父と子
エリウス立憲王国首都、ロンディウム。エリウスの政治経済軍事の中心地であり、ビル群が立ち並ぶ巨大都市である。
中心街からスカイカーを用いて南へ三十分ほど飛ぶと、官僚や政治家、企業経営者ら社会的地位が高い者たちが好んで住まう高級住宅地ローズヒルへと辿り着く。公共駐車場に着陸したタクシーのドアを開けて降りた第二内海艦隊新司令官ジェフリー・カニンガム中将は、駐車場の出口に立つ男の姿に目を止めた。
「久しぶりだなぁ」
何とも形容しがたい微笑でジェフリーは兄の挨拶に応じた。
「半年ぶりかな?」
エリウス中央党庶民院議員アントニー・カニンガムは弟に歩み寄った。
「帰らなさすぎるのも問題だ。たまには家に顔を見せろ」
「あぁ…」
ジェフリーの表情が曇ったのを見て、兄は続けた。
「兄貴なら今日は家にいない。親父はさっき官邸から帰ったところだ。気にしないでさっさとついてこい」
代々政治家を輩出してきたカニンガム家にとって、軍人になることを選んだジェフリーは異端者である。長男と次男は伝統に従って政治家としてのキャリアを歩んでいるが、その伝統から外れたジェフリーに対して、特に長男で現外務省政務次官のジョンソン・カニンガムは強硬的な姿勢を未だに崩してはいなかった。
アントニーと共にカニンガム邸へと足を踏み入れたジェフリーは、使用人に荷物を渡すと二階へと上がった。右に曲がり、長い廊下を最右翼の部屋に向かう。やがてジェフリーは一つの扉の前で足を止めた。黒樫製の荘重な扉をノックし、ドアノブに手をかける。
見た目の重々しさに反し、モーター駆動のために少し力を入れただけで扉は簡単に開いた。扉の奥は派手さこそないが風格と格式ある木製の室内が広がっている。壁一面が本棚となっており、その一角に厳めしい顔つきの一人の男が立っていた。
「父さん、ただいま」
「帰ったか」
息子の声に父親は振り向き、表情一つ変えずに応じた。
堂々とした体躯を伝統あるスーツメーカーのグリーンヒル製高級スーツに包み、立憲君主制の元で伝統と格式を重んじるエリウス国の政治家らしい威厳を放つ男。
エリウス中央党党首にしてエリウス第三八二代首相サー・アーサー・スペンサー・カニンガム卿であった。
「一度戦場に行けば半年は帰らず、家に心配をかけおって」
父親の言葉にジェフリーは肯定も反論もできなかった。
「中将に昇進したそうだな」
「はい」
昔も今も、父親には頭の上げようがないジェフリーである。父親の威厳に逆らい得る者はこの家の中には存在せず、ゆえにいくら家の伝統を逸脱したジェフリーに対して兄ジョンソンが怒ろうが、精々文句を言うことしかできないのである。
「母さんに会いに行ってやれ。お前のことを心配している」
「はい」
それだけを言い残して首相は息子に背を向けた。
父親の書斎を一分足らずで辞去し、廊下を歩きながらジェフリーの脳裏には数年前の記憶が去来する。
「軍人になりたいだと?」
顔をしかめた父親以上に兄たちの反発は強いものだった。
「お前、我が家から軍人を出して良いと思っているのか!」
「カニンガム家に泥を塗りたいのかお前は!」
兄二人の反論を聞いても、ジェフリーは臆することは無かった。
「決めたことです。僕に政治家として大成する未来は見えない。けど軍人であれば見える。カニンガム家の看板を汚すようなことはしません」
父親は答えず、代わりに長男ジョンソンが声を上げた。
「ならば家を出ていけ!裏切り者の居場所はここにはない!」
「政治家になることだけがカニンガム家が国に尽くす道か!」
「そうだ!先祖代々国王陛下に仕え続けたカニンガム家の道だ!」
「だが…!」
「やめんか」
父親の口調は落ち着いていたが、息子たちの争いを鎮めるには十分な威厳だった。
「ジェフリー、本気で軍人になるつもりか?」
ジェフリーは頷いた。
「ならば徹底的にやれ。後悔するな。分かったか」
「父さん!?」
それ以上何も言わず、アーサーは席を立った。
その後王立海軍士官学校へと入校し、そして今に至る。政治家と言う職業にどうしても好感を抱くことのできなかったジェフリーにとって、軍人として名を馳せることは、生きる意味そのものであった。
銀河帝国は遭難した開拓者たちが現在ではガルトの名前で知られている地球型の惑星へとたまたま辿り着き、作り上げた国家が元になっている。当初開拓者たちは自分たちのことを国家として認識していなかったが、ガルトに降り立って十年以上が経ち、次第に国家としての枠組みが形成されていった。形の上でこそガルト共和国と言う国家が形作られたが、己の生活に精一杯で政治と言うものに関わる気のない人々は、強力なリーダーシップの元で生活が安定することをのみ望んでいた。
こうした地盤の上に、共和国首相であったフリードリヒ・ローゼンベルグが初代の皇帝を宣し、銀河帝国を建国した。この時に定められた皇帝暦が、現在でも帝国で用いられている標準暦である。
フリードリヒは精力的に国家の仕組みと社会システムを整えた。彼の治世の間に人口は十億人に達し、ガルトの大気圏を飛び出して再び宇宙にその行動範囲を広げた。彼が没し、息子のコルネリアスが第二代皇帝に即位すると、内政面では父親の施策を引き継いで社会システムの構築を推し進めると同時に、皇帝と言う存在を神聖不可侵のものとしようとした。ガルト最大の巨大都市として発展しつつあったカイゼルブルクから離れた山間部に壮麗なガルト宮殿を築き上げ、国家の功労者に貴族の称号を与えて帝国の支配権を確立させる。福祉、教育、軍事、科学技術等国家の基盤となる要素を整え、コルネリアスが崩御するときには帝国は三つの惑星に三十億人の人口を抱える星間国家へと成長していた。
その後も帝国は拡大と発展を続け、現在では四百億を超える人口と五十以上の居住可能惑星を持つ大帝国となる。強力な常備軍と貴族制、官僚組織によって支えられた帝国の支配権は相次ぐ戦争でも崩れることなく堅持され、皇帝暦六〇九年(西暦二七一九年、統一銀河暦三三二年)、第四二代皇帝ヴィルヘルム四世の代にあっても、そしてこの先にも変わることは無いと思われていた…
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