18
くだらない。
労働の辛さで言えば、肉体的な意味だと試合であるが、精神的な意味ではファーストフード店の方が負担がかかる。
なのに、このファーストフード店でバイトして一カ月稼げる金額よりも、一回クラブの試合に出て稼ぐお金の方が同じくらいか、勝てば倍くらい貰えるのだ。
「タイセイさん。お願いします」
厨房とカウンターを忙しそうに歩き回るタイセイさんを相変わらず、ポテトを揚げながら見つめる。
彼が入職してから三カ月ほど経って、すっかりスタッフ全員に信頼され頼りにされている。覚えが早く、それでいてそれを鼻にかけない彼は誰がどう見ても魅力的だった。
比べて私は変わらずで、いつ辞めても構わないと思われている人間。あの時から店長はあいさつを交わす以外は全く私に干渉しなくなったし、周りのバイトスタッフからも距離を置かれている雰囲気があり、あまり話しかけられなくなっていた。
どうでもいい。
元々、仲のいい人などいなかったし、自分も仲良くしようと思っていない。
つまらない。
この状態は楽と言えば楽だが、一体何のためにここにいるのかわからなくなる時がある。
きっと私がいなくなっても誰も困る人はいない。
くだらない。つまらない。必要とされないところにいる意味などないのでないのではないか。
「でね、昔好きだったアイドルがいたんですけど、ああ、昔って言っても俺が中学生くらいだから五年くらい前っすかねえ」
いつの間にか少し店内が落ち着いた様子で、ヤバイが口癖の中島君が何か雑談を始めた。
「もう、俺の彼女にしたいと思っていたんですよ。可愛くて純粋で。繊細そうな子のイメージだったんで。ヤバイですよね」
どうやら、ちょっと前に流行ったアイドルグループの女の子のことを話しているらしい。彼はその女の子のファンだったらしい。
「それで今回、タバコにアナウンサーとの不倫でしょ?最低ですよね。マジ、あの時の俺ってヤバイというか、恥ずかしいですよ。あんな女を好きになって。馬鹿みたいでしたよ」
そのアイドルの子は、現在、アイドルグループを脱退してソロ活動をしているが、アナウンサーとのお忍び温泉旅行を激写されて、さらにその時にタバコを吸っていたところもバッチリ映っていて問題になっている。
「どう思います? タイセイさん?」
中島君は、いつの間にか隣にいたタイセイさんに意見を求める。
「どうって、そういうことでしょ」
「そういうことって?」
「芸能人なんてそういうものだってこと。というより、人なんて自分が見たいものしか見ていないんじゃないですか?」
その身も蓋もない言い方に、中島君は何も言えなくなっていた。
「別に、中島さんが悪いってわけじゃなくて、誰だってそうでしょ? ね?」
タイセイさんが私の方に顔を向ける。
「ええ? いや、その、わかりません」
そこで周りの空気というか、急に辺りが静まり返ったので慌てて付け加える。
「でも、その子、私なんかよりも可愛いし、性格も良さそうだし、てかアイドルだから当たり前だけど。それにそうやって今までみんなに愛されていてきたようなところは否定できないし、一つのことでそうやって責めるのは可愛そうな気もします」
そう。みんな私よりも数倍いい人間。素晴らしい人間。私は人間の底辺である人間。私が評価する権利はない。
確かにクラブで頑張って認められようとしているが、それでも周りの人の方が何倍も素晴らしい人間だと思う。
クラブで頑張ったところであそこは闇の世界。
くだらないと言ったが、光のある世界でバイトでも何でも地道でコツコツでも普通に仕事ができて、普通に仲のいい仲間がいる人の方が素晴らしいに決まっている。
そんなの当たり前のことだ。
「どうしてそう思うんですか?」
そんな私にタイセイさんが首を傾げて片方の目を引きつらせて、まるで汚いものを見ているような顔をする。
「そうですよ。そこまで自分を否定しなくても」
中島君も苦笑いしている。
この前の試合で惨めな負けてしまったことで、少し気持ちがナーバスになっているのかもしれない。
ただ、そんなことは前からも思っていたことだ。今更ってことで改めて問われて痛感する。
「そうやって、私なんかって言って、そんなことないよ。と誰かに慰めてもらいたいだけですよね?」
その上乗せして言ってきたタイセイさんの放った言葉が突き刺さった。
図星であり、でもどうしてそんなこと言われる筋合いない叫びたくて悲しくて悔しくて、でも図星であるから何にも言い返せない。
「そこまで言わなくても。あ、お客さんが来はじめましたね。仕事。仕事」
持ち場へ散っていくスタッフを観ながら、私は何をやっているのだろうとその場に動けなくなっていた。
とりあえず、ここは私の居場所じゃない。
逃げたと言われてもいいし、何を言われてもいい。辞めよう。
ズルズルと先延ばしにしていたバイトを続けるかどうかの決断をこの時きっぱりできた。
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