ノリッジ自治領へ

 大統領特使マーガレット・パタークレーが銀河連邦共和国首都ニューフィラデルフィアの土を踏んだのは三か月ぶりの事である。帝国とエリウスの講和を斡旋する役目を果たし、八月二日に彼女は本国へと帰還した。この時遠く離れたプランプトン両星系では帝国とエリウスの主力をぶつけ合う大決戦が演じられている。

 「良くやってくれた」

 大統領府キャピトルハウスで連邦大統領フランクリン・カールは新人外交官の功を労った。

 「君の働きで帝国とエリウスの講和によって帝国が弱体化することを避けることができた。今まさに帝国とエリウスによる決戦が行われているが、どちらが勝とうと講和自体は無事に行われることになるだろう」

 マーガレットにすれば環境に翻弄される中で得た成果であり、いまいち自分の実力で獲得したとは言いづらい果実ではあった。帝国内部の政情に振り回され、気が付けば目的が果たされていたと言った風である。

 最もわざわざそのような事を言って自分の評価を下げるべき理由などない。成果を利用して自分の地位向上に繋げれば、より早く昇進が叶うと言うものである。

 「まだ経験が浅い身ではありますが、無事に外交官としての職務を果たすことができました」

 カールは頷くと、隣に立った国務長官ジョン・マクラカンに目で合図した。彼は初代連邦大統領ジョン・マクラカンの直系の子孫である。

 「君は新たな連邦外交界のホープだ。そんな君に新しい仕事を用意した」

 帰還してすぐにまた新たな職場。これまでのように議会で議員を相手にした退屈な業務には飽き飽きしていたころである。是非とも外交の最前線で活躍したいものだ。

 「君はルーシアと言う国についてどこまで知っている?」

 「ルーシア、ですか?」

 ルーシア人民国、と言う存在について名前は知っていてもその国家の内情まで知る者は少ない。共産党による一党独裁の下での社会主義国家たるルーシアの内部はその外側にいる者にはヴェールで隠されているように見えた。

 「テーダー戦争からいち早く離脱してエリウスと帝国が争う中でルーシアはその力を蓄えた。エリウスと帝国が弱体化して戦争が終わった今、彼らと国境を接するルーシアがどのように動くかが今後の国際情勢に大きく影響するとみて間違いないだろう」

 国務長官の話を聞いて、大統領は頷いた。

 「そこで君にはノリッジ自治領の連邦公使館に赴任し、三か国との外交業務に当たって貰いたい」

 ノリッジ自治領はエリウス領のノリッジ星系が半独立状態となって形成された自治領である。エリウス領内にあり、あくまでエリウスの範囲ながら独立した外交権を持って自治政府が統治に当たっており、国際条約によって中立星系と定められたため連邦や帝国、ルーシアの公使館も置かれて国際外交の中心地となっていた。各国の外交官たちにとっては花形の舞台と言える場所である。

 「ノリッジ…ですか?」

 「外交官を志す者にとっては夢の舞台だろう。もっとも君が嫌だと言うなら無理にとは言わないが…」

 帝国とエリウスとの講和の斡旋、そして帰還すれば今度はノリッジの公使館勤務。神様はどれだけ私に活躍の舞台をくれるんだろうか。外交官として国際社会で知られるような存在となれば歴史に名を残すこともできるだろう。

 「いえ、むしろやらせてください!」

 カールは肩をすくめて笑った。

 「そうか。なら精一杯頑張ってくれ。一時の平和が訪れた今、三国との外交折衝で勢力の均衡を維持しなければ国際社会のバランスが崩れかねない。重責だ」

 仕事の詳細は後日伝えられると聞き、マーガレットは大統領執務室を辞した。

 「パタークレーの件、あれで良かったのですか?」

 国務長官に問われ、大統領は頷いた。

 「まぁ御父君の事もあるし無下には扱えんしな。見た感じ頭は回るし能力もあるだろう。後は最前線で経験を積ませることだ」

 「実際の外交を担当するのは各国の大使館ですからな。彼女が成果を上げられなかろうと、ノリッジの公使館であれば影響は少ない」

 「ノリッジの公使館は外交上は補助の業務。だがパタークレーがその能力を発揮できれば活躍の機会もあるだろう。お手並み拝見と言ったところだな」

 マーガレットが思っているよりは、大統領は彼女に甘くはないようだった。

 

 マーガレットは統一銀河暦三〇八年、統一銀河暦三〇八年、代々自由党の上院議員を輩出してきた名家パタークレー家に生まれた。父ジェファソン・パタークレーは当時初当選したばかりの議員であり、祖父ジェームズ・パタークレーは自由党の上院院内総務を務めるベテラン議員であった。本来であれば娘のマーガレットも上院議員を目指すことになっただろう。しかし彼女は外交官を目指すこととなる。

 十歳の時彼女とその母親と祖父ジェームズは故郷ローマン星系を離れて帝国への旅行に向かった。しかしその道中で帝国と連邦による国境での小競り合いに巻き込まれることとなった。客船は流れ弾の直撃で大破し、乗客のほとんどが死亡、母と祖父は命を落とすこととなる。十歳で目の前にした衝撃的な事件は、その後のマーガレットの人生に大きな影響を及ぼすことになった。

 連邦と帝国の小競り合いが無ければ母や祖父が死ぬことは無かった。世界から戦争を無くし、全人類が一つの国家に統一されれば国家間戦争は起きなくなる。連邦大統領になればそれも実現できるだろう。

 そのための手段として彼女が選んだのは政党に属して法律や予算を審議する議員ではなく、自らの力でもって国際社会で戦う外交官であった。連邦の最高学府の一つとして知られるジョン・マクラカン大学で国際政治を学び、首席で卒業して国務省へと入省したのである。

 外交官として生きていく以上、対人関係力は必須のスキルである。大学時代にいた恋人以外の様々な人とも彼女は関係を築こうとした。類は友を呼ぶと言うべきか、彼女にできた友人たちは今政界や官界で働いている。

 「あんたが次はノリッジに?」

 国務省やインテリジェンス・コミュニティー、内務省らが入る第一合同庁舎ビル十階のラウンジでマーガレットの大学からの友人で今は国家情報長官室で働くトモミ・サカモト・チェルシーは目を見開いた。

 「そう。外交の最前線って感じの場所にね」

 トモミは頬を膨らませてマドラーでアイスコーヒーを無意味に掻き回した。

 「いいなぁメグはそんなに飛び回れて。あたしはいつまで経ってもオフィスで情報機関の取り纏め業務に忙殺されてるんだけど。忙しいのに面白味が無いったらありゃしない」

 「良いじゃないの、国家の機密情報を扱う仕事なんだから。並の官僚なんかじゃとても知り得ない情報ばかりよ」

 国家情報長官の下には連邦の全情報機関が束ねられているため、その統括に当たる国家情報長官室が取り扱う機密情報は文字通り連邦が収集した全ての情報である。それに触れるトモミが知る連邦の情報は膨大なものであろう。

 「まぁ守秘義務があるから言えないけどさ。大したもんじゃないよ別に。面白いのはほとんどない」

 「でもこれから私がノリッジに行くなら、そこではトモミの情報が役に立つかもね。頼りにしてる」

 マーガレットはセミロングに切りそろえた黒髪の友人の背中を軽く叩いた。

 「言える範囲の中でね…」

 トモミは不服そうに氷が溶けきったコーヒーを口にした。

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