ワーキントン=プランプトン海戦・Ⅲ

 プランプトン星系における両軍主力による決戦は互いに決め手を欠いたままに二日が経過し、その間両軍は幾度も敵艦隊に攻撃をかけたものの、決定的な一打を与えることはできないままでいた。

 しかし、その間にもエリウス軍には増援艦隊や補給艦が到着し、エリウス軍の陣容は整いつつあった。デーティが時間は味方であると言ったように、エリウス軍が時間を稼げば稼ぐほど数的有利は確実なものとなるのである。前線における指揮能力においては帝国軍のリヒテンシュタインの側に軍配が上がったであろうが、デーティは徹底的に時間稼ぎに徹して損害を最小限に抑え続けた。

 状況に変化が訪れたのは八月二日のことである。帝国軍第五軍団との戦闘に敗れ、敗走したエルジア艦隊主力が通信が帝国軍の電波妨害を搔い潜って届く範囲まで到達し、別動隊の敗北と帝国軍第五軍団が向かっていることをデーティに知らせたのである。

 「かの第五軍団の指揮官、ジークムント提督と言ったか?」

 「前回の戦役においてはスタル星系で我が軍を撃破した指揮官です」

 デーティの問いに情報参謀が答えた。

 「奴のせいで我が軍は散々翻弄されている訳だな」

 デーティは拳を握り締めた。

 「敵第五軍団が到着するよりも早く、敵主力を撃破する!補給の終わった全艦隊を挙げ、総攻撃に出るぞ」

 八月二日十四時三十分、エリウス軍十四万五千隻が艦列を並べて総攻撃に出た。帝国軍の総数を上回る大軍を展開させ、平押しに突き進む。

 「敵の総攻撃です!」

 ただ報告するだけで何ら建設的な提案の無い参謀総長に対し、リヒテンシュタインは沈着に指揮を執った。

 「動じるな。接近する敵艦隊に砲火を集中させて局所的優位を作り出せ」

 戦力の少ない第二本国艦隊が真っ先に帝国軍の集中砲火の的となった。瞬く間に戦力をすり減らし、たまらず後退する。するとそこに一個師団が前進してエリウス軍の戦線に穴を開けた。

 しかし穴を開けることには成功してもそこから損害を拡大させることはできず、前進した師団は猛砲火の嵐に押しつぶされて三時間で戦力の四割を失う大被害を受けることとなった。

 六時間続いた最初の総攻撃において帝国軍は大きく疲弊することとなった。兵員の休息、損傷艦の後退、補給等一度の戦闘が終わればすることは山のようにある。しかしエリウス軍は今度は第二波を用意していた。第一波の攻撃が終了するのと同時に艦載機の大群と五万隻に上る艦隊が攻撃をかけたのである。この部隊の指揮は本体へと合流したエルジア艦隊司令長官スティーブンス大将が執った。無論十万隻以上を残す帝国軍に優勢に立ちうる戦力ではないが、これによって帝国軍は休息する暇を与えられず、逆にエリウス軍はいったん後退して体勢を立て直す暇を与えられたのである。

 さらに八月三日二時三十分になると小休止を終えて主力が再び前進して総攻撃をかけた。この時までに帝国軍は疲労が蓄積して損害も拡大しており、第三波攻撃の前に帝国軍は総崩れとなった。

 リヒテンシュタインは限られた戦力を良く統御して戦ったが、数的差がここまで拡大した状況で自軍艦隊が疲弊しているとあっては十分な指揮も執ることはできない。それでも彼が少しも動じることなく、鋼鉄の如く頑として指揮を執り続けたことは称賛に値するであろう。自軍の戦列が目の前で刻一刻と破綻へと向かう状況を眺めて眉一つ動かさずにいられる精神力を持てる者が果たしてどれほどいるだろうか。参謀総長ハウサーなど呆然としながら視線を艦橋スクリーンと戦術テーブルの映像とを移動させていたのみである。

 この帝国軍が敗退すれば、帝国宇宙軍にまともな機動戦力は存在しなくなる。そうすればエリウスに対する優位な条件での講和は望みようがないし、下手をすれば帝国本土がエリウス軍の蹂躙の標的となりかねない。

 その事実は誰もが理解していたし、だからこそ冷静ではいられなかったのである。しかしリヒテンシュタインだけは堂々たる体躯を指揮シートに沈め、表情一つ変えることなく還暦を超えてなお明晰な頭脳でもって帝国軍に指示を下し続けたのである。

 帝国軍は崩壊する寸前にあって耐え続けた。息子たるエルヴィンはまさしく天才に違いない作戦家であったが、その父親たるリヒテンシュタインは優れた統率者であった。この家系が部門の家と言われたことの良い証左であろう。本人が望もうと望むまいと、エルヴィンもまたその血を色濃く継いでいるのであった。

 そのエルヴィンが率いる第五軍団が大挙して戦場に押し寄せたのは三日の六時五十三分であった。念密な重力計算の下で第九、第十二、第十四の三個師団がエリウス軍の右側面に出現し、特に第十二師団は僅か数分にして戦闘隊形を整えて攻撃を開始したのである。

 「急ぎ攻撃に移る。事前の作戦通り、敵を右翼から突き崩せ」

 旗艦ザイドリッツから発光信号が飛び、直ちに全師団は作戦行動に移った。

 「先日の復仇戦だ!楔を打ち込め!」

 ブリュンヒルデの叱咤に応じるかのように第十二師団はエリウス軍向けて突進し、全火力を開放して砲火を浴びせかけた。想像を絶する速度と突進力の前に瞬く間にエリウス軍右翼は崩れ、一部は後退する。

 「脆い」

 嘲笑のさざ波をかき立て、フーバーは第九師団に攻撃を指令した。エルヴィンの命令を受けて第十二師団の左側に布陣していた第九師団は、第十二師団の突進で崩れた敵艦隊に更なる打撃を与えることを企図していた。その目論見通り、後退したエリウス軍艦は秩序だった砲撃を受けて損害をさらに拡大させることとなった。

 「小細工はいらん。突き進め」

 第九師団の更に左からはジーメンスの第十四師団が攻撃した。エリウス軍主力右翼の側背を取る形で前進し、ありったけの火力をたたきつける。

 突如右翼方面に現れた第五軍団の攻撃でエリウス軍は大混乱に陥った。右翼艦隊は僅かに一時間の交戦で総崩れとなり、敗走する。これは長引く戦闘で消耗し、疲労が蓄積したエリウス軍に急襲をかけ、ピンポイントで突き崩したエルヴィンの采配の功と言うべきであろう。戦場の重点がどこで、何をすれば主導権を握ることができるか、それを直感で見通すことの出来る者を戦の天才とするなら、まさにエルヴィンは天才そのものであった。

 右翼の崩壊にエリウス軍は浮足立った。大軍の弱みとしては一部が崩れれば全軍により波及しやすいというものがある。混乱が無秩序に拡大し、それが臨界点に達したと見たとき、帝国軍総司令官リヒテンシュタインは初めて席を立った。

 「全軍前進。総攻撃に移る」

 既に疲弊していたとはいえ、このタイミングこそが帝国軍が勝利し得る最後のチャンスであった。戦機を逸しては勝てる戦も勝てない。

 帝国軍は総反撃に出た。手持ちのエネルギーや弾薬をすべて使い切る勢いで撃ちまくり、高速艦は突進し大型艦は火力を前面に押し出して攻撃する。帝国軍の狂騒的な攻撃は隙だらけであったが、エリウス軍の乱れぶりはその隙を突くことができるような体制とは程遠いものであった。

 先ほどの優勢はどこへやら、一分ごとにエリウス軍は敗北の奈落へと深まる坂の傾斜を転げ落ちてゆく。対照的に帝国軍は熱狂的に追い立て、逃げ遅れるエリウス軍艦艇を問答無用で血祭りに上げた。

 この狂乱の中で唯一確固たる秩序を保ち続けたのが帝国軍第五軍団であった。敗走するエリウス軍と追撃する帝国軍に交じり入って混乱を拡大させる愚を犯さず、常に優位な位置を確保したままエリウス軍に猛射を浴びせかけたのである。

 戦局は決した。エリウス軍の負った損害は相当なものであり、秩序を回復しようにも帝国軍の突撃の中で再編するなどできようはずもなく、味方の混乱に巻き込まれないように司令部を後退させることに集中せざるを得ない有様であった。

 デーティは怒りのあまり指揮卓を叩きつけたが、それで戦況が好転するはずもない。彼にできるのはこれ以上事態が悪化しないことを神に祈ることと司令部を後退させることだけであった。

 三日十三時十五分、帝国軍は追撃を中止する。その戦列はあまりに長く伸びすぎ、リヒテンシュタインが戦闘中止と後退しての再編を命じてから最後の砲撃が止むまでに一時間半ものタイムラグがあったことが帝国軍側の混乱ぶりを雄弁に物語っているといえよう。一方のエリウス軍も再編しての反撃などできるはずもなく、一旦射程圏外に逃れてからようやくデーティが全軍の掌握に乗り出した。

 戦いは終わった。後に第五軍団がワーキントン星系でエルジア艦隊を破った戦いと合わせて「ワーキントン=プランプトン海戦」と呼ばれることになる一連の戦いでエリウス軍は損傷艦を含めて七万二千隻もの損害を出した。一度の戦いにおける損失艦艇数の多さはエリウス軍の戦史に前例がなく、勝敗が決した八月三日は後に「エリウス海軍最悪の日」として語り継がれることとなる。

 勝利した帝国軍の損害も小さなものではなかった。その数四万一千隻。三個師団分の戦闘艦艇が丸ごと消滅した格好である。しかし他の軍団の損耗率の高さの中でこの戦役に一番最初から参加し、一か月程度の長期に渡り戦場を支配し続けたエルヴィン率いる第五軍団の損失は戦役の全期間に渡って一割程度でしかなかった。誰目に見てもこれは帝国の勝利と言うよりもエルヴィンの勝利であっただろう。彼の活躍がなければ帝国軍はエリウス相手に辛勝に持ち込むことすらできなかったに違いない。帝国はこの戦いの勝敗に講和条約の条件が掛かっており、帝国の戦略的勝利と見て間違いはなかった。

 翌八月四日、エリウス各地において誇りあるロイヤルネイビーの惨敗ぶりが様々なメディア媒体を通じて国民の耳に伝わった。税負担者であり、また兵士の供給源である国民の世論はかくも無残な敗退ぶりを招いた軍と政府に対する怒りで沸騰した。

 翌八月五日、エリウス中央党のアーサー・カニンガム内閣は総辞職の意を表明、また議会を解散して総選挙を行う意向を示した。そうでなければ国民の政府に対する信頼を保つことはできるはずもない。同時に軍部においても一部の人間は責任を取らねばならないことは明白であり、大きな被害を被ったエリウス軍の再建は大きな課題として軍部にのしかかることとなった。

 帝国外務省は一応の戦勝を受けてエリウスとの本格的な和平交渉を再開、もはやエリウスにとって講和以外の選択肢を取りようはずもなく、交渉の結果領土の割譲や賠償金なしの白紙和平で条件がまとまることとなった。

 八月三十日、エリウス首都においてロンディウム条約が締結される。この瞬間、銀河帝国はテーダー戦争以来四年の長きにわたって続いた戦争状態からようやく離脱することとなった。

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