12
まるで二人の人格を演じているみたいだ。
周りの対応がまるで違う。
今日だって、バイトで私が悪いんだけれどもまた小さなミスをして大きく店長に叱られた。ここでは、私はお荷物でどうしようもない人間でしかない。
「店長。すみませんでした」
叱られて落ち込んでいるところに、タイセイがゆっくりと厨房に現れる。
「どうしたの? 今日。遅刻なんて」
私は思わず、え? と思った。タイセイさんは今日、シフトに入っていたがどういう事情が時間通り来なかった。そして今がある。私の遅刻した時はどうしたの? などと聞かれなかった。
「自転車が途中で壊れちゃって。連絡もしようと思ったんですが、携帯も忘れちゃって」
そんなのいいわけだ。携帯だって公衆電話が探せばあるじゃないか。
「そう。だったら仕方ないね。今度から携帯は忘れないでね」
え? そんな。仕方ない? どうしてそうなるんだ。店長の反応に納得がいかない。
「にしても、自転車が壊れたのは災難だったね。大変だったでしょ?」
どうして? どうしてそうなるの? そっきまで叱責していた店長とは別人だ。遅刻してきたということ自体、悪いことなのに、どうして彼は同情されているんだ。
「じゃ、罰として来月のシフト多めに入ってね」
そう軽く冗談じみたノリで店長はスタッフルームに消えていった。
どういうこと? おかしい。遅刻で給料泥棒まで言われて叱責された私は何?さっきまで叱られていた私は何? 怒りと悲しみいろいろな感情が襲ってくるのがわかる。
「フライヤー!!」
カウンターのスタッフが叫んでいる。思わず、はいと答える。もう一度注文を聞くと慌てて冷凍庫からポテトを取り出そうとして床に袋を落としてしまい中身のポテトを少しバラまいてしまう。
「ほら! 何やっているの?」
そこへスタッフルームから戻ってきた店長に見つかってしまう。
「あんたはいつも集中力がないんだよ。さっきも言ったでしょ? もう!!」
店長は怒りながら床のポテトを拾いもせずカウンターに向かっていく。
もう嫌だ。
こんな世界。消えてしまいたい。
床のポテトを拾いながら涙が出てきそうになる。そこへ隣に人影が見える。振り向くと、タイセイさんだった。
「バイト終わった後時間ありますか?」
彼は一緒に拾いながらさりげなく誘ってくる。予定もなく断る理由もなかったのでつい仕事の勢いではいと言ってしまっていた。
「今日は遅刻してしまったんで。奢らせてください」
バイトのあと、仕事場から五分ほど歩いた所にあるファーストフード店に二人で入り、夕ご飯がてらハンバーガーセットを頼んで会計の時に私の分まで彼が奢ってくれた。
「奢ると言っても、こんなものですが、俺もお金ないんで勘弁してください」
「いえ、むしろ奢ってもらってありがとうございます」
席に向かいながら彼と一緒に向かうと改めて彼は背が大きいなと感じた。ニ十センチ以上私と身長が違う。比べて私はチビだ。周りからはどう見られているだろうか。凸凹カップルとか思われていないだろうか。
「うーん。ぶっちゃけウチのバーガーよりもこっちの方が上手くないですか?」
席に着くなり、彼はバーガーを食べ始める。バイトとは言え、自分の働いている店より美味しいなんて言ってもいいのだろうか。
「まだ怒っています?」
「え? いや、というより私怒ってなんかいませんよ?」
答えないで黙っていると怒っていると勘違いされたらしく、慌てて否定する。
「さっき、俺が遅刻してきた時、怒ってましたよね?」
「怒っていないですよ」
「嘘ヘタですね」
「ホントに怒っていない」
「そうですか。俺にはどうしてこの人は遅刻しても叱られないのに、私は必要以上に叱られるの? 理不尽そうな顔をしているように見えましたけど」
図星だ。どうしてそんなことわかるんだ。
「図星。どうしてそんなことわかるんだって感じですかね」
「はい。あ、その、、、」
「君の思っている以上に、君は分かりやすいし顔に出ていますよ」
「そんな、、、」
それにしても、どうしてタイセイさんは私を君と呼ぶのだろう。一応、私の方がバイトで先輩だし年上なのに。
「どうしてこの人は君と私のことを呼ぶのだろう。ウザいですか?」
「え? ウザいとまでは思っていないですけど」
そこまで読まれているのか。もしかして、私は人に心を読まれやすい体質なのか。でも、生まれてこの方人に自分の心を指摘されたことなどなかった。
「私の心の中全部わかるんですか?」
「え?」
「私の思っていること、感じていること筒抜けなんですか?」
彼は食べていたバーガーを少し噴出そうになって口を抑えて笑う。
「そんなわけないでしょ。わかりやすいだけです」
「でも、こんなに人に心を読まれたことなくて」
彼はバーガーを置いて、口を拭きながら足を組む。
「それきっと他の人も気づいているだけですよ。言わないだけで」
言わないだけ。急に、私が落ち込んでいる時も観て観ぬふりをしてきた周りの人たちが憎たらしくなる。
「それで、君って言うの気に入らないですか? だったら止めますけど」
「そんなことはないです。ご自由に」
「そうですか。じゃあ、遠慮なく。で、君は遅刻は悪だと思う?」
何を聞いているんだ。遅刻は悪いに決まっているじゃないか。
「はい、悪いと思います。私は絶対にしないように気を付けています」
一回してしまったけどと心の中で呟く。
「へえ。なるほど。それも最もだね」
「最もって他にあるんですか? 悪いモノは悪いでしょ?」
「俺は別に悪いとは思っていないよ」
「は?」
「それで誰かが困るならそれはまずいと思うけど、俺が遅刻してきた時間帯は暇な時間でしょ? 誰も困っていない」
そういう問題? そうじゃない。遅刻はいけない。してはいけない。
「ただ、いろんな意見の人がいるから一応謝ってはおきましたけどね。だから、店長も怒らなかったんですよ。それに彼ともうまく行っているみたいだし」
「そんな、遅刻は遅刻じゃないですか。それに彼とうまく行っているって何ですか?」
自分がムキになっているのが分かった。それだけ叱責されるのが自分にとってストレスなのだとわかる。
「彼は彼ですよ。店長の。だから、あまり叱られなかったのは一概に差別とかだけではないということ」
「そんな、、、でも、、、」
「でも、普段私が叱られることが多いって? それはそうですね。それは否めない」
「はい」
そこで彼の話が途切れた。もっと何か新鮮な彼の視点を言ってくれるのかとどこか期待している馬鹿で変な自分がいた。
「どうして、どうして店長になるの断るんですか?」
急に嫌味たらしく聞きたくなった。その真正面に座っている彼が私よりもずっと器用で賢そうだから嫉妬していた。
「え? それは夢があるからですよ」
「夢っていうけど、てかそんなの知らないけど、人に期待されておいて、それを踏みにじるってどういうことですか? 」
「踏みにじるって」
彼が鼻で笑う。踏みにじるは言いすぎたかもしれない。でも、謝りたくなかった。
「人に期待されるのって、凄いありがたいことじゃないですか」
「そうかな?」
「え?」
「俺からしてみれば、どうでもいいことですけどね」
どうでもいい。それをこれまでの人生で、そこだけを欲してきた自分にとってそれは失礼極まりない言葉だった。
「どうでもよくなんかない!! 私はやっと人に期待されるようになったのに、それをどうでもいいなんて。そんなのあなたはきっと今まで大した努力もせずに期待されていただろうからそう言えるんでしょうね」
怒り任せに早口で言っていた。
「へえ。君もそんなふうに怒ることあるんですね」
彼は何故か楽しんでいるというか嬉しそうだった。
「馬鹿にしていますよね。私のこと」
馬鹿にされても当たり前の人間。でも最近、それに対して抵抗できるのではないかと感じる自分がいた。ホントは馬鹿になんかされたくない。そんな思いはずっと持っていた。
「バーガー。冷めますよ。旨いのに」
この人にはわからない。私は奢ってもらっているのにいただきますも言わずにハンバーガーをむさぼり食らう。
それから食べ終わって店を出るまで彼とは無言だった。私も話したくなかったし、彼も話してこなかった。
期待されている。
帰り道、さっきの怒りの理由を探す。
やっと手に入れた。あの日、自信を持てとコトさんに言われた。頑張ってあの場所を手に入れられたんだ。そしてもう手放さない。
私にはクラブがある。
私はクラブで選ばれた選手なんだ。
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