立憲王国

 エリウス立憲王国は地球から宇宙へと植民した人々の一派が遭難し、辿り着いた場所で作り上げた国家である。

 漂着した星は資源こそ豊富だったが文明が存在していたわけではなく、一度惑星に降り立った彼らが再び宇宙へと上がるようになるまでには世紀単位での時間を要した。その間に独自の文明を築き上げた彼らにとって地球など精々自分の祖先の生れ出た地でしか無く、ことさら郷愁を誘うような存在ではなく、エリウス立憲王国は内政に努め国力を蓄積していった。しかし西暦二四一三年、互いに覇を競っていた銀河帝国とルーシア帝国と遭遇する。彼らも同様に宇宙植民において遭難した人類が作り上げた文明であり、彼らに対して国力で劣るエリウスは積極的に周辺惑星へと植民し、国力の増強に邁進した。無論二つの帝国と干渉しない方向へと植民を進めたのだが、その結果として銀河連邦共和国と接触することとなる。

 四国家間で形成された国際秩序において、エリウスは他三か国と決して手を組んだり対立しない「栄光ある孤立」の保持に向けて尽力した——それが常に成功したかはさておいて。

 可能な限り戦争を回避しようとする外交努力の成果か、民主的な政府の元でエリウスは国内情勢は安定している。

 民主主義への国民の信頼は根深いものがあり、エリウスが立て続けに戦争に巻き込まれ、それが落着点を見いだせないままに泥沼化しても負けない限りは国家体制に大きな打撃を与えることは無い。だがそれゆえ一回の敗北が有権者に与える衝撃は大きい。

 エリウス側において西暦年から「十九年戦役」とこの時点では命名された戦いにおいて本国艦隊司令長官マックス・ブラッドフォード大将指揮の下にエルジア艦隊、内海艦隊の戦力も加えたエリウス連合艦隊は帝国軍の侵攻を防ぎ切り、撤退に追い込むことに成功した。しかしこと第二次スタル星系会戦においては先任指揮官ハーバード提督に加えて第三本国艦隊司令カーター提督まで戦死し、一万隻以上の艦船を喪失する純戦術的に見れば敗北とも言える結果を招来することとなった。この一戦区だけで戦死者は百万人を数え、その遺族らを含む有権者らの怒りや批判が軍や政府に向かうことは容易に想像がつく。常に政権叩きのチャンスを狙っているマスメディアもその機運を盛り上げるために努力するだろう。

 そうした批判をかわすためには他の戦区での勝利を強調することに加えて、スタル星系会戦も戦略的には帝国軍を撤退させることで勝利を収めたことを発信しなければならなかった。増援として向かっていた第七本国艦隊を割って帝国軍に痛撃を与えることに成功した参謀長ジェフリー・カニンガムが本国に帰還するや否や中将昇進を伝えられたことにはそうした背景があった。ただし中将が一個艦隊の参謀長を務める訳にもいかず暫くは海軍本部付となっている。

 帝国軍の侵攻を乗り切ったエリウス軍上層部において目下最大の課題は司令官を失い艦隊の体裁を保つことができないほどの被害を受けた第三本国艦隊と第二エルジア艦隊の処遇であった。

 「二個艦隊を合併するとしてもそうしてできた艦隊をどこに編入するかが課題ですな」

 そう発言したのはエリウス軍第二海軍卿兼海軍人事局長バートランド・フィッシャー大将である。エリウス宇宙海軍の軍政、軍令を担当するエリウス海軍本部の制服組ナンバーツーの存在であった。海軍の人事権を握る存在でもある。

 「本国艦隊もエルジア艦隊も兵力を欲していますからな。どちらに配備するか」

 エリウス宇宙海軍は担当する方面や任務によって方面艦隊レベルで分割されている。第一から第十一までの本国艦隊、第一、第二、第五のエルジア艦隊、第一から第四までのフォートランド艦隊、第一、第二の内海艦隊、近衛艦隊と合計して二一の艦隊が五つの方面艦隊に分かれて配備されていた。任務や編成が変わるために一概な比較はできないが、本国艦隊が実質的な主力艦隊と見なされている。

 「しかし損傷艦をドック入りさせた結果二つの艦隊の戦力を合計しても六千隻程度しか配備できません。そもそも編成や風土も違う二つの艦隊を調整も無いまま帝国との最前線に展開する本国艦隊やエルジア艦隊に加えるのは酷ではありませんか?」

 海軍の装備の管理を司る第三海軍卿兼海軍管理官アーミテイジ・ホーキンス中将の言葉に第一海軍卿兼海軍軍令部長アーノルド・テルフォード元帥は腕を組んだ。

 「ではやはり内海艦隊か?」

 内海艦隊は首都星ロンディウムを含む首都星系チューダーを防護する艦隊であり、実際には訓練中の部隊が第一か第二内海艦隊に一時的に編入されるケースが多い。

 「そうですね。再編成の期間は必要でしょう。それで司令官は…」

 フィッシャーの発言を聞いてテルフォードは手に持ったペンで机を叩いた。

 「カニンガム少将、いやもうすぐ中将ですが——ですかな」

 ホーキンスが言った。

 「しかし、彼は若すぎる。一個艦隊の指揮官として置くにはまだ経験が足りない。それに彼個人が戦功を挙げすぎて良いことは無いだろう」

 フィッシャーの発言にも理はあった。いくら戦功を挙げたからと言って三十歳の若さで提督に抜擢し、更に功績を上げさせては同僚の提督たちからの不満も出るだろう。組織の内部に不和を発生させて良い理由は無い。

 「二つの艦隊を合してその再編を行うことは楽ではない。彼の能力でそれが叶うようであればそれでも良し、失敗した時はそれは彼の栄達もそこまでです。実戦に参加する部隊ではないのですし、そこまで気にしなくても良いのでは?」

 テルフォードは相変わらずペンと机でコンコンと音を立てていたが、やがてその手を止めて二人の海軍卿に向き直った。

 「カニンガムで行こう」

 かくしてジェフリー・カニンガムが新たな艦隊の司令官として内定したのである。

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