回想
眠れない夜は母のことをよく思い出す。
「また逃げるのね」
高校一年生の頃、練習がきつくて思いのほかつまらなくて、入部したチアリーリング部を辞めた時に言われた一言。
「スイミングだってそう。三カ月くらいですぐに辞めたよね」
母のため息。
小学校の頃、スイミングも人より上手く泳げず、担当の先生に怒られてそれが嫌ですぐに辞めた。
でも、書道はずっと続けてていて小学校低学年から中学生の卒業するまで続けていた。そこを母は何も触れず褒めてくれなかった。
結局、習っていても決して字が上手ではなく、コンテストでも表彰されるようなことがなかったのだから仕方なかったのかもしれない。
「ヒカルって名前はどんな時も光っていて欲しいと思って付けたんだよ」
付けたんだよで、終わる母の言葉。それで何だろ。ずっと光っていない私は名前負け、期待外れと言いたいのか。
悲しい。
幼い頃から、例えばおつかいで間違えたものを買ったり、皿洗いで皿をよく割ったりと不注意が続いたりするような子で、よく母に怒られることが多かった子供だった。母にとってはどうしようもない悪い子だったのかもしれない。
「お母さんだって、お父さんと離婚したじゃない」
苦し紛れに言ってはいけないことを言ってしまった気がした。
この頃、父と母は離婚している。
長年生活していく上での性格の不一致もあるだろうが、お互いに共働きで話し合う時間も作れず、すれ違いが生じた気がした。
今考えれば、どちらにも原因があると思うが、その頃古い思想かもしれないが男は働いて女は家にいるという考えが染みついていた。
そんな私の目には、仕事を辞めずに働いている母の方に原因があり、母も父と向き合うのを放棄した、逃げたように見えた。
「それとあなたが逃げるようなどうしようもない子ということとどう関係があるの?」
どうしようもない子。私はどうしようもない子なんだ。
何も答えられなかった。
母も悲しそうだった。
話は変わり、大学卒業を迫った時のこと。
「ほら、あなたに合っているような仕事探してきたから」
母から会社案内のパンフレットを渡される。
私も就職活動をそれこそ一年くらい前からやっていた。でも、やればやるほど、自分がその職場で通用するかどうか自問自答した結果、今までの経験上、どこへ行ってもダメだろうというイメージしか持てなかった。自分を信用できなかった。
どうしようもなくて、時間があっという間に過ぎて、やる気だけが失っていた。
だから、ありがとうと受け取って、パンフレットにざっと目を通して説明会にすら行かなかった。
「また逃げるの?」
その現状を見かねた母に言われた。
また何も答えられなかった。
「どうする気なの? ねえ」
母がまくし立てる。
母は看護師だったということもあって、優しい人ではあったが、時折人に対する態度が厳しくなることがあった。それも命を預かる現場で働いているとうこともあったが、それは度々私を追い詰めて萎縮させた。
「どうすればいいか、わからなくて」
「どうしすればって、就職するしかないでしょ」
その通り。
でも本当にどうすればいいかわからない。
そんな思いを持ってはいけないものなのかもしれない。とにかくやらないといけないのかもしれない。
「呆れた。勝手にしなさい」
そこから母は何も言わなくなった。
その時から二人の間に殆ど会話がなくなった。
私には興味を失ったのか、諦めたのか、聞けかなかったからわからない。
家ですれ違うたびに、私に対して苛立っているような感じだった。
なるべく母とは顔を合わせず生活した。
悲しかった。
もっと褒めてほしかった。
目覚ましが鳴る。
また朝だ。
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