27

「この前はごめん。ひかるん」

 二日後、メイに遊ばないかと誘われて、正直試合のダメージで動くのも億劫な状態だったが、予定もなく断れなくて渋々会った時に改めて彼女が謝ってきた。

「どうして? 謝ることなんてない」

 自分からは何度も謝る機会はあっても、人から謝られることなど久しぶりすぎてどう反応していいか迷った。しかも、本当に深刻そうな顔をして深々と真剣に謝る彼女を見て、こちらが申し訳なくなる。

「だって、私が負けたせいで凄い負担になったでしょ?」

 それは否めなかった。嘔吐もしてしまったし、正直、負けてもおかしくなかった試合だった。

「だから今日はせめてものお詫びということで何か奢るよ。ひかるん」

「いいよ。そんなの。勝ったわけだし。メイメイだって試合後凄いグロッキーだったじゃない」

 私とメイは、メイは私のことをひかるん。私はメイのことをメイメイと呼び合うことに決めた。

メイの人柄なのか、彼女からひかるんと呼ばれるのもタメ口で話されるのも違和感がなかったが、ニ十歳後半でメイのことをメイメイと呼ぶのは少し恥ずかしい。

 私たちは集合した渋谷駅を後にして洋服店などを見て回った。洋服店に入る度に、自分洋服を選ぶと同時に私に洋服を買ってあげると勧められその度にやんわり断るというやり取りが続いた。

「ねえ、どうしてよ」

 三件目の店を出た後、メイは断る私に不服そうに顔を膨れさせる。

「だって、ホントにいいのよ」

「え? 年下に奢られるのが嫌とか?」

 そうか。メイは高校生と言っていたから、二十七歳の私とは九歳も離れているんだ。歳が離れているとは思えないほど、何か会話だったり、こうして誘われたりするのは彼女からで引っ張られているのは年上の私の方だった。

「そういうわけじゃなくて、私には似合わなそうな服ばかりで」

 メイが私の格好を見る。Tシャツにジーパンのいつも通りの服装。これが一番私には合う。

ふーん。と言って、彼女は黙って速足で歩きだす。

 その後ろを慌ててついていく。

 彼女が止まったのは私が勤めていたファーストフード店のチェーン店で足を止める。

「とりあえず、歩き疲れた。休もう?」

 彼女は乱暴にそう言って店の中に入っていく。

「いらっしゃいませ」

 入ると店員がカウンターから声をかけてくる。その店員に目を向けた時ハッとする。

 店長だった。

 あっちも私の顔を見て、気づいたのかあっと声を出す。

「えっと、ひかるん何頼む? ってまだ食べれないか。私もだけど」

 とりあえず、シェイクでいいかと聞かれて、私もそれでとメイと同じ味を頼む。

  私が辞めて数カ月経ってこの店舗へ移動したのだろう。店長も私も目を合わさずカウンターを後にする。

「ありがとう」

 席に着くと、シェイクを奢ってもらったお礼を伝える。

「こんなものでお礼言わないでよ。私ケチみたいじゃない? それよりもさっきの知り合いの人?」

 さっきのとは店長のことを指しているがわかる。

「う、うん」

「そうなんだ。急に何か私の後ろに隠れるようにしていたからさ。何か、あの人とあったの?」

 別にもう過去の話だ。隠すことはない。彼女にファーストフード店のことを簡単に話した。

「酷いね。そいつ。私も気に入らない社員の奴がいて三日で辞めてやったバイトがあったけどさ」

「三日?」

「うん、こう見えて、私短気なのよ。何か、ひかるんって我慢しちゃいそうなタイプだよね」

「それは我慢するよ。私なんてそれぐらいしかできないもん。それにどこ行ったってそうだし」

「え? 前もそんなことあったの?」

今の清掃のバイトでの人間関係がそうであると言おうとしたが、黙って頷くだけにした。

「そっかあ。元カレがさ、普通のサラリーマンの人だったんだけど、仕事でミスが多くて精神科のクリニック通っていたよ」

「精神科?」

「うん、薬もらっていた」

 突拍子もないワードだった。ミスが多くてどうして精神科になるのだろうか。

「それで結構改善していたみたいだけど、あの人、どうしているかなあ」

 改善? 良くなるということだろうか。ミスが多いのは本人の怠慢で、本人が全面的に悪いことなのではないだろうか。それを病院に通って治すという発想が全く想像できなかった。

「一度ひかるんも行ってみたら?」

 うん。と返事をしながら、半信半疑だった。

「私もさ、このすぐカッとなる性格と飽き性な性格を治したいんだけどね」

 そうだ。そんな性格のようなものだ。自分の努力が足りないだけで何かに頼ってはいけない。

「この前も、今の彼と喧嘩したばかりなんだよね」

 彼。彼氏いるんだ。可愛らしい彼女ならいて当然だが、簡単にその言葉が出ることに自分と比べて少し寂しさが襲ってくる。

「彼氏いるんだ」

「うん。ひかるんは?」

「いないよ」

「へえ。意外」

「意外かなあ」

 意外とはどういう意味だろう。その言葉に引っ掛かりを覚える。

「結構、理想高いんだね。押されたら付き合っちゃうタイプだと思ったけど」

 付き合ってしまうというか、私なんかに付き合ってと言い寄る人などいない。どうして会う人間みんな付き合っていないことを不思議そうに言うのだろうか。お世辞という日本人特有の社交辞令なら本当に止めてほしい。

「私ってさ、すぐ飽きちゃうんだけど、付き合う男みんなダメ男で、今の彼だって向こうは社会人でフリーターしていて、高校生の私が生活費渡さないと生活できない人なんだよね」

 フリーター? 生活費渡す? 色々と疑問が浮かんだが深く訊かないことにした。

「だから、こうして身体痛めてクラブの選手しているのも彼のためっていうか」

 でも、居場所がなくて試合に出続けている私より、愛している人のために試合に出る方がマシなのではないかと言いたくなったが、また心の中で言葉を押し殺す。

「今の彼、顔はいいんだけどなあ。あああ、いい男いないかな」

 自分の腹部を摩りながらシェイクを飲むメイを見て、その彼女の元カレのように私は人に迷惑をかけるダメな奴なのだと言われている気がした。

 そんな彼女を見ながら、年下だけれども付き合っている人にハッキリ言える彼女の方が、人間として女として私よりもずっと優れているように見えて、彼女と私は気軽に話せるが色々な面で違うなとふと感じてしまった。


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