第七本国艦隊参謀長

 「第三本国艦隊より入電!『我、敵ト遭遇セリ。敵総数二万隻以上、救援ヲ乞ウ』!」

 今まさに迂回した帝国軍部隊を射程に収めようとしていた第二エルジア艦隊旗艦ハウに冷や水を浴びせかける急報がもたらされた。

 「二万隻以上だと!?」

ハーバードは顔面蒼白になった。

「敵は分散したはずではなかったのか?」

 参謀長ブレンドン少将が情報参謀に尋ねる。

 「そのはずですが…」

 「では正面の敵艦隊はなんだ!」

 それがダミーであると知った時、第二エルジア艦隊司令部の面々は初め驚愕し、次いで怒り狂った。

 「偵察隊はダミーと実物の区別もつけられないのか?」

 ハーバードは音高く舌打ちした。

 「偵察隊によれば敵戦闘機が展開していたため、接近して観測できず遠方からの光学観測のみで判断したと…」

 「言い訳はいい!」

 自分の判断の誤りを払拭すべく、ハーバードは躊躇わず決断した。

 「全艦隊一斉回頭百八十度!直ちに第三本国艦隊の救援に向かう!」

 戦艦約七千五百隻を中核とする合計一万五千隻近い第二エルジア艦隊は一斉に回頭した。基本的に正面の敵艦隊と交戦するために形作った陣形であり、そのまま反転しては艦隊の本来の戦闘力の発揮は望めない。しかし一刻を争う戦場において万単位の艦艇をのんびり陣形変更で遊ばせる余裕など存在せず、背に腹は代えられぬ決断であった。

 そしてこの最も脆弱な瞬間こそ、帝国軍第五七連隊が待ち望んでいたチャンスであった。

 「天頂方向に敵艦隊!全速で接近してきます!」

 「何だと!?」

 ハーバードが答えるよりも早く回頭中の第二エルジア艦隊の戦列を直上から陽電子ビームの光芒が叩き切った。続いて亜高速ミサイルの群れが襲来し、迎撃の余裕すら与えず一方的にエリウス艦艇を打ちのめす。対ビーム防御のためのシールドは物理ダメージには無力であり、戦列の随所で核融合弾の爆炎に包まれて巨大な宇宙戦艦が数百名の乗員もろとも消滅した。

 「戦艦アントン轟沈!重巡ドーセット―シャー轟沈!」

 「戦艦インディファティカブル大破!」

 「敵の総数は約三千隻!」

 流動的に動く状況の前にハーバードは無論混乱していた。だが決して指揮官としての役目を放棄はしなかった。

「我が方の五分の一の敵など足止めにもならんわ!全艦隊直上の敵艦向けて砲撃開始!」

 回頭中に奇襲を受けた現状更に針路変更を強いては更なる混乱は免れ得ない。回頭を継続しながらエリウス軍艦は砲身を目いっぱい直上に向けて反撃の真紅の光の矢を撃ち放った。数において優勢なら、力押しで押し潰すのが当然の選択である。

 しかしエリウス軍の到着を手ぐすね引いて待ち構えていた帝国軍の小細工が単に奇襲だけで終わるはずがない。

 「複数方向より敵戦闘機及び雷撃機多数接近!」

 帝国軍の誇る艦上戦闘機フォーゲルⅤに護衛された艦上雷撃機フィーゼラーが一斉に襲い掛かった。隊列の乱れたエリウス軍艦隊は航空隊にとっては格好の餌食である。フィーゼラー隊は雷撃位置に着くと次々と魚雷を発射した。付け焼刃の様な対空砲火を抜けて魚雷が命中する。分厚い装甲によって守られた戦艦が一撃で轟沈するようなことは無かったが、巡洋艦以下の中小艦艇は当たり所によっては轟沈し、大型艦でもエンジンをやられて行き足が鈍った艦艇が続出した。

 「戦艦プリンス・エドワード被雷!速力低下!」

 「駆逐艦アイレクス轟沈!」

 エリウス軍旗艦ハウ艦橋には悲痛な報告が間髪を入れずに飛び込んで士官や幕僚の鼓膜を不快に叩きつけ、参謀たちは降って湧いた状況に圧倒されて沈黙するばかりで誰一人として己の職責を果たそうとしなかった。そんな参謀たちの状況を知ってか知らずか、ハーバードは参謀長を沈黙の沼から引きずり出した。

「参謀長!」

 「はっ」

 「貴官はこの状況をどうくぐりぬける?」

 参謀長ブレンドン少将にすれば迷惑極まりない質問である。私に聞けばこの混沌を抜けられるとでも思っているのか。事態収拾の責任を私に押し付けるな。

 ブレンドンは自分がこの状況への対応で責任を負う気は毛頭なかった。参謀たちに対応策を協議するよう命じたのである。スクリーンの中で味方の艦艇が炎を巻き上げ、破片を散らし、火砲を乱射して苦戦する中において幕僚たちの動きは滑稽極まるものであっただろう。

 第二エルジア艦隊にとってみれば突然襲い掛かってきた敵艦隊とのんびり戦っている場合ではない。現在進行形で第三本国艦隊が圧倒的多数の敵によって攻撃されている以上、その援護に駆け付ける必要がある。そもそも一個艦隊規模のエリウス軍にとってエリウス軍基準では分艦隊程度にしか値しない敵艦隊に翻弄されていることは大軍側の心理として不愉快極まるものであっただろう。エリウス軍にとって有難い要素は何一つなかった。

 この状況下で三分かけて話し合われた対応策をブレンドンは司令官に報告した。その三分間の間で戦艦三七隻を含む六〇隻が轟沈している。

 「閣下。現在攻撃してきている敵艦はおよそ三千隻。我々を撃滅できるほどの大戦力ではありません。目下の脅威は第三本国艦隊を攻撃している敵本隊と思われます。よって一分艦隊を敵の対応に残置し、残りの兵力を全速で第三本国艦隊の救援に向かわせるべきだとの結論に至りました」

 ハーバードは数秒思考し、頷いた。

 「よし、E分艦隊は現在攻撃してきている敵艦隊を迎撃。残る全艦隊は最大速力で敵本隊に向かう!」


 エリウス軍第七本国艦隊一万五千隻はこの戦場における先任指揮官ハーバード提督の指令を受けて第三本国艦隊との合流に向けて最大速力で前進していた。

 旗艦レナウンで指揮を執るのは第七本国艦隊司令官クリストファー・ガーランド中将である。

 「第三本国艦隊との合流までどれくらいかかる?」

 「まだ八時間ほどかかります」

 ガーランドの問いに航海参謀が答えた。

 「八時間か…それまで第三本国艦隊が耐えられるかな」

 「高速艦のみを分離すれば二時間程度は短縮できるのではないでしょうか?」

 そう言いだしたのは一人の若い将校だった。

 整ったブロンドの短髪、澄んだエメラルド色の瞳。制帽から黒を基調とした端正な制服、軍靴の先に至るまで標準的なエリウス王立宇宙海軍士官そのものの服装である。年齢からして少し軍隊生活に慣れたばかりの中尉と言ったところであろう。

 「各分艦隊から高速艦のみを抽出し、分離させて向かわせれば確実に早く第三本国艦隊を救援することができます」

 「カニンガム少将、だがそれは簡単なことではないぞ」

 第七本国艦隊参謀長ジェフリー・カニンガム少将、三十歳。前線勤務一筋で武勲を重ね、王立宇宙海軍士官学校を十八歳で卒業してから僅か十二年にして少将まで昇進したエリウス軍の異才である。なお三十歳で少将と言う記録は、過去には五人しか事例が無い。

 父親は現エリウス立憲王国首相アーサー・カニンガムであり、その息子と言う立場故に昇進が早かったと言う事実は否めないであろう。しかし親の七光に縋ったわけではなく、政治家を輩出し続けたカニンガム家において、伝統に従わず軍隊に入り、功績を上げて昇進したのもまた事実である。無論それを認めない者も数多くいるのだが、現在の上司ガーランドは公正に評価してくれる数少ない存在だった。

 「各分艦隊から無理矢理抽出して指揮系統を整えることは困難だ。どう指揮する?」

 ガーランドが言うことは間違ったものではない。軍隊には指揮系統と言うものが存在する。戦争は兵士一人一人の個人プレーではない。総司令官の指揮の下に各部隊が有機的に行動する必要がある。無論数千、数万の兵士一人一人に総司令官が指示を下すことなどできるはずもなく、中級指揮官が存在して司令官の方針の元で自分の手元の部隊を動かしている。そのための命令が伝達され、その命令の元で軍隊を最大限効率的に運用するために軍隊の編成と言うものがあり、無理矢理その編成を戦場で変更すれば混乱は免れ得ない。

 「巡洋艦群、駆逐艦群単位で抽出し、命令系統は戦場への移動中に整えます。どこかの分艦隊の副司令官を司令官とし、私が戦場指導のため旗艦に同乗します。もちろん動きは鈍くなるかもしれませんが、今は一刻も早く戦場に急行すべきです」

これまでもジェフリーは様々な戦場において常識を覆すような戦術を思いつき、実行してきた。しかしそれは実行が可能な理論的な裏付けがあったからこそ実行に移されたのである。

 彼のこの提案は難易度は高いものではあったが、決して不可能ではない。戦術的な目的がこの部隊をもって敵戦力を撃滅することではなく、一刻も早く友軍の救援に赴くことであり、それを考えればジェフリーの提案はベストではなくてもベターな選択であったと言えるかもしれない。無論それをベターであると決定づけるのはこの先の行動であるが。

 ガーランドは実戦経験が豊富な指揮官であり、概ね有能な提督だと言う評価を受けていた。決して我意に固執することは無く、ジェフリーのような三十代の若者に対しても偏見のレンズをかけずに接することができるそう多くない人物であった。

 「分かった。やってみろ。調整は全て貴官がやれ」

 実行の責任は言い出しっぺが負う。それは当然のことであった。

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