ワーキントン=プランプトン海戦・Ⅱ
帝国軍第一、第二、第四軍団がプランプトン星系に布陣を終えたのは七月三一日の事である。その麾下には通常編成、縮小編成と合わせて八個師団の戦闘艦艇約十二万四千隻と支援艦艇約一万二千隻の合計十三万六千隻が配置されている。第一軍団こそこの戦闘まで本国で温存されているために総戦力に占める強力な一等戦列艦の割合は六割と高いが、第二、第四軍団は長引く戦争で消耗し、その穴埋めには二等戦列艦(他国の巡洋艦に相当)やフリゲート(他国の駆逐艦に相当)を主に充てるために一等戦列艦の比率は低い。エリウス軍の同格の戦力と当たった時に帝国軍は打撃力、耐久力で劣っていた。
エリウス軍約十七万隻は補給中と言うこともあり、前線に展開したのは本国艦隊四個、約四万七千隻である。四万七千隻と十二万四千隻が正面から当たれば当然勝敗は明らかだが、無論全ての戦力が常に最前線に投入され続けると言うことは無いし、ほぼ不可能である。
「第二軍団、前進せよ」
帝国宇宙軍総司令官リヒテンシュタイン元帥の指令を受け、パウニッツ上級大将の第二軍団に属する三個師団約四万六千隻が一斉に前進を開始した。砲火を浴びせながらエリウス軍の戦列へと迫る。これに対して当然エリウス軍も応射し、戦場は両軍の火箭によって鮮やかに彩られた。シールドによって弾かれた陽電子ビームの青白い閃光と轟沈する艦船の放つ爆炎が光無き空間を照らし出す。
八月一日午前四時、第四軍団に属する第十師団が急速前進してエリウス軍の右側面から砲火を浴びせた。二方向からの攻撃を受けてエリウス軍の隊列は乱れ、損害が拡大した。さらにそこに艦載機群が殺到し、雷撃機編隊の攻撃で大型の戦艦も被弾炎上する。秩序だった対空砲火と直掩戦闘機部隊の迎撃で帝国軍艦載機部隊も大きな損害を出した。
この日が三回目の戦闘である帝国軍第七六三空母戦隊第一五六三戦術航空隊所属ユリアン・シュレック少尉は中隊に混じってこの戦闘にまさに飛び込もうとしていたところであった。
無数の艦船が帝国軍と砲火を応酬し、対空砲火を撃ち上げる。その隙間を縫うようにそれこそ星の数ほどの戦闘機や雷撃機が飛び交い、激しい空中戦を繰り広げていた。
「敵機後方、来ます!」
中隊の四番機のパイロットが叫び声を上げた。途端に機銃弾が中隊の合間を嵐のように駆け抜け、不幸にも命中した機体は火を巻いて鮮やかな宇宙の華と成り果てる。
「中隊ブレイク、ブレイク!」
中隊長が散開命令を下し、シュレックも慌てて操縦桿を引いた。機体は向きを変え上昇する。その周囲を機銃弾がかすめた。
「シュレック、背後に付いたぞ!」
センサーは警報音を鳴らす。敵戦闘機に背後に付かれたことを嫌でも承知せざるを得ず、シュレックは再び降下した。速度を上げ、エリウス艦隊の戦列に飛び込む。
戦闘機から見れば艦船はアリから見た像のような存在である。その巨体の合間を縫って飛ぶだけで精一杯である。一隻を回避すればすぐに次の一隻が前に迫る。秒速十数キロの速度まで加速したシュレックのフォーゲルⅤ戦闘機はエリウス軍戦闘機ハリケーンⅧの銃撃を回避しながらエリウス軍戦艦群の中を飛び回った。
窓の外では無数の機銃弾、陽電子ビーム、魚雷が暴風雨の如く荒れ狂い、大乱戦の様相を呈している。帝国軍とエリウス軍どちらが優勢かなど戦闘機のパイロットたちに見てわかるはずもない。彼らに課せられているのは目の前の敵を倒すことのみ、一人敵を殺すことが一歩味方の勝利に繋がる。銀河広しと言えど、殺人が合法的に善とされる職業は軍人を除いて他にないだろう。
もっとも末端の一兵士たちにとってそこまで深い哲学的考察をしている者は余程の偏屈者であろう。自分が今従事している行為の正当性に疑問を持とうとするほど人間は自己批判的ではいられない。彼はこの戦いを生き抜き、己の働きの証を戦果と言う形で打ち立てて家に帰ることを考えざるを得なかった。そうでなければ自分の為すことが無意味となりかねないから。
シュレックの機体の正面に周囲の戦艦よりもひと際大型の戦艦が現れた。その規模からして艦隊旗艦級の戦艦に違いない。敵を回避して無我夢中で飛び回っている内に、彼の機体はエリウス軍第六本国艦隊の中枢へと飛び込んでいたのである。
旗艦の周囲を取り巻く護衛艦隊が凄まじい対空砲火を撃ち上げた。旗艦に蠅一匹寄らせない弾幕である。慌ててシュレックは機体を旋回させて砲火の嵐を避けた。
そこに帝国軍の火箭がちょうど殺到した。エリウス軍最右翼の第六本国艦隊は側面から砲火を浴び、隊列が乱れつつあった。火箭の集中で装甲の薄い防空駆逐艦が爆発炎上して戦列を離れる。
「シュレック!戻れ!」
中隊長が呼びかける。しかしシュレックは防空網の穴を見逃そうとはしなかった。
「いえ、行けます!」
まだ彼には敵を撃墜した経験がない。双方とも秒速数キロで飛び回る宇宙空間でたかだか全長全幅十数メートルの戦闘機に弾を当てること自体が困難なため仕方のないことではあるが。そんな彼にとって、目の前に浮かぶ巨艦はチャンス以外の何物でもない。
シュレックは機体を切り返し、旗艦の防護陣形目がけて突っ込んだ。相次ぐ砲撃で穴の開いた防空網には味方の雷撃機部隊も続々と攻撃に駆け付けつつある。防空駆逐艦は隊列を離れ、対空砲火をまき散らしながら帝国軍航空機との交戦に向かった。当然エリウス軍の直掩戦闘機も来援し、たちまち旗艦の周囲は乱戦域に変化した。
両軍戦闘機のドッグファイトの間を抜けてシュレックは旗艦へと接近する。彼の後ろに敵機の接近警報が鳴り響いた。機銃弾が機体をかすめる。操縦桿を操り、機体をスピンさせて敵弾を回避しながら彼は旗艦の後ろへと回り込んだ。巨大なエンジンが青白いノズル光を放っている。
シュレックはミサイルの安全装置を解除し、トリガーを連打した。
フォーゲルⅤの腹部のハッチが開き、下方に次々とミサイルが射出される。飛び出してすぐに点火したミサイルは加速してエンジン部へと突っ込んだ。爆発が連続して巻き起こる。エンジン部に集中したミサイルは核融合炉の誘爆を誘発し、シュレックが離脱して数秒と経たずに旗艦の随所から爆炎が噴き出した。そこに雷撃機が至近距離から雷撃を敢行する。核融合弾が次々と直撃し、爆炎は更に拡大する。
「敵旗艦撃沈!敵旗艦撃沈!」
興奮してシュレックは連呼した。彼の視界の中で敵の旗艦は炎に包まれて苦悶にのたうち、行き足は鈍って戦列から離れてゆく。そして二つに折れて小太陽のような光を放って宇宙の塵と消えた。
「第六本国艦隊旗艦アントン轟沈!」
悲報に本国艦隊司令長官デーティは舌打ちした。
「先任指揮官に引き継がせろ。第六本国艦隊は後退。第八本国艦隊は急進し敵の迂回部隊を攻撃させろ」
第八本国艦隊の司令官はカーティス・レドモンド中将、この年三五歳と少壮の指揮官である。猛将として名が高く、柔軟な艦隊運用と突進力の高い攻撃を得意とする。彼の手腕が求められる局面で、デーティは重要な役回りを彼に任せた。
レドモンドの攻撃はこの翌年からエリウス王立海軍士官学校の教科書に取り入れられる事例となった。ミサイル巡洋艦の集中投入による突破口形成、そこに対する巡洋戦艦以下高速艦部隊の突撃により僅か三十分の戦闘で帝国軍第十師団は戦列を切り裂かれ、陣形が崩壊して敗走した。
「何と不甲斐ない!」
帝国軍参謀総長ハウサーが声を上げたのも無理もないであろう。しかし現実には両軍の装備の差は歴然であり、二等戦列艦以下の艦艇で数を埋めていた帝国軍に対しエリウス軍は惜しみなくミサイル巡洋艦や巡洋戦艦群を投入した。
しかし帝国軍とてむざむざとやられはしない。この時点でリヒテンシュタインは第十師団の親部隊に当たる第四軍団を左翼方向に延翼させており、追撃を試みるレドモンドの第八本国艦隊に対して猛射を浴びせかけた。これによりレドモンドの行き足は止まり、後退した。一日の十一時十三分の事である。
戦線中央部においては両軍の交戦が続いていたが、既に開戦から十二時間近くが経過しており、戦闘継続の限界に達しつつあった。当然彼らを撤収させなければならない。
「第二軍団は後退せよ」
リヒテンシュタインの指令を受け、先に後退したのは帝国軍であった。しかし、それだけでは終わらない。
「第一軍団、最大速力で急進。後退する敵艦隊を叩け!」
しかしこれとほぼ同じ命令をデーティも下していたのである。
「第二、第五本国艦隊、第五エルジア艦隊前へ!後退する敵を攻撃しろ!」
第二、第五本国艦隊はエルロモス星系海戦で消耗しているが戦列に踏みとどまってこの海戦に参加している。これに第五エルジア艦隊が加わり、前進してきた帝国軍第一軍団と正面から衝突した。
帝国軍第一軍団は帝国最精鋭の部隊として徹底的に鍛え上げられ、この時期においても十分な装備を保持した唯一と言っても良い軍団である。リヒテンシュタインの号令一下猛烈な統制射撃を浴びせかけ、前面に立ちはだかるエリウス軍を瞬く間に粉砕した。精強無比な帝国軍第一軍団の総攻撃は三時間の交戦でエリウス軍の戦列を大きく後退させ、その破壊力にはデーティも呆然となった。
「第二本国艦隊、損耗率二割を超えました!」
「第五エルジア艦隊左翼敗走!」
誰目に見てもエリウス軍は劣勢に映ったであろう。しかし同時にこれだけの強力さを誇るのは第一軍団のみであることもまた事実であった。
「補給の終わっている全艦隊、敵の左翼に突撃!」
スタル星系海戦にも参加した第七本国艦隊と第十、第一一本国艦隊を中核にエリウス軍は帝国軍左翼、第四軍団に突進した。元々第十師団を後退させられた第四軍団にこの攻撃を耐えるほどの戦力は残っておらず、次々と艦船が撃沈され帝国軍は崩壊の窮地に陥った。
「閣下、左翼が危険です!後退しなければ!」
ハウサーの言にリヒテンシュタインは動揺はしなかった。ただ冷静沈着に後退を指令したのみである。
八月一日十六時七分、プランプトン星系における海戦は一段落を迎えた。この時点において帝国軍の損失は損傷艦を含めて約一万百隻、エリウス軍は約一万五千隻を数えた。
ブリュンヒルデ・フォン・ハインリッヒ中将率いる第十二師団が戦場に駆け付けた時、帝国軍第五軍団とエリウス軍エルジア艦隊主力の戦力差は一転していた。第五軍団を撃滅するどころか逆に反撃を受け、エリウス軍はその戦力を大きく消耗させていたのである。そこにブリュンヒルデの新鋭兵力が到着したと聞いてエルジア艦隊司令長官エーベル・スティーブンス大将は死神に心臓を掴まれた思いをしたに違いない。
第十二師団の攻撃は熾烈極まるものであった。元々エリウス軍に対して物資の消耗を強いる攻撃のため打撃を与えられぬままむざむざと多数の艦艇を喪失したこの師団にとっては復讐戦としてまたとない機会である。突進して猛射を浴びせかけ、瞬く間にエリウス軍の艦列は引き裂かれた。正面と側面、両側から輻輳する火箭に挟まれ、陽電子ビームに切り裂かれ、亜高速魚雷を突き刺され、爆炎を噴き上げ破片を撒き散らしながら小太陽の如き光を放って轟沈する。
「よし、全師団突撃!」
エルヴィンは指揮シートから立ち上がり、正面に手を振り下ろした。
通信波に乗って命令に数倍する指令が伝達され、第九、第十四師団は全軍を上げて前進する。艦列が崩れ、ある艦は無秩序に弾を撃ちまくり、ある艦は艦首を翻して敗走するエリウス軍を帝国軍は徹底的に追い立てた。脱落艦を収容する暇すら与えられず、エリウス軍は出せる最大速力で撤退する。
第五軍団が陣形再編のために追撃を中止した時、エリウス軍に残された戦力は支援艦艇も含めて僅かに二万一千隻だけであった。当初四万隻を超える艦隊はその半数以上を失った計算となる。
「良く戻って来てくれた」
通信スクリーン越しに、エルヴィンは手放しにブリュンヒルデを賞賛した。
「卿の功績は間違いなく全軍の勝利に貢献するだろう。帰還すれば昇進は疑いないな」
エルヴィンと同じ銀の髪の女提督は一礼し、不遜な笑みを浮かべて見せた。
「終わったように仰る。ですがまだ本番はこれからでありましょう?」
エルヴィンは鷹揚に頷いた。
「当然だ。直ちにプランプトン星系に向かう」
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