第七艦隊結成

 エリウス海軍は三個の艦隊へと再編成された。

 フォートランド艦隊や本国艦隊などで装備や規模にばらつきがあった部隊は同様の装備、編成で構成される艦隊へと再編成され、それらが複数個集まって三つの本国艦隊の麾下に加えられる。

 第一本国艦隊は内海艦隊司令長官だったジャック・サンズ大将、第二本国艦隊はかつて第七本国艦隊司令長官としてジェフリーの上官であったクリストファー・ガーランド大将、第三本国艦隊は第三海軍卿であったアーミテイジ・ホーキンス大将が指揮することと定められた。ガーランドとホーキンスは大将へと昇進してこの職に充てられたのである。エリウス海軍広しといえど、大将まで昇進する者はごく僅かであり、そう簡単に替えが利くものではない。

 第二内海艦隊改め第七艦隊は第二本国艦隊への配属が決定された。装備も順次拡充され、最終的には戦艦六二一三隻、重巡洋艦二一一五隻、軽巡洋艦二四五三隻、駆逐艦二一一三隻、その他空母等戦闘艦艇に加え補給艦や工作艦等支援艦艇二三五〇隻、合計一五二四四隻となる。

 これらの艦船がAからDまでの四つの分艦隊へと編成されることとされた。

 A分艦隊を率いるのは四八歳のクリフォード・アッシャー少将。猛将として知られ、艦長であった時から積極的に敵陣へと突入しては大戦果を挙げてきた。代わりに自分の艦も半壊すると言うおまけつきだったが。

 B分艦隊の司令官は三二歳のアイリス・スノー少将。容姿端麗な若き女指揮官であるが極端に口数が少なく、難儀な人として知られている。部隊を指揮するとき以外にその声を聞いた者はいないと言う評判で、代わりに常に側にいる妹の参謀長ハーマイオニー・スノー少佐がアイリスの「口」として働いている。

 C分艦隊を率いるのは四四歳のトム・コーディ少将。士官学校次席卒業、その後海軍大学校を出て海軍軍令部に配属されたエリート中のエリートである。頭は良いが何につけても自己主張が激しく、この人事は厄介払いであったと専らの噂であった。

 D分艦隊は六九歳のモーガン・マイルズ少将。士官学校を卒業しておらず、一海兵からの叩き上げである。テーダー戦争以来の戦争でも小部隊を率いて善戦し、最終的には自分の部隊の艦船喪失数のキルレシオ比を十対一と言う比率に仕立て上げた労将である。しかしその経歴の長さからか年少の上官相手に見下したり歯向かったりするために戦果に対して出世が遅れた残念な経歴の持ち主であった。

 「何と言うか、こいつは嫌がらせ人事も良いところだな」

 マクラウドはデータパッドを見て頭を掻き回した。

 「中途半端に有能であればこそ集団としては纏まりづらい。ましてお前はまだ三十そこらの若手指揮官だ。早速足元見てきたって感じだな」

 だが当のジェフリーは動じる様子はなかった。

 「纏めるしかないだろう。文句を言っても始まらない」

 「だができるか?」

 「無理だったらまた考えるよ」

 訓練航海から帰投して十月七日、ジェフリーはそれぞれの分艦隊司令官と参謀長を旗艦レゾリュートの司令官公室へと呼び寄せた。

 「クリフォード・アッシャーであります!」

 思わず飛び上がらんばかりの堂々とした大声を張り上げてアッシャーは敬礼した。筋肉隆々の文字通り戦士と言った雰囲気の男である。

 一瞬ジェフリーはぽかんとしかけたが慌てて元に戻り

 「司令官となったジェフリー・カニンガムだ。君の部隊は重要局面において雌雄を決するための決戦部隊となる。その槍を磨き上げてくれ」

 といかにも常識的な返答を返して退出させた。

 「彼はああ見えて実直なタチかもしれません。一癖も二癖もある指揮官たちを統率するなら彼の存在は意外と使えるかもしれませんな」

 情報分析を得意とする参謀長スレイドらしい意見であった。

 続いてやってきたのはアイリスとハーマイオニーのスノー姉妹である。姉妹共に陶磁器のように白く透明感のある肌と色の薄い銀髪、グレーの瞳のお陰で二人の周囲だけ色彩と言う概念を取り払った別世界に見える。奇妙なことに二人で敬礼すると参謀長の側が口を開いた。

 「B分艦隊司令官の任を拝命いたしました彼女がアイリス・スノー少将と、私が参謀長ハーマイオニー・スノー少佐であります」

 普通であればこのような挨拶は上官にとってなかなか受け入れがたいものだろう。どうして司令官は一言も口を開かないのか、と。しかしジェフリーはそのようなことは全く気にしなかった。

 「司令官のジェフリー・カニンガムだ。姉妹協力して自身の責務を果たせ」

 「はっ!」

 ハーマイオニーは改めて敬礼した。姉の方も同じ糸で操られているかのように綺麗に同じ動作で敬礼する。

 「二人合わせてスノーであると考えた方が良さそうですな。二人を引き裂くようなことをしないことが吉かと」

 スレイドの分析に頷くと金髪の青年提督は次の司令官を呼んだ。

 「C分艦隊司令官のコーディ少将であります」

 コーディは頭は良いのであろうが風采が上がらぬ男であった。禿げ上がった頭部にビール腹、丸い目が常にギョロギョロと動き回っている。これでプライドが高いのなら上官からも同僚からも嫌われるであろうとジェフリーは邪推した。

 「司令官のジェフリー・カニンガムだ。貴官の能力は聞いて知っている。近々分艦隊対抗の模擬戦を実施する。そこで実力を示してくれ」

 その言葉でニヤニヤと笑ったコーディへの不快感を辛うじて皮膚表層に出さないように留め置いて余計な事を言う前にジェフリーは退出させた。

 「面倒そうですな。周りとうまくやっていけるタイプではないでしょう。それ以上に自分の艦隊を纏め上げられるのかどうか…」

 スレイドの分析も定番となってきた。

 「D分艦隊司令官、モーガン・マイルズ少将であります」

 幾度も死線をくぐりぬけてきた老提督から浴びせられる観察の眼差しはジェフリーにとって痛みの幻覚さえ感じさせた。自分よりも彼の方が第七艦隊の司令官にはふさわしいのではと言う思いを当の司令官に思わせる風格であった。役者が違うな、と認識せざるを得ない。

 そのような相手に高圧的に接する愚を犯そうとはしなかった。

 「司令官のジェフリー・カニンガムです。若輩の身ですがこの艦隊と王国のため、閣下のお力をお借りいたします」

 下手に出たジェフリーの態度に一瞬マイルズは驚いたようであったが、すぐに厳つい表情を回復すると

 「艦隊司令官としての閣下のお力に期待するや切であります」

 とだけ言って敬礼し、退出した。

 「誰も彼も一筋縄ではいきませんな」

 スレイドはにこりともせず肩をすくめた。そう言えばスレイドが笑ったことを見たことが無いなとジェフリーは思った。

 「やっていくしかないさ」

 かくてエリウス立憲王国海軍第七艦隊が後にエリウス最強の艦隊として名を馳せるまでの物語の幕が切って落とされたのである。ジェフリー・カニンガムの英雄譚は、この第七艦隊の存在とは切っても切れぬものとなるのであった。

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