ボス:➊『虐殺の証明』アゴンの縄張り(後)

 アゴンという男は競争心の塊だった。

 競走しているか、競争相手を探しているか。二つに一つが彼の生態だった。争うこと、そして打ち負かすこと。そのためだけに独自の進化を遂げてきた。


『トラックテイオー! 粘る粘る! アゴンルイジンエンを寄せ付けません!』

『どちらの猛攻もコボルトグンジョーを飲み込む勢いだ!』


 トラ男は思い出す。

 トラックは走るものだ。轢くものではない。真っ直ぐ、力強く、だから輝かしいのだ。格好良いのだ。走ることが大型トラックの生態だった。


『逃げる! 逃げる! 逃げああああああああ!!!! コボルトグンジョー轢き飛ばされたあああ!!!!』

『抜け目なく捕食するアゴンルイジンエンの賢さが目立ちます』

『さあ運命の最終コーナー! トラックテイオー見事なコーナリングです!』

『スプリント最速のアゴンルイジンエン相手にどこまでリードをキープできるのかが肝要です』


 トラ男は顔を上げた。露出する岩肌の最奥、栄光のゴールラインが虹色に輝いていた。


(トラックは――――速さだけじゃないぜ)


 いつぞやの父親の言葉を思い出す。意固地になって家を飛び出した未熟を鼻で笑った。たった一つの拘りに成功はない。


(速さ、力強さ、そしてテクニック。全てが揃って初めて最高の走りが実現する)


 崩れた時こそ立て直せ。総合力で勝負だ。トラ男ではアゴンのパワーに及ばない。気迫も五分と五分だ。理想的な位置取りのコーナリングで差をつける。


『入った! 最後の直線! 先頭はトラックテイオー!』


 背中をひりつかせるプレッシャー。


(来る――――)

『その後ろ! 背後! 外! 外から! アゴンルイジンエン猛爆走だあああ!!!!』

(来いッ!!)


 真っ直ぐ。一直線。

 誤魔化しの効かない、男と男の大一番。


(誰にも負けない、誰よりも強く在りたい。同じ男として――――お前が羨ましいよ)


 総合力を束ねた先。たった一つの譲れないゴール目指して。


『並んだ! 並んだ! アゴンルイジンエンの鋭い牙が不気味に開く! これは決ま――――ああああ!!? トラックテイオーさらに加速! どこにそんな底力が!!』

『最後の直線は短いですよ。真の走力が試されます』


『走る! 走る!』


『速い! 速い!』


『アゴンルイジンエン抜いたあああ!!』


『これで終わりか!? 巨体がゴールに伸びる!!』


『いいえ! いいえ!?』


『まだ! まだだ! トラックテイオー再加速!!』


『分からない! 並んだ! 並んだ! どっちだ! どっちだ!?』



『今、ゴーー


   ーー ー 



      ル――――――

             ⋯⋯⋯⋯』



















「俺はこの日のことを一生忘れない」


 トラ男は口を開いた。


「あの時もそうだった。滅茶苦茶にハジケた妖精を見て、俺もそうなりたいって思ったんだ」


 トラ男は前を向いていた。


「そして――――挫折した」


 視線の先には、誰もいない。


「今度もそうかもしれない。それでも、俺は進みたいと思っている」


 言葉は後ろに向かって。

 つまりは――そういうことだった。


「誰かに背中を魅せられるってのは、夢を与えるってことなんだな」


 すぐ後ろで巨体が倒れる音がした。


「ありがとう、な。ちゃんとぜ⋯⋯」



『一着ッ!!


 トラックテイオおおおおおおお――――⋯⋯』



 儚く消えた実況の声。

 奥義が消えて、元の死体が積み重なる小山に戻っていた。恐るべき魔物、アゴンの縄張りだった。


 もう、ここにこれ以上の死体は積み上がらないだろう。


 最期の死体が、この聖域の主の亡骸が横たわったのだから――――

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