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何の取柄もない。

 それどころか、幼い頃から人より劣っているところばかりで「普通」を探すのが難しいくらいだった。

 人から馬鹿にされるのは当たり前。その当たり前が大人になると馬鹿にされるから叱責されることへ変換し、自分の人生をさらに辛いものにさせることになっている。

 人よりも何倍も努力しないといけない。それで人と同じくらいになれるんだから、それができるヒカルちゃんは価値がある。

 誰か忘れたけど言われた記憶がある。

 でもそれもどんな場面でも人一倍の力を出さないといけないとなると自分自身にうんざりしてくることをその人は知らないんだ。

 そうは言ってもそんな自分で生きて行かないと仕方ないじゃないか。嘆いたところで始まらない。

 それはごもっともだけど、一体、何のために生きているのか。いつ死んでもいい。

 それは母が亡くなってから今まで考えが変わったことはない。

 そんなことを考えながら、何年ぶりか上野のアメ横を何となく歩いている。

 今日はバイトのシフトが入っていないということもあり、これから暑くなるからと衣替えをしようとしたら、夏用のシャツがヨレヨレになっていたことに気がつき、安くて少しばかし可愛いものがあればとふら付いている。

 本音を言えば着れれば何でも良い。

 綺麗な服や可愛い服を着たところで自分が変われるわけでもないし、それで変われるなら苦労しないし、もう変わりたいとも思わない。

 ただ、なぜか生きないといけないから買いに行っている。その気持ちだけで買い物に出かけている普通の人間とは違う感覚の持ち主だと自覚している。

 だから、早く決めて早く帰りたいのだが、値段などを見るとなかなか決められず優柔普段でウロウロしてはや何時間か経過している自分自身が嫌いだった。

「あの、すみません」

 その時だった。真横から一人の女性が私に声をかけてくる。

「突然声をかけてすみませんが、お金に困っていませんか?」

 声をかけられて思わず立ち止まってしまったが、その一言を聞いて何か風俗などの勧誘かと思い、速足でその女性を立ち去ろうとする。

「もしくは、格闘技に興味ありませんか?」

 立ち去ろうとする私の前に先回りして行く手を阻んだ女性の顔をしっかり見ると、身長はヒールを履いていたこともあったが私よりも十センチ以上高くて、スレンダーな目鼻立ちも整った何よりも着ている服や身に着けているバックなどがブランドものに疎い私でも高そうなものを身に着けているとにかく綺麗な女性だった。

「格闘技?」

「はい。格闘技に出るだけで高額な報酬が貰えます」

 前にも一度だけ街を歩いていて風俗まがいな勧誘を受けたことがあったが、その時は四十代くらいの男性でもっと嫌らしいというか、女性を商品にしてしか見ていなさそうな雰囲気の人だった気がする。しかもこの方は格闘技と言っている。

「試合で仮に怪我をしても病院とかは確保して勿論こちらで治療費も入院費も出します」

 怪我。入院。あやしい危険な感じがムンムンとした。そもそも高額な報酬と言って虫のいい話などあったためしがない。

「私、格闘技したことないし、興味ないんで」

 女性を横からすり抜けて去ろうとすると、待ってくださいと女性は横から追いかけてさらに話を進めてくる。

「みんな始めはそうです。私たちはクラブと言っているのですが、こんなふうに街で見かけた可愛い素人の子に声をかけて選手として出てもらっているんで、喧嘩に毛が生えたようなもので戦っています」

 街で見かけた可愛い子。

 そんなことを言われたのは生まれて初めてだった。お世辞かもしれないことはわかっていたが、綺麗な女性に言われて悪い気などするはずがない。再び足が止まった。

「それに顔は狙わず、顔から下のみで戦うのがウチの試合形式です。だから、日常生活でもその可愛いお顔が傷ついて気になる心配もないです」

 その可愛いお顔。

 可愛くなんかないことは知っていたが、さらに笑顔で力説されると話を詳しく聞いてみたくなる。

「全然、人を殴ったこともないんですけど。そんな私ができるものなんですか?」

「はい。さっきも言ったように素人女の喧嘩みたいなものですから、根性さえあれば」

 根性ならこの間も叱られてもバイトには行っているし、少しはあるかもしれないと思ったが、そんな社会人として叱責されたくらいで無断欠勤する人間の方が珍しいのだからそんなことはないなと思い直した。

「やっぱり、運動神経も凄く良いわけではないし、すみません」

 軽く会釈して歩きはじめる。

「わかりました。もし少しでも興味があれば、ここに書いてある電話番号に電話してきてください」

 と言って、名刺のようなものを渡され、女性は追ってこなくなった。

 数メートル歩いたところで足を止めて振り返る。

 行き交う人を見ながら、さっき言われたことを反芻する。

 可愛い素人の人。

 でも、それはきっと幻想だ。きっとそうだ。私がこの何にもいる人々の中で可愛い人として目をつけられたなんてありえない。

 もしかしたら、適当に通りかかった女性に声をかけて調子のいいことを言っているだけかもしれない。そうに違いない。

 左手に握りしめていた名刺に目を向けてグチャグチャにして近くのごみ箱に捨てようとする。でも、適当でもそういうことを言ってくれた人の思い出は取っておいてもいいかもしれないと、グチャグチャニしたそれをポケットに素早く仕舞った。

 数少ない良かったと感じれることをゴミ箱に捨てるのも勿体ない。

 と、ごみ箱の隣にあった洋服店に安売りしているTシャツが目に入る。とりあえず、目当ての物は買って帰れそうだった。

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