ボス:➊『虐殺の証明』アゴンの縄張り(前)
【五日目、夜】
<ちゃーちゃちゃーちゃららら〜♪
<ちゃちゃちゃちゃ〜ちゃららちゃ〜♪
<ちゃーちゃ、ちゃ、ちゃ、ちゃ、ちゃちゃちゃちゃ〜♪
『年末の密林で争われる夢のグランプリ・有車記念! あなたの夢、私の夢は叶うのか!』
鬱蒼とした密林を抜けた小山、拓けた場所に十六人の屈強な走者どもが集う。快活な実況がスタートダッシュの構えを取る荒くれ者どもの魂に火を付ける。
『三番人気ゴボルトグンジョー、コバルトブルーの才能は爆発するのか』
グンジョーのたてがみを翻してコボルト戦士が犬歯を剥いた。
『二番人気を紹介しましょう。期待の二冠トラ息子、トラックテイオー!』
トラ男の両足に力が籠もる。ボルテージは最高潮だ。
『そしてファンの期待を一身に背負う一番人気はもちろんこの男――――アゴンルイジンエンッ!!』
巨漢のトラ男よりもさらに大きい。灰色のトゲトゲした体毛に鋭い牙、しゃくれた顔には闘争心が煌めき渦巻く。
『私が一番期待しているビッグタイトル! 気合を入れて欲しいですねー!』
解説が煽るとアゴンが雄叫びを放った。巨体以上の威圧感だ。
『ゲートイン完了。出走の準備が整いました』
「トラック真拳終極極限奥義」
トラ男は笑った。
そこにくたびれた停滞はもはやない。
「『夢カケル世界』」
高らかな銃声。走者たちは一斉に走り出した。
『さあゲートが開いた!』
『みんな集中してましたね! 好レースが期待できそうです!』
討伐依頼の魔物、アゴン。あの恐るべき類人猿は、人種とは別系統の進化を極めた超生物だった。唯一の世界改編系の奥義で勝負のフィールドに取り込む賭けは見事に成功した。
(……いや、違うな)
全身で疾走するトラ男は背後のプレッシャーに神経を尖らせる。この男は、分かった上で乗ってきた。卓抜した競争心がここまでの進化を導いたのだろう。
『一番人気アゴンルイジンエン! 後方で不気味に胎動を響かせます!』
『好位置に着きましたね! 彼の脚質に合っています!』
『先頭は三番人気コボルトグンジョー、その後ろを十番キングダイスロールが快調に飛ばしています!』
『果たして逃げ切れるでしょうか!』
アゴンの縄張りを大回り一周、その距離三千メートル。加えて起伏の激しいデスコースだ。
『二番人気トラックテイオーは中央に並んでいます!』
『ちょっと掛っているようです! 一息付けると良いのですが!』
『最後方にぽつんと一人、マジュツシポイロウジン』
勝負を自分のフィールドに引き込むこの極限奥義で、トラ男が選択した舞台は走ることだった。
『さあ第一コーナーに突入する! おおっとお!!? ハリボテエナジー曲がりきれずうううう!!!! 後続を巻き込んで崩壊しました!!』
『ボンドの乾きが甘かったようですね。一番人気は無事でしょうか?』
後方で派手に事故ったみたいだ。アゴンも巻き込まれたようだが、それで終わるような相手だと思えない。
(レース……昔、親父に連れて行ってもらったっけか――――)
あの頃は、まだまだ小さい子どもだった。
夢を見る、子どもだった。
「色んな夢があった――――昔はそうだった」
あの占いで思い出した。
『九番ターボスカイラ! 二番人気にスパートを仕掛ける!』
「夢、見つかったかいのう!!?」
「ババァ!!?」
改造水着で爆走するターボババァがトラ男に並ぶ。恩人であっても勝負は勝負。抜かれまいとトラ男が力を振り絞る。
顔を上げた。傾斜三十度の激坂が大口を開けている。
『ターボスカイラ! ターボスカイラ! 速い速いこの馬力はなんだ!!?』
「ば、ババァ!!?」
「へっ! まだまだ譲ってヤル気はないのさ!」
その背後、轟音が上がった。
『一番人気アゴンルイジンエンッ!! 積み上がる屍を踏みならしながらの爆進!!』
『これは止まらない! 奴を止められる者なんて存在しない! 第二コーナーを順々に越えていく!』
剥き出しの闘争心がトラ男の背中に火をつけた。
「はあああしれはしれええええ!! イズズのトラッックうう!!」
心のエンジンに火種を灯す。魂が着火した。アゴンの怪力は脅威極まるが、あの巨体・超重量でこの激坂が厳しいはずだ。平地に出るまでに距離を稼がなければ勝利はない。
「はっ! 勢い良いね!」
「これからは俺が飛び出す番だ!!」
馬力ならば大型トラックにも分がある。飛び出して落ちてきたキングダイスロールを追い抜く。
『おおっとキングダイスロール砕けたああああ!!!!』
(砕けた!?)
『アゴンルイジンエン、捕食してスタミナ回復です!』
抜かれる=デス。
二人して速度をさらに上げる。
『さあさあコボルトグンジョー逃げる逃げる!』
『このまま逃げ切りもあるかもしれませんよ!?』
(敵は――――隣に、後ろに、前に)
熱い。
胸のエンジンが燃え上がる。
「アンタの夢――――なんだったんだい?」
「俺はトラ息子として世界を獲りたいッ!」
昔見た夢。たくさんの内の一つ。走って走って走り抜ける。そんな未来を思い浮かべる。
「……そう、かい…………がんばりなぁ」
激坂の頂点、逃げるコボルトグンジョーの背中が見えた。
「――――ありがとな」
背後の咀嚼音すら起爆剤だ。トラ男はもう止まらない。
下り坂に差し掛かった背後、巨大な影がトラ男に落ちた。
『アゴンルイジンエン! 加速! 加速!』
『トラックテイオーだけじゃない、コボルトグンジョーも十分! 十分射程圏内です!』
アゴンの雄叫びが迫る。トラ男は一瞬だけ視線を後ろに投げた。
視線が交錯する。
「――――勝負だッ!」
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