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試合を重ねると、ぱっと見で戦う前から選手の特徴がわかるようになる。

 クラブでは自分が誰と戦うのかあらかじめ選手には伝えられないルールになっている。だから、リングに上がった時初めて選手と対面するわけだが、その最初の印象というのが結構試合の展開で大事になってくる。

 今日の相手はリングで向かい合った瞬間、私よりも十センチくらい身長が高くて、腕の太さはそこまで太くなくて、腹筋が縦に割れていて少しお腹が硬そうな印象だった。

 ゴングが鳴った。

 こういう相手の場合は、相手の距離を近づき過ぎずまずは下腿部や大腿部の外側を蹴りで狙うのがセオリーとしていい。

 相手の攻撃をかわしつつ、足のみをひたすら攻撃する。どうやら相手はボクシング経験者だったらしく、足への攻撃は慣れておらず、まともに攻撃を足に食らってすぐに動きが悪くなった。

 こうなってから一気に相手の懐へ入り腹部を狙っていく。

 この時注意したいのが首根っこを掴まれて膝蹴りを腹部へ食らうことだ。私も未だに腹部への攻撃への耐久能力があるほうではない。一発良いのを食らったらそのまま動けなくなって負けてしまう。

 だから、最初に相手の足への攻撃を封じておいて、足の攻撃がないとわかったら一気に懐へ飛び込む。

 相手の鳩尾にまずはボディストレートを食らわす。相手の身体がクの字に曲がるのを確認して今度はヘソのあたりにボディ―アッパーを続けて食らわす。

 だが、相手も負けたくはないのは同じ。パンチを出したと同時に私のお腹にボディアッパーを繰り出してきてそれをまともに食らってしまう。

 こうなるともう耐久戦である。首への攻撃もありだが、身長差のある相手だと不利に働くのでうかつにできない。そしたら、もう殴って殴られてを繰り返して相手がへばるのを待つしかない。

 相手の表情と呼吸を伺いながら、なるべく相手が腹筋の緩んだ時を狙って打つ。自分は殴られた時なるべくお腹に力を入れられるようにしっかり相手の動きを見る。

 ウウウ

 数分殴り合うと相手の口が膨らんで立ったままお腹を抑えて完全に動きが止まった。相手がかなり効いていて苦痛の表情からしてグロッキーな状態だとわかる。

 ここだと疲労が蓄積していが連打で相手を追い込んでフェンス追い込む。

 とうとう相手が嘔吐した。

 吐しゃ物が私の腕にかかる。ここで手を止めてはいけない。吐いたからって終わりではなく、失神させなければ試合は終わりにならない。ここで安心して息を吹き返した相手に攻撃されて負けたこともある。

 腹筋が使えなくなり、スポンジのようになった相手のお腹にパンチを繰り返す。パンチをする度に凹むこの感触は何度やっても気持ち悪い。

 一方的に私に殴られて相手が二度目の嘔吐をする。

 また吐しゃ物か今度は足にかかってくる。吐しゃ物も試合前に飲んだ水と胃液で固形物こそないがヌルッと黄色くてかかると綺麗なモノではない。

 相手の顔がうつろになり、両腕も垂れ下がり、攻撃もできずにフェンスに寄りかかったままの状態になり、そこで試合終了のゴングが鳴る。

 勝った。

 床に倒れた相手を見下ろしてリングをさっさと降りていく。

 選手によっては、試合後負けて倒れた相手の顔をしばらく見るのが好きな趣味の人がいて私も負けた時にそれをされたことがあったが、私にはそういう趣味はない。

 相手に勝ちたいのは同じだが、私がリングに上がる理由はそこにはない。

「ヒカル!!」

 リングを降りるとコトさんが近寄ってくる。

「圧勝だったね」

 ハイタッチを求められ、少し照れ気味にハイタッチを交わす。

「いえ、結構やられましたよ。いつも必死です」

「そう? 最近絶好調じゃない? これで連勝だし」

「ありがとうございます」

「今度、あれだね。そろそろBクラスへ昇格試を組んであげるよう言っておこうかね」

「昇格戦?」

「うん、そりゃあ、自分より強い相手が続くから厳しい試合になるだろうけど上に行きたいもんね?」

 クラブでは選手のランクがAからCまでランク分けされており、ランクの選手同士か一つ上か下のランクの選手と試合を組まされることになっている。ちなみに私は一番下のCランクの選手だ。

「Bクラスの選手になると賞金もアップするよ」

「え? まだ賞金が上がるんですか?」

「当たり前よ。でも、繰り返すけど相手も格闘技経験者で鍛えている人が多くなるから厳しい試合にはなるよ」

 お金はどうでも良かった。厳しい試合も今更である。重要なのは勝つことだ。勝って上に行ってコトさんや他の人に喜ばれて褒められることだ。

「スポンサーさんも喜んでくれますかね?」

「それまもう。ああ、今日はもう帰ちゃったけど、これね」

 そう言って、札束が入った袋が渡される。中身は確認しなかったが、勝つたびにそのお札の枚数が増えていっている。

「どうする? ヒカル?」

 答えはもう決まっている。もう私にはクラブしかないんだ。

「やります!!やらせてください!!頑張りますんで」

「おお。大きな声。試合後なんだからそんなに声を張らなくていいんだよ。わかったよ」

 コトさんは肩を叩いて優しく微笑む。

「ありがとうございます」

「それはそうと、最近、ヒカル変わったね。自信があるというか、言葉だってありがとうと言うようになったし」

 言われてハッとする。いつの間にか変わっていた。これもコトさんのお陰だ。

「そうですか。きっと、コトさんがこうして私をクラブの試合に誘ってくれたお陰です」

 素直に伝えると、コトさんはしばらく私の顔をジッと見つめて、ゆっくりと抱きしめた。

「コトさん、私、汚いです。汚れますよ」

「いいの。ちょっと抱きしめさせて」

 暖かかった。こうして人に抱きしめられるのは初めてだったかもしれない。

「可愛い」

 耳元でささやかれた気がした。

「さ、飲みに行こうか。今日はまだ元気そうだから行けそうだね」

 離れるといつものコトさんに戻っていた。

 一方、抱きしめられた私は正常に戻るまで少し時間がかかっていた。

 可愛い。

 その声と言葉がいつまでも頭の中に巡っていた。

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