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雨か。
しかも、5月というのに低気圧の爆弾みたいなのが来ていて台風並みの強風と雨に街が襲われている。
加えて祝日ということもあり、人の出はめっきり少なくなっていた。
こういう日のファーストフード店の仕事は暇である。
「いいですね。たまには暇な日もあってもいいですよね」
「店長がいなくて良かったですね。店長がいたら、こういう日は人経費削減とか言って、容赦なくバイトの僕らは帰らされますもんね」
「そうそう。あの人、そういうところドライですもんね」
「仕方ないとわかっていても、バイトのために時間を空けているこっちの身にもなってほしいですよね」
「そうそう。ここで帰らされてもやることないもん」
一緒のシフトでいた、大学生の女の子と男の子が厨房でカウンターの客に見えないように寄りかかりながら雑談をしている。ちなみに、男の子の方は一カ月くらい前に彼女とのデートが入ったとかでシフトを交換してあげた子だ。
「ぶっちゃけ、ひかるんさん店長嫌いでしょ?」
その男の子の方が私に話しかけてくる。
「え? いや、そんなことはないですけど」
その通りだ。私は店長と馬が合わないというか苦手だ。仕事なんだから友達ではないのはかっているが苦手だ。
「嘘だ。店長確実にひかるんさんの時態度違いますもん。ヤバイですよ」
そうですか? と返しておいたが、それは私も薄々感じ取っていた。
確かに、ミスが多い私であるが、その同じようなミスを誰か違う人が同じようにしてもそこまで叱られないのに、私の場合は死ぬほど叱責を食らうことは度々あった。
ただ、ミスが多いことは事実で、仕事をするうえでそのような扱いをされても仕方ないという気持ちもある。
「ひかるんさん、気が弱いから言いやすいんっすよ」
それにしても、中島君はどうして私のことをひかるんさんと呼ぶのだろう。先輩風を吹かすわけではないけど、年上でしかもバイトでも彼の方が後に入ってきたのにと少し不快な気持ちになる。
「あ? 少し怒りました?」
察したのか、彼はヘラヘラ笑ながら気を遣ってくる。
「そんなことないですよ」
こんな時に、サラッとそれは嫌だよと言える人間が羨ましい。私はただでさえ人から嫌われやすいのに、それをしてしまうとさらに嫌われてしまうのではないかと怖くなる。
でも、ちょっとした言葉遣いか気になってこうして不快になっている自分もいて、だから、人と接するのが嫌になる。人間が嫌いになっていく。そして、人間の中で自分が一番嫌い。
「ヤバイですよね?」
「え? あ、はい。いいと思いますよ」
「は?」
中島君が、反応に困るような態度をする。正直、今、彼の目を見て会話していて彼が何か話しているのを知りながら他のことを考えていた。こんなことがしょっちゅうあるから、聞き返すのも悪いのでわかったふりをして話す悪い癖がある。
「店長がホントは男だったらいいんですか? マジですか? ヤバイですよ」
どうやら、店長が男だったらというくだらない話をしていたようだ。彼もそうだが、隣で聞いていた女の子も爆笑だった。
「それはそうですね」
私もつられて少し笑って見せた。
「え? ひかるんさん、店長が男だったら結婚するんですか?」
「うん、まあ、それこそいいと思いますよ」
またここで爆笑される。ここまで爆笑されるとあまりいい気はせず、私は苦笑いする。
「ぶっちゃけ、ひかるんさんって天然ですよね。面白いくてヤバイ」
よく天然と言われる。別にウケを狙っているわけではない。店長も厳しい人だし苦手だけど、この店を任せれてしっかりしていて立派な人ではある。少なくとも私と比べたらホントに自分が恥ずかしくなるくらいだ。
「でも、店長って彼氏いますよね」
女の子が会話に入ってくる。
「そうそう。いるいる。いるんですよ。これが。ヤバイですよね」
それにしても中島君はヤバイが口癖だ。何かにつけてヤバイと付け足す。
「ひかるんさんも彼氏いるんですか?」
「いや、私はいない」
私は生まれてこの方恋人がいたことがない。
店長彼氏がいてこのまま結婚だろうか.今年で二十七才の自分はもう終わっている。店長は三十歳だが、その三年後は自分もそうなっているのだろうか。なっていないだろう。
「これヤバくないですか?」
また一人で思考に浸っていると、また話題というか事態は違う展開になっている様子だった。
「袋開けたの誰ですかね?」
冷蔵庫から取り出した冷凍されているポテトの入った袋と私の顔を交互に見つめている。何か疑われているとすぐにわかる。
「どうしたんですか?」
「これ賞味期限がこんなに遠いのにもう封が開けられて使われていますよ」
渡された袋を見つめると、確かに賞味期限が約半年後だった。冷蔵庫を開けると他にも冷凍ポテトの袋を見比べると封が開けられたそれよりも期限が近いものがいくつもあった。
「これ、店長にバレたらヤバいですよ」
「でも、これ私かなあ」
こういう冷凍物は期限が近いモノから使うことになっていたのだ。そうでないと、期限が過ぎてしまうとその袋に入ったポテトは廃棄しないといけないからだ。店長は経費と名のあるものにはとにかく厳しいのでバレたら叱られるのは確実だ。
「じゃあ、他に誰がやるって言うんですか?」
「え?」
そんな言い方ある? と反論したくなったが、普段の行いを考えるとそう言われても仕方ない気もして何も言い返すことができなかった。
「まあ、バレないように今日中に使い切れるように祈りましょう。仕方ないですよ」
励まされるような物言いに、完全に私がしてしまったミスになってしまった雰囲気になる。
「でも、ホントこういうミスなくさないとホントヤバいですよ。ひかるんさん」
悔しかった。自分がやっているかわからないのに、もう誰も私がやっていないことを信じてくれる人はいなかった。
いつもそうだ。
私が悪ければそれで事が上手く収まる。実際、自分が悪い時もかなりの確率であるので仕方ないのだが。
それでも納得いかないけどそれで世の中が上手く回ればいい。そう思いつつ、どうしていつも私がその役回りなんだろうと自分を呪った。
こんな世界いつ終わってもいい。
いつもバイトを辞めたいと思っていたが、どこへ行っても一緒の人間関係、扱いになることはわかっている。だから少しでも慣れたここにいる方がマシかなと辞める勇気はない。
結局、間違えて開けられた袋の中のポテトは今日中に全部使い果たし事なきを得てた。
その後も何事もなかったのように中島君は私の腑に落ちない気持ちを知ってか知らぬか、また暇になると冗談交じりにヤバイを語尾に連発しながらくだらない雑談を繰り広げてバイトのシフトが終わる。
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