22『運命再編』レディ=スカイラの館
【四日目、夜】
身も心もさっぱり清められたトラ男。
彼はこう思った。
(寒い……)
この世界の気候が理解不能だ。西暦300X年の日本からやってきたトラ男は四季というものを理解している。だが、こんな数日の陸路移動だけでここまで気候が変動するものか。
(やはり異世界にこちらの常識は通じないか…………チェーン巻くべきか)
異様な寒さだが、空色は明るい。降雪に備えたいところではあるが判断が難しい。そんな逡巡を続けながら進むと小さな村が見えた。
「ありがてぇ……! 今日は一泊して様子を見るか」
ここまで車中泊に強行軍続きのトラ男に希望が灯る。
村の入り口に男が立っていた。
「ようこそ! ここは運命の村、レディ=スカイラの館はあちらになります」
指差される方角を見遣る。一際大きな屋敷が村の最奥に陣取っていた。妙におどろおどろしい意匠で、閑散とした寒村とはかなりミスマッチだ。
「まずは宿を探したいです」
「ようこそ! ここは運命の村、レディ=スカイラの館はあちらになります」
「あの、まずは」
「ようこそ! ここは運命の村、レディ=スカイラの館はあちらになります」
トラ男、首を捻る。
もしかしたら役職上こうとしか言えないのかもしれない。働くトラック、トラ男。仕事に理解のある男である。
村の中に進み、宿屋っぽいところを見つけた。途中何人かの村人とすれ違ったが、一様に「レディ=スカイラの館はあちらになります」と言うのみだ。
「あのー、旅人一人泊まれますかぁ……?」
「ようこそ! ここは宿屋『ディスティニー』、レディ=スカイラの館はあちらになります」
追い出された。
このまま無理矢理押し入ってやろうかとも思ったが、向かいの騒ぎに足が止まった。
「やいやい! 僕は転生者だぞ! 偉いんだぜ! だから泊めろや!」
「キャー! チョイノスケサマステキー!」
あちらの旅人もレディなんとかの屋敷に誘導されまくっているらしい。しかも転生者だ。冴えない人間を轢き殺して転生させる異世界運送業に勤めているトラ男は小さく溜息を溢した。ちんけな転生ボーナスやらで態度が大きくなる輩はよく見かけるのだ。
(惨めだ……同業の仕事じゃないことを祈るぜ)
冴えない男が張りぼてのような女に口付けをする。その仕草の中でどこかに当たったのだろう。宿屋のカウンターにビー玉が落ちてきた。
「…………………………」
妙な沈黙。
地盤の傾きからか、ビー玉は静かに転がり出した。カウンターの端のドミノを倒し、段々勢力を広げて暖炉に突っ込んだ。暖炉から噴き出した火が謎の導火線に引火する。爆発炎上。そして千切れたシャンデリアが落下する。
「ぎゃあああああ僕は転生してもおっちょこちょいなのかああああ!!?」
二人を巻き込んで血の惨劇を引き起こす。さらに散らばったガラスの破片が壁のスイッチを押し、珍妙な装置が起動した。
プレートには掠れた字でこう書いてある。
超重力装置発生装置、と。
謎の超重力波が哀れな旅人ごと血の惨劇を飲み込む。塵一つ残らない。トラ男は受付の村人に視線を戻した。にっこりと営業スマイルを返される。
「レディ=スカイラの館はあちらになります」
「ありがとうございまっすッッ!!!!」
レディ=スカイラの館。
半球状のドームの中は白骨死体や怪しい薬、ビン詰めの豚の胎児等々とオカルティックな雰囲気だった。
「あたしはレディ=スカイラ。この村一の占い師だよ」
魔女がいた。
きわどい水着とフェイスベールを付けたババァだ。
「俺はトラ男です。一晩泊まったらすぐに出て「さあお前の秘密を打ち明けるんだよ」
(なんで?)
トラ男は首を傾げた。
「誰しも『人に打ち明けられない秘密』があるものさ。あたしは価値ある秘密を
「……なんでアンタなんかに俺の秘密を「誰しも『人に打ち明けられない秘密』があるものさ。あたしは価値ある「分かった! 分かった! 言えばいいんだろおおなんだよいもおおおおおおおお!!!!!!」
そしてトラ男は語り出す。
トラック界の名門の生まれであること。夢を追い求めるために家を出たこと。夢破れて異世界運送業でなんとか食いつないでいること。本当は車通勤なのに電車通勤と申告して通勤手当をちょろまかしていること。
全ての秘密を聞き入れてババァは言った。
「やっっっすい人生だなぁ……ほんと無価値な秘密やわい」
「俺もうコイツ嫌い! この村嫌い! さっさと出て行く!」
「まぁまぁ待て待て。せっかくなんだから一つ占ってあげるさ」
中年のトラ男を子ども扱いするような態度。ぶすっとした大男は黙って続きを待った。もしかしたら素敵な未来を見てくれるかも知れない。
「あんたのお仕事ねえ
――――近いうちに廃れて契約切られるよ」
不吉な予言だった。
「……俺だってんなこと分かってるよ」
空前の売り手市場だった異世界転生業にも陰りが見えてきた。そんなことは現場に居るトラックたちには分かりきっていたことだった。しかし、他に潰しが効くわけではない。未来を誤魔化して現在を頑張るしかないのだ。
「いいのかい? このまま埋もれちまうのかい?」
「……何が言いてえんだよババァ」
「夢、掴んじまえばいいんじゃね?」
トラ男の顔が上がった。ハジケリストとしてキングの称号を掴む夢はとっくの昔に潰えた。
「新しい夢を見つけた――――それがあんたの本当の秘密だろう?」
「ば、ババァ……!?」
「けっけっけ! 何を始めるのに早いも遅いもない。頑張りんしゃい、若造」
運命の館で道を見つけたトラ男。
彼の冒険に終わりが見えてきた。
『次回予告』ダイスロール:4→『26』に移動
粘体導師スライゴンが散り際に放った一言!
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正義と正義のすれ違いはどんな結末を迎えるのか!?
次回、「さらばトラ男! 暁の大炎上」。
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