インドを旅すれば

朝倉神社

第1話

 インドを一言で表すなら混沌かあるいは衝撃だろうか。

 初めて降り立ったインド東部に位置するコルカタの街は過去に経験したことのない雑然とした場所だった。話には聞いていたし、写真でみたこともあるけれども実際にそれらを目の当たりにしてみれば自分の想像力が如何に陳腐であったか否応なしに理解してしまった。

 

 街はゴミ箱である。

 ゴミをゴミ箱に入れるという習慣がないのか、食べ終わった紙皿や使い捨てのフォークがあればその場に投げ捨てる。鶏肉の骨もスイカの種も残飯がそこら中にあふれている。それらは朝になると掃除人が一か所にまとめて回収車が持っていく。だからゴミが際限なく積みあがるということはないけれども、街はゴミであふれている。

 そのゴミの山に顔を突っ込むものがいる。

 インドでは神聖な生き物とされる牛がゴミを漁っているのだ。

 都会と呼ぶには微妙だけども、草食動物に街の生活はいささか困難ではないだろうかと同情せざるを得ない。インド人の大部分がベジタリアンだといってもゴミには肉も混じっているのだから、食べ物の選別は大変だろうに。


「兄さん、宿を探しているのかい?」


 バックパッカーに有名なサダルストリートを歩いていると、そんな風にして二十歳前後の若者が声を掛けてきた。バックパックを背負って街をうろうろしていれば、そう思うのも無理はないだろう。事実、私は宿を探していた。

 しかし、この手の声を掛けてくるのは悪質な客引きだったりするので、私は無視をするように辺りをつけていた宿に向かって歩いていく。


「どこから来たんだい?」

「中国だよ」


 と、私は日本人でありながら嘯いた。

 アジア諸国では日本人というとカモと見られがちなので、私は時々そうやって嘘を付く。外国人には中国人も韓国人も日本人も同じにしか見えないのだから適当に言っていてもバレることはほぼない。それに、カモじゃないと分かればそれだけで離れていく連中も多いけど、このインド人はそういうタイプではなかった。


「宿を見つけたら一緒にチャイでも飲みに行こうぜ。いいお店を知っているんだ」

「へえ、そうなのか」


 流石に一杯10円程度のチャイに客引きは存在しないだろうから、彼の意図が読めなかった。精々おごってもらいたいとかその程度だろうか。

 宿にチェックインして出てくると、彼はそのまま待っていたようで


「じゃあ、チャイを飲みに行こうか」


 そういって、歩き出した。

 宿の客引きじゃなかったようだ。そもそも、彼の話を無視したけども、特別強引に宿を進めてくるということも全くなかったのだ。強いて言うなら外国で右も左もわからない外国人に、ちょっと手を差し伸べるというようなその程度の物だった。

 なんだか穿った見方をしていた自分が恥ずかしくなった私は、お詫びの意味も込めて彼とともにチャイ屋へと向かった。

 チャイというのはインドでよく飲まれている激アマのミルクティのことで、街中には至る所にチャイを売っている露店がある。彼に案内されながらも、そういう露店を三軒ほど素通りしていった。

 そして公園の端っこに構えているチャイ屋で彼が勝手に注文してくれた。

 ああ、やっぱり奢ってほしかったのか。

 そう思ったのだけども、店主は一杯のチャイを私に差し出してそれで終わったのだ。


「飲まないのかい?」

「ああ、いまはラマダンだからね」


 そう答えた彼の言葉で私はようやく理解をした。

 彼はイスラム教徒なのだ。

 一部の過激派の所為でムスリムを誤解している人も多いけれども、本来のムスリムは暖かく人のいい連中が多いのだ。コーランにも旅人を助けよという一節があるくらいで、そんなわけでイスラム教徒の彼は私に親切にしようと思ったのだろう。

 ところで、ラマダンといえばイスラム教徒が年に一度、日の上っている間は断食するという習慣である。つまり、チャイを飲もうと誘った彼はチャイを飲むことができないのだ。

 インドはものすごく熱い。

 朝はまだいいが昼ともなれば灼熱の太陽がこの身を焦がす。汗は噴き出て喉はカラカラに乾いてしまう。そんな状況で一切飲み食いが禁じられている人の前で、飲み物を飲むという行為に躊躇いを感じない人間がどれほどいるだろうか。

 これはもう一種の罰ゲームである。

 彼はニコニコとして、


「ここのチャイはほんとおすすめなんだ」


 というけれども、その笑顔を見ていると私は胸を掻きむしりたい衝動に駆られてしまう。

 だが、すでにチャイは私の手元にあり、ここまで案内してくれた彼の行為を無駄にすることはできない。それにまだ朝の早い時間帯で、彼も水分に対する欲求も夕方と違って限界には達していないだろうと自分を無理矢理納得させて、チャイを口にした。

 最近では数が少なくなってきたという素焼きの器に入れられたチャイは甘ったるくも心地よく喉を潤してくれる。熱い国で汗だくになっていると、この手の激アマの飲み物がすごくハマるのだ。


「美味いね」


 そういうと、ますます嬉しそうに彼は微笑んだ。


「次はどこに行こうか」


 私が満足したことを確認すると、彼はそんなことを提案してきた。どうやらラマダン中は長期休暇となるらしくて彼も暇を持て余しているそうだ。そもそも彼はコルカタに住んでいるわけではなくて従兄弟の家に遊びに来て街をぶらぶらしていたところだそうだ。そんな中、旅人である私を見つけて声を掛けてみたということだった。


「じゃあ、そうだな――」


 と、私は彼にコルカタの街をいくらか案内してもらった。

 ヴィクトリアメモリアルに、ハウラーブリッジ、詩人タゴールの生家と周った。一人ではなかなか乗りにくいバスにも彼と一緒だったので乗ることができた。

 バスは超満員でバス停という概念があるのかないのか、旅人レベルには目印らしきものもないところで乗り降りが繰り広げられる。それもきっちり停車するということは稀で、バスは低速で動いたままである。バス停に近づくと身を乗り出したもぎりのお兄ちゃんが行き先だろう何かを連呼する。

 そして新たな乗客が乗ってきて、何人かが降りていく。

 安定して走り出したところで、もぎりのお兄ちゃんにお金と交換に切符とは思えない薄っぺらい小さな紙切れを貰う。

 インド人の彼が私の分も支払いを済ませてくれたので、バスを降りた後に払おうとすると「気にするな」と言ってくれる。

 たかが数ルピーとはいえ、インド人にとっては貴重かもしれないのに気のいい男だ。


 最後にボリウッド映画が見たいと告げると、彼はますます嬉しそうに顔を崩して


「なんだよ。それなら先に言ってくれよ。上映の時間だってあるんだしさ」


 と言った。

 映画館は元々いたサダルストリートからそう遠くない場所にあって、日本でいうところのシネコンとは程遠い地方のつぶれかけの映画館という感じの建物だった。それでもホールは4つもあり、中も結構な広さだった。

 作品についてはどれを選んでいいのかさっぱりだったので彼にお任せである。

 満員に近い観客が入ると、劇場は暗くなり映写機から映画が投影される。

 インドの言葉はわからないけども、内容はシンプルなので大体理解できる。貧しい家庭に育った二人の兄弟。兄はたくましく、妹は美しく育つ。ある日、妹がお金持ちの男性に見染められて……と話は盛り上がるのだけど、日本との映画の見方の違いが主演女優が出てきたときである。

 初めて画面に映し出されて見目麗しいインド美女。

 その瞬間、方々から口笛が吹き鳴らされ大盛り上がりになるのだ。

 ボリウッド映画でよくある突然始まるダンスにノリノリの観客たち。

 日本の映画が鑑賞するものだとすれば、インドの映画は体感するものだのだ。

 映画一本の値段も数百円と安く、インド人に根付いた娯楽なのだということがよくわかった。


 映画が終わって出てくると、まだまだ日は高く灼熱の太陽が路面をギラギラと照らしていた。館内は扇風機だけだったけども、太陽がない分だけいささか涼しかった。それに引き換え外は夕方近いといっても気温はまだまだ高いのだ。


「そろそろご飯を食べるか。いいレストランがあるんだ」

「いや、だから君は食べれないだろ」

「気にするなよ」


 いや、滅茶苦茶気にするわ。

 と、ここの中でツッコミを入れるけども、彼は自分のお気に入りのお店に案内したくて堪らないのだろう。まあ、そういう感覚はわからないわけではない。私の地元に地方の友人が尋ねてくれば、当然おすすめの店へと案内する。

 だけど、それはもちろん一緒に楽しむためであって、友人が食事するところをじっと見ていたりはしないのだ。


「日が沈んだら一緒に食べれられるんじゃないか」

「そうだけどイフタールは家族と一緒に食べるから」


 じゃあ、ここでさよならでもいいじゃないかと思うのだけど彼は「いいからいいから」といって、私を案内する。こういう人の話を聞かない強引なところはやっぱりインド人なんだなと苦笑しつつ、彼に案内された南インド料理のお店ではまたしても勝手に料理を注文してくれた。

 どうせ何もわからないのだから、お任せでいいのだけど、問題は彼は飲食が禁じられているということだ。


 しかし、出されたものを食べないという選択肢は私には存在しない。

 夕方近く空腹と喉の渇きが限界近い彼の前で私は罪悪感と葛藤しながら、おすすめのマサラドーサを食べることとなったのだが、これがビックリするくらいに美味かった。

 私はこの後のインド旅行で、幾度となくこの料理を注文することになるのだが、そのくらい嵌ったのだ。


 マサラドーサは大きなクレープのような生地にカレー味の付いたジャガイモが入ったもので、さらに数種類のルーみたいなものが付いてくる。ナンやチャパティといったパンのようなものと違って、パリパリ食感のこの生地が中々に美味いのだ。


「美味かった」


 私がそういうと、喉の渇きで苦しいこととか一切合切のみ込んで彼は満面の笑みを見せてくれる。そんな顔をされたら私までうれしくなってしまう。そうしてお店を後にすると彼はまた「食後のチャイを飲もう」と言って歩き出した。

 これ以上勘弁してくれよと思いながらも、彼の笑顔を見ていると断れない自分がいた。

 人の話を聞かない強引なインド人。

 人の顔色を伺ったり、気を使い過ぎる日本人。

 どっちがいいというわけではなく、どっちもいいのだ。


「また明日」


 日が暮れると彼はそういって人ごみの中に消えていった。彼のことだから明日も宿を出ると待ってそうな気もする。でも、インド人は適当なのでそうじゃない可能性もある。

 どっちだっていいのだ。

 明日は明日の風が吹く。

 日常から解放された旅なのにスケジュールに縛られるなんてのは本末転倒じゃないだろうか。

 食べてほしいから連れていく。

 見てほしいから連れていく。

 好きなことをして好きに生きればいい。

 インドは私にそれを教えてくれた。

 冒頭の疑問にもう一度答えるのなら、インドを一言で表すとしたら『哲学』なのかもしれない。

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