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  久しぶりに新人バイトスタッフが入ると聞いて寝耳に水だったが、通年スタッフ不足に悩まされている私の勤めているようなファーストフード店では朗報だった。

 ただ、その新人が私にとって最初の印象が決して良いものではなかった。

「田村君は覚えるの早いね。仕事も丁寧だし」

 隣で教えていた店長がその新人スタッフを褒めた後、私の方をチラッと見る。

「それに比べて、いつまでたってもミスばかりで、遅刻はするわ言い訳をするわでどうしようもない人もいるし」

 明らかに私だとわかった。言い返せず、ただ俯いてそれを耐えるしかなかった。

「じゃあ、私は他店にちょっと用があるからそこの人と一緒にフライヤーやっていて」

 店長は速足で厨房を後にすると、店を出て行った。

「えっと、よろしくお願いします」

「あ、はい」

 会釈をされたので慌てて会釈をし返すと、それからしばらく沈黙が流れる。そんな中、彼が口を開く。

「あの、このバイト何年目なんですか?」

「あ、えっと四年目です」

「そうですか」

 その質問の意図がわからなかった。四年もこんな仕事をしていて、しかもバイトでしかもあんな嫌味を言われる人間は最低だとも思ったのだろうか。

「今、楽しいですか?」

 また意図の読めない質問が飛んでくる。一体何を言いたいのだろうか。

「いや、まあ」

 楽しいわけない。かと言って、楽しくないと言うと暗い人間として思われるのも嫌だから曖昧にしか答えられない。

「信頼できる人とかいますか?」

 何だそれは。今日初めて会った人に聞くようなことだろうか。失礼じゃないか。まるで私が信頼できる人、友達や恋人がいなさそうがから聞いているような気がした。

「それは、まあ、そうですね」

 どうしてそんなこと聞くの? とハッキリ言えず、中途半端に笑って誤魔化す。こんな私が相変わらず嫌いだ。

「どっちなんですか?」

「え?」

 少し強い口調で聞かれる。突然のことに固まって空気がおかしな感じになる。

「ポテトMお願いします!!」

 と、カウンターから注文が飛ぶ。はいと返事をして冷凍庫からポテトの袋を取り出して油の入った容器に投入する。

 何なの。今の。どういうこと?

 気持ちが切り替えられず、タイマーをセットする。

「あれ? すみません。その時間、、、」

「あ」

 また時間を間違えてセットしてしまっていた。

 慌てて直すと、今日入ったばかりの新人に突っ込まれてしまった不甲斐なさに、さらに気持ちが動揺して何もできなくなる。

「ポテト上がりましたが、詰めてもいいですか?」

 彼に聞かれて、お願いしますと答える。

 彼は器用に詰めるとトレイにその詰めたポテトを置いて、できましたと伝える。

「すみません」

「何がですか?」

「いや、やってもらちゃったんで」

「いえ。仕事なんで。というより、どうして謝ったんですか?」

「いえ、そんな意味はないです」

「え? 意味もなく謝るんですか」

 張り詰めた空気。何も答えられなくなった。どうしてここまで責められるんだろうか。こんな頼りないスタッフが先輩で少しイラついているのだろうか。

 いつものように集中力がなくてミスをしてしまったことを謝って何が悪いのだろうか。店長に叱られている時のように胃がキュッとするのを感じる。

「俺のことはタイセイと呼んでください」

「タイセイ?」

「ええ。俺、名前がタイセイと言うので」

 話がガラッと変わる。完全にこの新人のペースに巻き込まれている。

「タイセイって下の名前ですか?」

「はい。変ですか?」

「いえいえ。そうじゃなくて」

普通、名字で呼び合うものじゃないだろうか。しかも呼び捨てで良いのだろうか。

「ナゲット二セットお願いします」

 カウンターからまたオーダーが来る。

 はいと言って、私が冷凍庫に手を伸ばそうとすると彼が俺にやらせてもらってもいいですか? と後ろから声をかけてくる。

 いいですよ。と私は彼に譲り彼の作業を見つめる。彼は手際よく正確に仕事をこなしていく。

 きっと、彼はすべてにおいて器用な人なのだなと悟った。それか私がダメなだけか。

 容器に入れたナゲットをカウンターに置くと、また私と彼は隣同士に並ぶ。

「凄いですね」

 そんな彼に声をかけてみる。

「何がですか?」

「いや、今日初日なのにあんなにしっかり仕事できるなんて。私とは全然違う」

「私とは違うってどういう意味ですか?」

「え?」

 まただ。もしかすると、この人は私の言動一つ一つに気に入らないのかもしれない。以前にも私の言動や存在自体に気に入らない人は何人か見て来た。今は店長がそうであるように。

「私とは違って何ですか?」

 もう一度彼が聞いてくる。もういいじゃないか。そのままの意味で何も考えずに出た言葉だよ。だから、人と話すのは嫌になる。ただでさえ人の気持ちを察することが苦手なのに、気を遣えないのに気を遣うのは嫌でたまらない。でも、それでは生きていけない。

「お願いします」

 そこへまたオーダーが飛んでくる。話がまた途切れる。ホッと安心すると同時にまたこの職場に辛いモノを持ってくる人間が来たとうんざりした。

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