15『旅人大歓迎』インシュー村

【三日目、朝】



 旅人大歓迎。

 そんな温もりティ溢れる風土がインシュー村の持ち味だった。山と山の間にある平原の村は、過酷な山越えを行う旅人の憩いの場だ。


「いやぁ〜今日も素敵な一日をありがたや〜」


 しわがれた声の老婆が大きく伸びをする。齢百三、この村の歴史と深い結びつきを持つ村長さんその人である。

 村中に響き渡るラジオ体操の音声。村人たちは爽やかな顔で外に出てみんなで朝の体操に勤しむ。

 笑顔。

 この村には笑顔が満ちていた。

 思いやりと信頼。こんな辺境のど田舎ではあるが、活気に満ち満ちている。今日もいつもと変わらない素晴らしい一日が始まる。


「「「「ああ、なんて世界は素晴らしいんだ⋯⋯⋯⋯!」」」」


 村人たちは声を揃えた。


「「「「ありがとう神様⋯⋯⋯⋯!」」」」


 手を繋いで、輪になって踊る。


「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」


 お互いに笑い合って、最後に村長を見る。


「神様ありがとう。全ての村人におめでとう」

「「「私たちはここにいてもいいんだ⋯⋯!」」」


 いつもの締め括りで自然に解散を始める。

 ニッコニコの村長は、家の裏手に回ったところで顔を歪めた。自然な反応だった。押し込めた悪臭が一斉に解き放たれたような地獄。ではなかった。脳みそまで腐らせるようなこの悪臭は。


「どうも――――」


 百三年住んでいる家の裏手に見覚えのないオブジェが加わっていた。タイヤ型のアフロ。柔らかい弾力をお持ちなのかぷるぷる震えている。

 というか、そんなことよりも。


「――――旅人です」

(くっっさ!!? なんやねんこやつ!! 舐めとんのか!!?)

「おなかがすきました」


 ゴミ山で身包み剥がされた哀れな旅人がそこにいた。彼は旅に出てからリンゴしかたべていないのだ。可哀想に。


「⋯⋯⋯⋯っ⋯⋯⋯⋯⋯⋯ッ!」


 ぱくぱく口を動かしながら村長は思案する。旅人大歓迎。そんな言葉が頭の中をぐるぐるする。地面から這い出るぷるぷるタイヤ。二メートルは超える大男がスカジャンの土汚れを払った。


(他に⋯⋯落とすもんが⋯⋯あるべらげろじゃいッ!!!???)


 心の入れ歯を落とした村長が両腕を広げる。こんな異常事態でもプロの歓迎魂はまだ生きていた。

 しかし。


「婆ちゃんあがるぜ。お、ようかんだ。お前らもいるか? で食べろよってな!」


 勝手に村長宅を物色するトラ男が座敷牢の子供たちと親しげにしている。悪臭にたじろがない子供たちは一斉にようかんを掴み争った。彼ら彼女らはこの村のだ。まともな五感なんてすでに死んでいる。


「よう、婆ちゃん」


 座敷牢の大針を引き抜いたトラ男は、井戸の中をちらりと見た。その光景は、とてもじゃないが良い子の全年齢版カクヨムでは描写出来ない。



「 歓 迎 し ろ よ 」



「ピャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 村長が甲高い、まるでサイレンのような音で鳴き始めた。

 その姿はすっかり変貌していた。白目は黒く、赤い涙が止めどなく流れる。


「ピャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

「ピャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

「ピャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

「ピャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

「ピャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

「ピャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 村のあちこちで甲高いサイレン声が鳴り響く。戦闘開始バトルスタート。トラ男が首の骨をポキポキ鳴らす。



「トラック真拳特殊究極奥義」


 深く深く息を吸い込む。

 そして、全身の毛穴から一斉に体臭を吐き出した。


「『排気ブレーキザラキーマ』!!」



 邪教の村vsトラ男。

 その壮絶な戦いは丸一日続いた。




【三日目、夜】

『ペナルティのため、ダイスロール一回分消費』


 村中に、黒く溶けたヘドロが飛び散っていた。変貌した村人たちの末路である。邪教の村はう○こ臭に沈んだ。

 いい加減この悪臭に慣れてきたトラ男は先を急ぐ。




『次回予告』ダイスロール:3→『18』に移動


絶対。

絶対の絶対は絶対で、故に絶対は全体に絶対的に絶対なんだぜ。


次回、「ポコ×タテ」。

絶対聖浄vs絶対汚辱。

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