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知らぬ間にちょっとした噂になっていたらしい。

 バイト先でのこの前店長と揉めたことである。

 仕事後にまた同じファーストフード店へタイセイさんに誘われた私は、その時に聞かされた。

「よくやりましたよね」

 ポテトを頬張りながら何故か彼は嬉しそうにそう言った。

「どういう意味ですか?」

「そういう意味ですよ」

 不愉快。彼に対して最近湧き出てくる感情はそれに尽きる。

「何を言いたいんですか? 非常識な行動だとか言いたいんですか?」

 最近の私は、思ったことはハッキリ言うようにしている。クラブの選手として戦うようになってから、どんなことにも負けずに立ち向かう意識ができている気がした。

「非常識って何ですか?」

「え?」

「だから、非常識って何ですか?」

「それは言葉の通りですよ。常識がないってことですよ」

「誰かにそう言われたんですか?」

「それは、その、そう思われているのかなと」

「じゃあ、君がそう勝手に妄想しているだけですかね」

「な! そういう言い方何ですか! じゃあ、噂しているって言ったのはあなたでしょ?」

 本当に不愉快。何が言いたいのか。このまま席を立って帰ろうとさえ考える。

「言いましたけど、非常識とは言っていない」

「はあ? 屁理屈ですよ」

「どこが? 勝手に結びつけているのは君でしょ」

 話が途切れる。それにしてもタイセイさんはどんな時も感情的にならずに冷静に淡々と話す。

「それはいいとして、最近、変わりましたよね」

「はい。以前のように何もできない自分ではないです」

「君って、自分のこと嫌いですか?」

 いきなり核心に突くようなことを聞かれる。動揺してしまう。

「それを聞いてどうするんですか」

 自分のことは嫌いだ。嫌いでもこの自分と一生付き合っていかないといけない。そのためには、闘って勝って認められるような人間にならないとけいない。

「別に。何か頑張っているなと思って」

「頑張ることがそんなに悪いですか」

「いいえ。全く」

「あの、さっきから本当に何が言いたいんですか? ハッキリ言ってください。どうせ、遠回しに私がとった行動が悪いとでも言いたいんでしょ?私は悪いと思っていません」

「はい。そうですね」

「え?」

 拍子抜けする。

「確かに、その通りだと思いますよ。周りのスタッフも誰も君を間違っているとは言っていなかったですよ。どうやら、みんな突然帰らせることには以前から不満を持っていたみたいですね」

 そうだったのか。じゃあ、どうしてみんな言わないのか。

 それは空気を読めるから。それが世の中に順応するってこと。

 その回答のような言葉が頭の中で囁かれる。

 うるさい。でも、そんなことをしていたら、ずっと負け続けて自分が粗末に扱われるだけじゃないか。

「生きるのはしんどいですか?」

「そうですね。ただ、最近は人から褒められることもあるのでそれだけで嬉しいというか楽しいですね」

「人から褒められる?」

「はい」

 彼にクラブのことを詳しく話す気にはなれなかった。話して批判されても面白くないし、共感もされたくないと思ったから。

「それが今の君の生きがいですか?」

「はい。そうですけど」

 彼のそっけない言い方は、どこかそれを否定されている気がした。

「へえ」

「あの何か?」

「何にもないですよ」

 ただ、と彼は付け加える。

「ただ、やっぱり生きるのしんどそうだなあ」

 は? どういうことだ。それはしんどいけど、それでも生きがいを見つけはじめている。   

 もういい。もう彼と話したくない。それ以上何も言わず黙ることにした。

 やっぱり、彼にはクラブのことを言わなくて良かった。

 彼と同じように私も自分のポテトを頬張る。話に夢中になって口に入れたポテトが、すっかり冷めていて美味しくなかった。

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