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初勝利はクラブの選手で試合に出始めてから四回目の試合でのことだった。記憶は初戦と同じくほとんど覚えていなかった。

 とにかく接戦で、コトさんから教わったことを全部試合でぶつけて、いつも言われている気持ちでは負けるなを自分に言い聞かせて目の前の相手を殺す気で戦った。

 たくさん殴られ蹴られたけど、その分やり返して気づいたら相手が蹲って嘔吐していて、動かなくなっていた。

 相手は顏や体型からして高校生くらいだった気がする。

「初勝利だね」

 試合が終わり、更衣室に向かい廊下を歩いていると客席にいたコトさんが追いかけてくる。

そういえば、試合後自分で自力で歩いているのは初めてだった。

「いえ、その、、、」

「最初はどうなるかと思ったけど、頑張ったね」

「はい。コトさんのおかげです」

「え? 私? 」

「はい。コトさんが教えてくれなかったら、一生勝てなかったと思います」

「そっかあ。それは良かったね。そうだ。この人がいつもカンパくれる人」

 コトさんが後ろに立っていた男性を紹介する。

「初勝利だからちょっと話してみたかったんだってさ」

 体格はスラっと高く180㎝くらいあり、細身であったが髪の毛は金髪で青色のサングラスをしてスーツを着ているやはりこのクラブの客層に似合っている様な方だった。

「今日はおめでとう」

 私はどうしていいかわからず言葉が詰まる。

「ヒカル。ほら、挨拶ぐらいしなよ」

 コトさんに言われ我に返る。

「えっと、ヒカルです。いつも応援して下さりありがとうございます」

 声が上ずった。男性は大声で笑いだした。

「面白い子だね。いいよ。今度も頼むよ」

 男性はポケットから財布を取り出して十万円ほどを抜き取って私に渡してくる。

「え?」

「じゃあ、コト。今度この子が出る試合、また教えろよな」

 男性はコトさんに伝えて私たちから去っていった。

「あの、これ」

 もらったお金をコトさんに見せる。

「もちろん、これは私がいただきます」

 と、コトさんが手を出してきたのでそれを渡そうとする。

「馬鹿。あんたのだよそれ。ファイトマネーは後日また渡すからね」

「まだくれるんですか?」

「え? いらないなら私がもらっておくけど」

「いや、その、いらなくはないですけど」

「いらなくはないけど何なの?」

「私なんかがこんなに貰っていいのかなって」

 するとコトさんが笑顔だったのが急に顔が険しくなり、そして急に私の頬をビンタした。

「何言っているの? あんな試合をして身体を痛めてやっと勝ったんだよ。ここまで来るのだって、ボコボコにやられてそれでも試合に出続けて。その結果じゃない。ふざけんじゃないよ!!」

 今までに人から叱責されることは度々あったが、こんなことで叱責されるのは初めてだった。

「前から気になっていたけど、謙虚にしたいんだか知らないけど、私なんかとかヒカルはよく使うよね? それマジうざいから」

「え?」

「もっと自信を持ちなさいよ。お金はもらって当たり前。そんな気持ちでいな」

 その叱責は、人を貶めるものではなくてどこか暖かかった。その証拠に、今ビンタされた左頬も熱くなっていた。

「ありがとうございます」

「うん。頑張って勝ったのに、殴ってごめんね」

 今度は優しく頭を撫でてくれたコトさんに、自然と涙が溢れてきた。

「え? 泣いているの?」

「だって、だって、嬉しかったんです。何か、わからないけど」

「わかったわかった。で、身体は痛くないの?」

 そう聞かれて、急に試合で殴られまくったお腹がジワジワと痛くなっておまけに吐き気も出て来た。

「ちょっとマズいかもです」

「またか。ほら、肩貸すからトイレまで我慢しなよ」

 コトさんに肩を貸してもらいながらトイレまで向かう。

「そうだ。今度祝勝会やろうね。覚えているだろうけど、ヒカルの奢りだから」

 吐き気を我慢しながら、はいと返事する。

 絶対この人はいい人だ。私が会ってきた中で一番いい人かもしれない。

 また試合に出たい。試合に出て勝ってまたコトさんに褒められたい。みんなに褒められたい。私に自信を持ちたい。

 ふと、自分が対戦した相手のことを想像する。今頃相手は意識が戻っているのだろうか。きっと数日間は食事が食べれなくて辛い思いをするだろう。

 そのことを思うと気の毒にも思えたが、それ以上に私はやっと見つけた居場所を失いたくない。

 自己中心的で、勝手なのはわかっている。でも、相手を思って試合中手を抜いたり、クラブの試合に出ることを止めたりすることはしない。

 そんな自分に嫌らしいなとまた少し嫌気がさした。

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