ぼくと西成

ミツル

第1話ぼくと西成

「あそこはな、行ったらあかんで」


母親の耳にタコが出来そうな言葉だ。僕は何度聞いた事だろう。その頃は景気も良くて、みんな騒いでいた記憶がある。昭和と言うものはこういうものだと理屈ではなく、感覚で知っていたのだ。大人は忙しく、どこも賑やかだ。ただ1ヵ所を除いて。


西成と言う地域は大阪の中心部に近い。日本全国から日雇いの仕事を求めて人が集まって来る。あいりんセンターはその日の仕事を斡旋あっせんしてくれる。当時は人手が足りなくて、働けそうな人間であるなら手配師と言うオッチャンが声を掛けて仕事のスカウトをする。若き日の父も作業服でブラブラしていると声を掛けてくれるので学校をサボって働いたと言っていた。その日1日仕事が終われば現金支給。当時はバブル前期で相当日給も良かったそうである。これは父親から聞いた話だ。


「西成は行ったらアカン」


祖母もそう言っていたが不思議と祖父と父親は行くなとは言わなかった。その理由は今でも良く解っていない。治安が悪いだけではない何かが母親と祖母にある母性本能がそうしていたかもしれない。


「みっちゃん、行こ」


小学生としては破格の1日500円と言うお小遣いを握って悪友と遊びに行く。そこは西成。地元ではあいりん、三角公園と言われていた。中央に三角の広場があり、何時からか三角公園と呼ばれていた。僕たちは日毎ひごと親の目を盗んで西成へ通った。一度見回りの先生にバッタリと出会ってしまった時、学校へ出向いた母親は何故か先生に頭を下げて謝っていた。しかし僕には謝る理由も無かった。何故?西成に行くことは悪い事なのか?なんで?母親はげんこつで僕の頭を殴った。


「このアホウ!」


意識がクラクラしてたんこぶが出来る。しかしそれ以上は暴言などはなかった。ただ、西成へ行くことが悪だとする大人の身勝手な考えが嫌だ。僕や悪友には西成は他の地域と違って退屈しない場所だった。僕には社会の見てはいけないものが西成にはあるんだとぼんやりと考えていた。


「あのおっちゃん、死んでるんちゃう?」


歩道のど真ん中に人が倒れ込んでいる。側に寄ってみる。ツンと体臭と酒の匂いがする。


「大丈夫や。酔っ払いや」


僕らは気にせず西成を縦横無尽に探検した。それは大人のタブーとしてのレッテルを張られた西成と言う世界を自分達の悪のイメージにしない、地道な作業だった。僕は小学四年生から高校生までを西成に通う事を止めなかった。そして西成と言う世界を知るのだ。

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