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 脅された通り、トレーニングは以前よりも厳しさを増していた。

 バイトを辞めて時間が作れるようになったことと、コトさんも私のために時間を作ってくれてほぼ毎日トレーニングをした。

 トレーニングは実戦的なものが増え、あとは打撃に対しての対策としてボディ打ちをかなりやった。

 トレーニング中何度か嘔吐したこともあった。

「本気だね」

 休憩中に話しかけたコトさんは嬉しそうだった。

「はい、強くなりたいんで」

 ここしかなかった。その気持ちは揺らぐことはない。その気持ちに対して答えてくれる人がいることは幸せだと恵まれていると、目の前にいるコトさんに心の中で感謝する。

「こんなに人のトレーニングに付き合ったのは久しぶりだよ。あの子以来だな」

「あの子?」

「そうそう。ちょっと前まで、ヒカルと同じようにスカウトした子のトレーニングを付き合ってあげたの」

「そうだったんですね」

 私以外にもそういう人がいた。コトさんの人柄を考えれば他の子にもそういうことをしてくれていそうなのは考えられたが、自分だけ特別でなかったことに少しだけ声のト音が下がる。

 何だ、嫌らしい。時々、わけのわからないことで感情がアップダウンして、何を心のそこで求めているのかわからなくなることがある。そんな自分がまた嫌いになった。

「うん、その子もストイックだったな。ヒカルと同じくらい」

「私、ストイックですか?」

「そうよ。必死じゃない。でも、その子はヒカルと違う意味でストイックだったかな」

「違う意味ってどいうことですか?」

「その子はその、このクラブの試合を楽しむというか、純粋に強くなりたいがためにトレーニングをしていたって感じかな」

 それは相手のお腹を殴って失神、嘔吐するまで戦うこの試合が楽しいってことだろうか。そのような雰囲気の選手は何度か対戦し、負けたこともあったが、その度そんな相手には狂気というか恐怖を感じていた。

「その人、怖い人ですか?」

 恐る恐る聞くと、コトさんは高笑いした。

「全然。大人しい子よ。でも強いけどね。今も現役で選手として活躍しているるよ」

「強いって私よりもですか?」

「そうね。Aランクの選手だからね。あっちの方が選手歴が長いし」

 自分より強い人がたくさんいるそんなのは知っている。でも、もう負けられない私はそんな相手にも勝っていかなければならない。今、話に上がっている子もそうだ。急にバイトで叱られた時のように胃がキュッと締め付けられる。

「でも最近、試合にもご無沙汰だし、ジムにも顔出さないし、どうしているんだろうなあ」

「コトさん。久しぶりです」

 と、私たちの目の前にポニーテールの女性が一人声をかけてくる。

「おおお!! アズサ!! 久しぶり。って、あんたの話していたんだよ。凄い偶然」

 コトさんはサッと立ち上がり、嬉しそうに女性の肩を叩く。

「何? 最近顔見ないけど、どうしちゃったの?」

「いや、その、いろいろ忙しくて」

「ああ!! 彼氏できたんだもんね。ラブラブで試合なんかする気にならないとか?」

「いえ、そんなことはないですよ。それに今度、試合出ることにしたんで」

「へえ。大丈夫? トレーニングはしているの?」

「はい。合間をみてちょいちょいと」

 女性はどうやら今話題に上がっていた選手だったらしい。

 タンクトップで身長は私よりも五㎝くらい高くて、顔はコトさんの言った通り色白でどこか清楚感が漂う、綺麗な目鼻立ちの方だった。何より服を着ていてわかりずらいがスタイルが良いというかとにかく華奢な方だった。

「この子、アズサと同じように私がトレーにングしてあげているヒカルって子」

 コトさんが紹介すると、女性は私の方に向かった軽く会釈する。

「あ、あのあの。ヒカルです。よろしくお願いします」

「そんな、かしこまらなくていいんだよ。面白いでしょ?この子」

 慌てて深々とお辞儀をする私をコトさんが茶化す。

「でも、凄いいい子そうです」

 そんな私を見て女性は優しく微笑む。その笑った姿はどう見ても人を殴ったりするような人には見えず優しすぎる笑顔だった。

「そうでしょ? 可愛い子なの。それにしても何か前と雰囲気変わったね。やっぱり、恋人できると違うのかな?」

「いえ、同じですよ。たぶん」

 恋人。彼氏。

 コトさんがさっきから連呼している言葉は、しばらく私からは無縁の言葉だったと聞きながら思っていた。

 そんな存在がいれば変われるんだろうか。

 私の場合は大学の頃、イケメンだったけど馬鹿にされて捨てられた人一人しか経験がないが、あんな経験二度としたいとは思えないし、私なんかを遊びでも好きになってくれる人は二度と現れないだろう。

 普通のドラマで出てくれるような経験とはあまりにもかけ離れていて、思い出すだけで黒い暗いモノが襲ってくる記憶だけしかない。

 それはやはり私が普通に振舞えないからそういう仕打ちを受けたのだろうか。きっとそうかもしれない。仕方のないことなのかもしれない。

 そもそもあんなことが恋愛経験ありと言えるのだろうか。

 しばらくコトさんと女性との雑談が続いて、その後軽く三人で一緒にトレーニングもした。

 これが私とアズサさんとの出会いだった。思えば、選手との交流はこの人が始めてだった。

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