第五幕・舞台袖にて
第二内海艦隊
時系列は少し遡り統一銀河暦三三二年、西暦二七一九年五月一日、エリウス立憲王国首都星ロンディウム。
衛星軌道上の第一宇宙桟橋には数千隻の艦船収容能力がある。単に収容するのみならず、同時に数百隻の艦船を修理する能力も持ち合わせていた。
現在修理用ドックには先の戦役において損傷した艦船が多数入港し、無数の修理用ドローンや物資運搬船、工作艦が行き来している。第一桟橋に割り当てられた旧第三本国艦隊および旧第二エルジア艦隊の損傷艦はドックだけでは捌ききれず、一部の艦艇は宇宙空間で修理されていた。
「酷い損傷ぶりだな」
第三海軍卿アーミテイジ・ホーキンス中将はドックに並ぶ損傷艦の群れを眺めて言った。
第三海軍卿はエリウス海軍の持つ装備の統括管理を受け持ち、艦船の建造や修理も彼の管轄下にある。
戦艦コロッサスは艦体の十二か所にレーザー弾の直撃を受けて乗員の半数が戦死しており、味方艦に曳航されて工作艦の修理を受け、ようやく首都に帰還したと言う有様だった。
重巡洋艦コンカラーは帝国軍雷撃機による魚雷を二本右舷に食らい、右舷の装備を全損した無残な姿を晒している。損傷によって全ての武装が使用不能となっており、主砲塔全てを取り換える必要があった。
混乱の中で味方駆逐艦E568に衝突した空母ハーミスは艦体前部がE568に突き刺さったままであり、艦船として機能していることが不思議なほどの損傷ぶりである。まずE568を解体しないことにはハーミスの修理が始められなかった。
スタル星系の戦いで大きな被害を受けた第三本国艦隊と第二エルジア艦隊は合併の上で第二内海艦隊へと再編され、その司令官には第七艦隊参謀長としてエリウス軍の崩壊を救ったジェフリー・カニンガム中将が内定していた。
「この修理が完了するまであと一か月はかかると報告を受けております」
ジェフリーはホーキンスの言葉に応じた。
「それまでは訓練もできたものではないな。まずは司令部を固めるところからだ」
ホーキンスは振り向いてジェフリーの方を向いた。
「それで、どうだ?」
今年三十歳の若手提督は整ったブロンドの短髪をかき回した。
「まだまだ、と言うところです」
ホーキンスはニ十歳年下の同階級の提督の肩を軽くたたいた。
「精進することだ。これは君の艦隊なんだからな」
第二内海艦隊は現在はまだ書類上の存在でしかない。しかし既に設置が決定された以上、艦隊司令部を組織して整備に乗り出す必要がある。
艦隊司令部と一口に言ってもそこに属するスタッフは多い。大きく分けて参謀部と副官部に分かれる。参謀部を取りまとめるのが参謀長、その下に作戦の立案、調整に当たる作戦参謀、航路の立案、航行の調整に当たる航海参謀、情報収集、分析を行う情報参謀、補給を調整する補給参謀が配属され、副官部には首席副官の元に司令官の業務を補佐する副官が配属された。更にはそれを補助するスタッフも配属されて概ね人員は三十人から五十人程度に上る。
その中で最も重要視されるのはやはり参謀の纏め役たる参謀長と副官の纏め役たる首席副官であろう。この両名の人選がその艦隊のパフォーマンスを決すると言っても過言ではない。
海軍本部によって任命された第二内海艦隊参謀長はカーティス・スレイド准将、首席副官はビリー・ハミルトン大尉である。両名は第二内海艦隊の旗艦として定められたクイーン・メアリー級戦艦レゾリュートの司令官公室に訪れた。
スレイド准将はこの年四七歳、参謀将校としての経験が長く、参謀長として無難な人選であるとして選ばれた男だった。
ハミルトン大尉はこの年二六歳、士官学校を次席で卒業した秀才であり、その後副官や海軍本部勤務など、後方事務を取り扱ってきた。彼をジェフリーの元に持って来たのは海軍本部なりの配慮であっただろう。まだ一個艦隊の司令官としての業務をこなしたことのないジェフリーにとっては重要な補佐役となるに違いない。
「ジェフリー・カニンガムだ、どうもよろしく」
ジェフリーの挨拶は何ともフランクなものだった。元々形式とか伝統とか、堅苦しいものに縛られた家から逃げて軍人になっただけにその態度はあけっぴろげである。
「艦隊戦力の再建はまだ済んでいない。まずは司令部を固め、艦船の修理を急がせよう」
スレイド准将は口数の少ない寡黙な男である。黙々と新たな参謀の人選を進め、更に艦体の人事案についても迅速にまとめ上げた。
ハミルトン大尉はその日から司令官を補佐して業務に入った。次席副官ソーンダーズ中尉と共に艦隊の再編成に勤しみ、膨大な司令部業務を処理していく。
繁雑な業務が嫌いなジェフリーは大枠の方針だけを示して残りの一切を彼らに任せてしまった。そして自分は必要な仕事を手早く終わらせると歓楽街へと繰り出していくのである。
後の歴史書によって指摘される通り、この時代の代表的な英雄として語られる帝国のエルヴィン・フォン・ジークムントとエリウスのジェフリー・カニンガムはその異性関係の鮮やかさで知られている。ただエルヴィンが様々な事情に振り回された悩み多き青年であったのに対し、ジェフリーは遊び人の要素が強かった。軍人としては極めて有能であり、忠実に任務をこなす真面目な士官であったが、こと異性関係においては漁色家と呼ぶにふさわしい男だった。それが本人の元々の趣向であるのか、身の回りに常に気を配り続けなければならない政治家と言う存在への反発であるのかは本人は語っていない。
「まぁ、その両方だろう」
そう語ったのはこの直後第二内海艦隊の情報参謀に任命されるかつてジェフリーの海軍士官学校での同期生であったクラレンス・マクラウド中佐である。士官学校においての悪友であり、自分の事を棚に上げて友人の漁色ぶりを語っているこの男は元々エリウス軍情報部出身であり、この後ジェフリーをインテリジェンス面から支えることとなる。
この頃はエリウス側の呼称における「十九年戦役」が終わり、当分は大規模な軍事行動が興される予兆もなく、エリウス首都ロンディウムはつかの間の平和を享受していた。しかし既に足掛け四年にも渡る戦争に対する国民の不満がそれで払拭できるわけでもない。
四年の戦争は数千万、或は数億の家庭から兵士を供給させ、そして何百万も何千万もの墓碑を積み上げていた。家族を失った者たちの悲しみ、怒りは終わりの見えない戦争を延々と続ける政府へと向かい、この年に入ってからは様々な機関の世論調査において政権与党たる中央党への支持率は軒並み低下している。これまで半世紀にわたり与党を担ってきた中央党にとってはここで第一党の座を売り渡すわけにもいかず、どのようにして戦争を終結させるのかと言う「出口戦略」の策定に入っていた。
しかしその矢先、政府首脳や市民たちを驚愕させるテロ事件が発生する。『スプリング号事件』であった。
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