第9話 「霞の黒歴史」

「ウチに来るのどうすんの?今日から?」

「ん~……霞次第かなあ?でもたぶん今日からじゃないかな?ソウくん、ごはんないでしょ?」

「まあ、そりゃあ作ってないからな」


学校までの道中、出かけてしまったアホ親たちに取り残された俺と雫で放課後の話をしていた。


「ん~私が作る?」


朝はボケボケでほとんど使えない雫だが、それは朝だけの話。作らせたら霞よりも圧倒的に料理がウマい。


霞は部活ばっかしかしてないからそのせいもあるんだが、前におにぎりを作らせたら、かなり力を入れてガッチガチのものができたので、たぶんヤツの料理センスはゼロといっていい。


「作ってくれるなら助かるが……」

「ん。じゃあ作るね。冷蔵庫の中、何が入ってるか覚えてる?」


そんな質問、考えるまでもない。


「飲むもんしか入ってない」


朝も夜も双子の家で食ってるんだ。ウチで必要なモノなんか飲み物だけあれば生きていける。


「じゃあ、買って帰らないとダメだね。今日は部活ナシで帰る?」

「そうするか」

「ん。わかった」



授業中、ポケットの中に入ってるスマホが震えた。

授業といっても今の時間は先生が用事でいないため、自習の時間になっている。おかげで教室の中は注意が来ない程度ではあるものの、騒がしい。


俺はポケットからスマホを出して、内容をチェックする。

交友関係がかなり狭い俺の連絡先を知ってるのは、この学校では双子くらい。たぶん情報通の霞だろう。


――アンタ、先輩たちから狙われてるみたいよ


へぇ……「狙われてる」とか穏やかじゃないですねー。

続く霞からのメッセージを見ると、まだ特定には至ってないらしい。


――連休前だってのに、ずいぶんヒマな連中なんだな


俺はそう霞に返信した。

特定されるのは時間の問題だろうなあ。めんどくさ。


特別棟まで逃げ込めばなんかしら手段はあるだろうけど、そこまで地味に遠い。まあ、捕まったとこで力で訴えるか「関わるな」くらいだろう。


と、再びスマホが震えた。


――顔がアレだからって突っかかって来なくてもいいのにね笑


ひどくない?普段、「力こそパワー」を地で行く運動バカの全力スパイクを受けてんの誰だと思ってんの?


――そうだな~霞の全力スパイクを受けてるからアレなのはしゃーないかもな~

――は?顔には当ててないでしょ?そんなに当ててほしいなら今日の夜楽しみにしといて


冗談で送ったのにこの通りですよ。

マジで狙ってきてる先輩とやらはコイツの全力スパイクを受けてくんないかな。あ、それいいな。



「何言ってんの?人間に的ができるわけないじゃない」


昼休み。いつものように屋上で昼飯を食べてると霞はそう言った。


「ほら。そうすれば、俺に飛んでこないじゃん。完璧だろ?」

「アタシに別方向の何かが飛んできそうだからイヤ」


霞が試合以外で全力スパイクを俺以外に見せたのは中学のときの1回だけ。

このときもかなりの数の男子に声をかけられて、キレた霞が俺を引っ張ってきて、打ち込んできたのだ。


――コイツよりうまく返せたら考えなくもない


そう言いやがったんだよ。ホント。マジで。


当たり前だけど、今より非力で全然打ち方もブレてるし、思ったとこに行ってない。つまり、今より圧倒的に受けやすい。当時もそれなりに工夫をして、取り組んだものだが、今ほど面倒ではなかった。


それに多少は手を抜いたらしく、鈍い音とスピードの割にあっさりと俺は霞のもとに返してしまった。


これを見た連中は「まあヤツが返せたんだし、女だからそんなに大したことないだろ」ってタカをくくった男子はこぞって挑戦した。

が、結果は男子の惨敗。それはそれはヒドいものだった。


ある男子はミスって顔面に当てるし、ほかの男子はレシーブの形にした腕の間を抜けて股間に当たったヤツもいた。一番多かったのは勢いにビビってよけたヤツ。顔面に当てるのは回転がかかってて、股間は無回転だったはず。どっちも痛そうだったけど、股間が一番ヤバかったな。文字通り「沈んだ」からな。


それ以降、俺に何か言うヤツは来なくなったが、霞の方には「何かあった」らしい。

詳しく言ってこない辺り、なかなかオモシロ展開だったと思うんだが。


「中学の二の舞はしたくない。あ~思い出しただけでゾッとする……」

何かヤバいものを思い出したのか、寒くもないのに霞はブルッと震えた。


そういえばなんか変な呼び方されてた気がする。なんだっけな?


「女王様だっけ?あのとき呼ばれたの」

雫が当時を思い出したのか、そう呟くように言った。

「マジで止めて。あれ、ホントに怖かったんだから」


霞はあの後も呼び出される回数は変わらなかった。だが、呼び出された理由が大きく変わったらしい。


「行ったら男子が列になって『さあ!打ち込んできてください!』だよ?引く……って言うか怖いわ」


それでも一人ひとりちゃんとぶっ倒してから部活に行ったりしてたらしい。バカだろ。


「誰かが言い出したんだよね。女王様って。」

「そう。いっぱいいるとこで言われたから誰が言ったのかマジでわかんなかった……」


それから霞は中学を卒業するまで「女王様」の呼び名が男子の間で変わることはなかったらしい。知らんけど。


「あれはもうやらない。ムリ。アンタでどうにかしてよ」

「え〜……めんどくさ……」


これはアレだ。現実から逃げよう。戦略的撤退。雫の縞パンで浄化されないとやってられん。ついでにお腹に顔を埋めるのもやろう。朝やったけど、昼もやらないと午後生きてられないわ。


俺は雫のスカートの中に籠城を決めた。



放課後、双子と一緒にデパートに来ていた。雫と2人の予定だったが、「なんか今日の部活なくなった」と言う霞も一緒についてきている。


「ソウくん、ちょっとだけ別行動でいい?」

いつもくっついてくる雫が珍しくそんなことを言ってきた。


「ん?いいけど、なんで?」

「着替え買わないと……」

「着替え?取りに行けば良くない?」


すぐそこの距離なのに、わざわざ買いに行くとか、意味わからん。


「あー……そうだ。あたしも買わないとないわ。創司は上で遊んでなさいよ」

「ええ?」


上とは、屋上にあるバッティングセンターのこと。双子とはぐれたときや、買い物に時間がかかるときなんかに暇つぶしで利用している非常に便利な場所である。


普段スカートの中に顔を入れたり、めくったりしても何も言わない雫だが、こういうファッション系の買い物のときはなぜか俺と一緒ではなく、霞と一緒に行動している。なぜかは知らん。


「いいからさっさと行け!」

と言い残して双子は俺を置いてどっかに行ってしまったので、仕方なく屋上にあるバッティングセンターに向かった。



100球ほど打ったあたりで感触を取り戻してきた気がしてきたが、雫から連絡が来た。


俺は屋上から店内に戻ると、出入口のところで双子が待っていた。手に袋があるところをみると、目的のモノはあったらしい。


「やー思ったより時間がかかっちゃった。ごめんごめん」

「そうか?」


時計を見ると別れてから2時間が過ぎていた。俺も結構熱中してたらしい。


「ホントだ。っていつも通りくらいじゃね?」

「そうだっけ?」


霞は首をかしげるが、この双子と一緒に行くと、テキトーなとこはテキトーなのに、妙なところにこだわりがあるせいで、気に入らなければ何時間でも待たされるのだ。

ちなみにこれまでの最長は5時間。マジで意味わからん。待たせすぎっていうか、こいつらの足どうなってんの?って感じ。


「で?どうすんの?」


いつもならもう家に着いて的役をがんばってる時間。だが、バッティングセンターで張り切ったせいか少し疲れていた。


「食材とお惣菜買って、今日はお惣菜でいいかな。作るのは明日」

「じゃあそれにするか。早く帰ろうぜ。疲れた」

「創司、今日も練習やるからね?」

「は?」


疲れてんだけど?


「いや、疲れたって自業自得でしょ?アタシ知らないし」


無茶苦茶すぎて笑うしかありませんでした。

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