第五軍団

 エルヴィンがガルトへと帰投した翌日、軍事省から諸々の発表が行われた。「ウンター作戦」と呼ばれた対エリウス侵攻作戦によって受けた損害の回復と、部隊の再編、及びそれに伴う人事異動が主であり、その中には彼についてのものもあった。

 エルヴィン・フォン・ジークムント大将を上級大将に任ずる。

 公式発表においてはウンター作戦はエリウス軍に対して一定の打撃を与えることに成功したとして、帝国軍の勝利と謳われた。その「勝利」の立役者であるとしてエルヴィンは上級大将に昇進したのである。

 他にも参謀長ディートリンデ・フォン・マンハイム中佐は大佐に、第五七連隊長ブリュンヒルデ・フォン・ハインリッヒ少将は中将に、エルヴィンの元で戦った二人の師団長は共に大将に昇進するなど、第五軍団の面々が昇進した人間の多くを占めた。

 第五軍団においては他にも様々な変更があった。大将に昇進した二人の師団長はそれぞれ一旦軍事省付けに異動となり、その後軍団長や参謀本部の有力ポストへの就任が有力視されることとなった。彼らの穴を埋めるために、中将に昇進したブリュンヒルデが第十二師団長に、さらに若手の指揮官である三九歳のアルフレート・フォン・フーバー中将が第九師団長に補された。加えて司令官が戦死したことで解体された第七軍団から第十四師団が第五軍団へと編入されることとなった。司令官は珍しく平民出身でその用兵には定評がある労将ヴィルヘルム・ヨハネス・ジーメンス中将である。

 新たに各師団に補充の艦船も編入されることとなり、更にはこれまで縮小編成であった第九及び第十二師団も戦力拡充が行われることとなる。こうして第五軍団は三個師団合計艦船五万二千三百隻を擁する強力な陣容となった。

 「悪くない」

 帝国軍本部ヴェアヴォルフの帝国宇宙軍総司令部内の第五軍団に割り当てられたオフィスで発表の内容を確認して、エルヴィンは呟いた。艦船の隻数もさることながら、その司令部の陣容も彼としては満足のいく内容であった。

 スタル会戦で数倍の敵を相手に勇戦奮闘し、帝国軍の勝利への道筋を開いたブリュンヒルデが師団長となったことに加え、更に堅実な用兵術で名将と評され、兵からの支持も篤いジーメンス、軍部内で一定の勢力を保ち、門閥貴族たちによる軍部支配に抵抗している、「改革派」と呼ばれる将校グループの一員である若手指揮官フーバーといった面々が加わり、十分に優秀と言って差し支えない部下ができた。大佐に昇進したディートリンデはそのまま第五軍団参謀長を引き継ぎ、参謀に頼ることなく戦争をするこの時代では数少ない指揮官であるエルヴィンの補佐に当たる。

 「でも、さすがに情報参謀や兵站参謀くらいはいた方がいいんじゃない?」

 言い出したのはディートリンデである。

 エルヴィンに作戦参謀は必要ない。彼自身が作戦を考え、ディートリンデが調整して伝達し、これまで彼の作戦は失敗することなく成果を上げてきた。しかし配下の師団が三つとなり、六万隻近い艦船や五百万人以上の将兵を統率するうえで、情報や補給、通信と言った軍隊のインフラストラクチャーを支える参謀は必要だろう、彼女はそう言ったのである。

 言われてエルヴィンは頭を搔いた。

 「だが、有能な人材を確保できるか?」

 「これまでは情報は上級司令部に頼り、補給や通信だって他部隊の支えがあったからやってこれたけど、これからは自前でやっていかないと。私だって一人でやれる仕事には限界があるわ」

 自分がこの二歳年上の幼年士官学校同期生の支えに頼っていることを自覚して、思わず銀髪の若者は顔をしかめた。

 「分かった。参謀本部に要請しておくか」

 ディートリンデは速答せず机を指で叩いて光を百万キロ程度飛ばさせておいてから口を開いた。

 「私が預かって良い?参謀本部頼みだと良くないかもしれない」

 「どういうことだ?」

 ディートリンデはため息をついた。

 「分かってないのね。君には政治的な問題が絡んでくるのよ」

 これまでエルヴィンは若い指揮官として見られるに過ぎない立ち位置だった。十三歳で戦場に出てから武勲を重ねて二二歳にして大将になったが、年齢のせいもあって軽視されるだけで済んでいた。逆に言えば軽視されたがゆえに脅威と見られなかったのである。

 しかし上級大将に至ったことで風向きが変わった。上級大将の上の階級と言えば元帥しかいない。また上級大将以上の階級は国家への反逆を働いたとか重大な反逆行為を犯さない限りでは罰されず、降格もされないという伝統がある。加えて現在帝国宇宙軍にいる元帥は二人、軍事卿マンスブルク元帥と宇宙軍総司令官リヒテンシュタイン元帥のみであり、軍令機関たる参謀本部の長たる参謀総長ハウサーや宇宙軍における地上部隊である陸戦隊を司る陸戦隊総監ブラウヒッチらは上級大将に過ぎない。つまりエルヴィンはこの若さにして軍隊の最高地位を占める一歩手前まで達したのであり、彼がこのまま武勲を上げて元帥となれば二〇代前半にして帝国宇宙軍において強大な力を持つこととなる。

 更には彼は軍部内の主流派に属してはいない。より正確にはどの派閥にも近寄ってこなかったのであるが、軍部内で主流を占める上流貴族出身の高級士官からすれば、自分の味方とは言えない人間が軍内で至高の地位を占めることは脅威以外の何物でもなかった。

 もちろん彼が現在の宇宙艦隊総司令官パウル・フォン・リヒテンシュタイン元帥の実の息子であることは知れ渡っているが、それはそれで親の七光りで昇進したなどとあらぬ謂れで反感を招いているのであった。もっとも二二歳で上級大将に昇進するような人間が異常なのであって、エルヴィンに対してどのような嫉妬や反感を抱いたとしても、それを責めるというのは酷というものであろう。

 以上のような状況は少し想像の翼を羽ばたかせれば容易に想像がついたであろうが、エルヴィンにはその発想は全くなかった。彼にすれば「勝手に反感を抱こうがどうでもいい、俺は何も足元を掬われるようなことはしていない」と言いたいのだろうが、人間社会と言うのは一人称視点だけで測れるほど単純な世界ではないのである。エルヴィンはそのようなものに触れた経験がなく、ゆえに自分の視点だけで周囲を見ることしかできなかった。

 「とにかく、私にここは任せておいて」

 ディートリンデは飛び級で当時幼年士官学校の最上級生だった彼女の学年に入ってきた銀髪の若者を誰よりも良く知っている。彼の才能も短所も、当のエルヴィン以上によく分かっている。そして彼女は、彼女の人生を変えたこの青年を守るために自身の力の全てを使う覚悟だった。

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