21
アズサさんとはコトさんがいない時でも一緒にトレーニングを行う仲になった。
試合の経験年数があり、蹴り技や絞め技も得意とする彼女に、コトさんとは違う技術をいろいろ教えてもらった。
「ねえ、良かったらタメ口で話さない?」
「え? あ。うん」
アズサさんの提案に二つ返事で答えるが、ここ数年人と話すときに敬語以外で話してこなかったために違和感がある。
それにしても、クラブの人たちはクラブネームで話しているからか年齢が自分より年上か年下かわからなくなる時がある。私はチビで童顔だから、実際の年齢よりも十歳は幼く見えているだろう。
「あと、アズサさんじゃなくてアズサで」
「うん」
呼び合うのもさんは付けずに呼び捨てになった。これもさん以外で話していなかったために違和感があった。
「私もヒカルちゃんって呼んでいい?」
「ヒカルちゃん?」
「嫌?」
「そんなことないよ。いいよ」
自分のことを呼ばれるときにヒカルちゃんと呼ばれることは今までに記憶がなく少し戸惑った。
「じゃあヒカルちゃん。ちょっと休憩がてら話さない?」
「うん」
私たちはベンチに座り、おのおののスポーツドリンクを飲む。話さない? と誘われたが、誘った彼女本人は中々話を切り出さず、ただ前を向いて隣に座っている。
「あの、アズサさん、じゃなくてアズサは彼氏いるって言っていたけどどんな人?」
訊いたことに意味はなかった。ただ、しびれを切らして話題を振ろうとしたとき頭に浮かんだのがこのことだった。
それにしても呼び捨てもタメ口も違和感があったが、その違和感は不思議ととても心地のいいものだった。
「どんな人って言ってもなあ。馬鹿な人?」
「馬鹿?」
「プロボクサーなんだけど、奢ってあげると夕食に誘われたら牛丼チェーン店に連れて行かされるし、話と言えばボクシングのことばかり。この試合で勝ったら付き合ってくれと言われて戦った試合で負けちゃうし」
それのどこが馬鹿なのかわからなかったが、批判していた割には凄く楽しそうに彼のことを話している。
「でも、そんな人をどうして好きなの?」
笑顔から真顔になり真剣に悩んでいる彼女に、少し失礼なことを訊いたかもしれないと慌てる。
「ごめんなさい。魅力がないとかそういうことじゃなくて、なんて言うんだろう。そうか。顔がイケメンだとか?」
「顔?」
アズサが何とも言えない変な顔になる。綺麗な顔をしているがこんな顔をするんだと、少し意外性を感じさせた。
「まあ、そうね。顔はブサイクの部類ね」
「え?」」
ハッキリと言ったので驚く。会って数日だが、人のことを馬鹿とかブサイクとか悪口を言わなそうな、礼儀正しい雰囲気しかなかったのでこれも意外だった。
「だってそうなんだもん。仕方ないよね。私の好みの顔じゃないんだよね」
「そうですか、じゃあ、今も半ば強引に付き合わされている感じ?」
私も大学生の頃付き合っていた彼は積極的に言い寄ってきて、軽いノリで付き合ってと告白されて、軽く捨てられた。もしかしたら彼女もそうではないかと同情しかけた。
「強引? そうね。彼にはもっと強引に来てほしいくらいね。まあ、強引に来たらそれはそれで応戦して殴り合いになりそうだけど」
フフフと上品に笑ったが、彼女の口から殴り合いという言葉が出ると、クラブの選手なのだと見る目が変わる。
「じゃあ、強引でもなかったらどうして付き合えているの?」
「わかんない」
「わかんない?」
「ごめん。そうね。だって、わからないんだもん」
「じゃあ、何となく付き合っているってこと? 好きでもないのに」
「それは違うかな」
そこはキッパリと否定された。
「じゃあ、彼のこと好きなの? ブサイクで馬鹿だけど」
「ヒカルちゃんって結構ストレートだね」
これは明らかに失言だった。気を付けているが、考えもせず思ったことを口に出してしまうのは私の悪い癖だ。
「ごめんなさい。悪気はなかったんです。ホントにごめんなさい」
つい敬語になってしまう。普通、付き合っている人のいいところなんて出会って間もない人間に自慢げに言うはずはない。普通に考えればわかることだ。
「いえいえ。いいんですよ。事実だし」
アズサは怒るそぶりはなく、わざと敬語で返してくる。
「ヒカルちゃんは今付き合っている人いるの?」
「いえ。いないです。あ、いないよ。いるわけないじゃない」
こんな失言女で気を遣えない、チビでブスな人間に付き合う男はそれこそ本当の馬鹿だ。
「えええ? いるわけないなんて、どんな謙遜? 殴っていいい?」
アズサがニコニコ笑って冗談交じりに拳を振り上げる。どうしてそんな態度を取るのか不思議だった。アズサにしてもコトさんにしても私のことを否定すると、すぐに殴ったりしてそれにダメだしされる。他の人もそうだ。
どうしてだろうか。悪口を言って他人を傷つけているわけではないし、あくまでありのままの自分を包み隠さず言っているだけなのに。
「謙遜? 違うよ。本当にそう思うから」
「ホントに? ヒカルちゃん可愛いけどな」
可愛い。どうしてクラブで知り合った人は、私にそんな言葉をかけてくれる人が多いのだろうか。
「ありがとう。冗談でもそう言ってくれると本当に嬉しい」
と、アズサは私の右肩にかなり強めに殴ってくる。
「私、これでも気性は荒いの」
殴られた肩を抑えながらその強さにお腹でなくて良かったと内心ほっとする。それほどに威力のあるパンチだった。
「そこまで真顔で言われると謙遜を通り越して嫌味にしか聞こえないよ」
「そんな嫌味だなんて。そんなつもりはないよ。でも、そんな気持ちにさせたのならごめんなさい」
彼女はしばらく私をジッと見つめる。その目は鋭さもあり、優しさもあり不思議な目で思わず目を逸らしてしまう。しばらくして彼女は口を開く。
「ツインレイって知っている?」
「ツインレイ?」
「うん。人には魂というものがあって、それが何世代にも渡って使いまわしに肉体を変えて生きているんだって。それで、今生きている前の肉体の時に次も一緒になろうねと言った人が誰かいるかもしれないんだって。それがツインレイ」
「へえ」
「私、無宗教だし、そういう目に見えないものとか信じないタイプだけど、今の彼と出会ってそんなのもありかなと思ったりしたんだ。それぐらい今の彼と付き合っている自分が不思議なんだ」
ツインレイ。とりあえず、私には縁のないモノだろう。でも、おとぎ話で聞くならばとても素敵な話だ。
「ヒカルちゃん、人から可愛がられるでしょ? だからきっと、てか絶対そんな相手は出てくるよ」
可愛がられる。この私が? ファーストフード店での扱いを観ていないからそう言えるんだ。
わかっていない。
出会って間もない人に自分のことをわかってほしいなんて図々しいにも程があるが、アズサはわかっていない。
また殴られるには嫌だから、ここは愛想笑いで、そうだといいけど。と流しておいた。
ただ、一つ言えることは、ツインレイなんて素敵なことを語り、こんな私を可愛がられるなんて言ってくれる彼女はコトさん同様にいい人だということは話してわかった。
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