早く獣は全速力でこちらに向けて突進してくる。二人の兵士は銃を置くと背中からスタッフを取りだした。スイッチを入れると両端から蔓上の電磁エネルギーが出る。エレクトロスタッフと言う暴動鎮圧にも用いられる武器であることからその存在はクラウディアも知っているし、使ったこともあった。
「こいつにレーザーは効かない」
兵士がスタッフを突き出すが獣はそれを飛び越えて兵士に突撃し、体当たりした。スタッフは砂に落ち、兵士は突き飛ばされる。装甲服のお陰で即死は免れたようだが、重傷なのは確かだった。
「クレフ!」
もう一人の兵士が叫ぶが何も行動ができない。それより先に動いたのはクラウディアだった。腰から拳銃を取り出して発砲する。実弾の拳銃も獣の厚い皮膚には効かないが、獣のターゲットはクラウディアへと向いた。
金髪のエージェントは地面に落ちていたスタッフを手にすると起動して構えた。突き飛ばされた兵士と同じように突き出す。当然獣は同じように飛び上がってクラウディア向けて突っ込んできた。その直撃を受ければ装甲服すら来ておらず生身のクラウディアは即死したに違いない。
しかし突き出したスタッフはフェイントであった。飛び上がったところに下から最大出力でスタッフを突き刺す。エネルギーに突き飛ばされた獣は絶叫を上げて砂の上に落ちた。すぐにクラウディアは獣に駆け寄り、スタッフを頭に振り下ろす。
五秒間高出力の電磁波を食らい続け、流石の獣も絶命した。
この間僅か十秒足らずであり、倒れなかった方の兵士は呆然として眺めるだけだった。
獣を殺し、クラウディアはスタッフを突き刺したまま倒れた兵士に駆け寄った。ヘルメットを取り、装甲服を脱がして外傷を確認する。
「そこのあんた、医療班を呼んで!」
クラウディアに言われ、兵士は慌てて腕の無線機を起動した。
すぐに医療班が駆けつけ、兵士は無事に搬送された。この時代死んだり体を欠損したりしなければ元通りに回復できる。
すぐに事件は基地中へと伝わり、宇宙軍士官(と言うには語弊があったが)が地上軍兵士の命を救った話として紹介され、翌日クラウディアは基地司令から感状を受け取ることとなった。ここから基地における地上軍兵士と宇宙軍兵士の関係は良好へと向かったことを思えば、クラウディアは大きな役割を果たしたと言えるだろう。彼女の出自を思えば些か奇妙な結果であった。
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