第7話 「膝枕ときどき腕枕」

今日も今日とて空は快晴。

夜中に雨が降ったらしく、屋上はところどころ濡れていた。


俺はすでに昼飯を食べ終え、膝枕に頭を乗せている。


「膝枕すんのはいいけど、急にアタシにするとか、どんな風の吹き回しなわけ?」

「運動バカのくせによくそんな言葉知ってんな」

「うっさい。いちご牛乳ぶっかけられたいの?」

「それはやめろ」


と、まあ、そんなわけで今回は雫ではなく、霞の膝枕。


ガチガチに鍛えてるわけではなく、必要な部分に必要な分だけついてるカラダで、柔らかい部分もちゃんとある。


パスタで例えるならアルデンテ。これはこれで悪くない。


――感触はちがうけど、双子そろっていい感じの膝枕だから交互に楽しむのもアリかもしれない。


なんて考えるが、相手は運動部の霞。文化部の雫ならスカートの中に顔を入れてしまうが、運動部の霞に蹴られたら痛いじゃすまない。今はザラザラのスカートの上でガマン。


にしても、空がよく見える。これも普段見てるのが山だったのが、丘になった恩恵だな。


「ね、雫はこの状態で創司に食べさせたことあるの?」

「え?ないけど?」

「ふーん、そう」


あ、なんか霞が悪い顔してる。


「あ、これならいいかも」


そう言ってウインナーを俺の顔の前に持ってきた。


「あーん」


クラスの男子ならすぐに飛びつくであろうこの光景。

だが、俺は懐疑の目を霞に向けた。


「どうしたの?」

「お前こそどうした?」


これが雫だったら俺もすぐに食べただろう。

だが、相手は霞。


バレーの練習と称して俺に全力スパイクを打ち込んでくる相手だ。

なにか罠があるに違いない。


「別に?この状態でえづ……じゃない、食べさせたらおもしろそうだなって思っただけ」

「おい。今餌付けって言おうとしただろ?バレてんぞ」

「ちっ」


霞は舌打ちをしてウインナーを食べてしまった。


「自分で食うんかい」

「ふん」


へそを曲げてしまった霞がこれ以上俺に何も恵んでくれることはなかった。



放課後、雫と一緒に昨日見つけた場所に向かう。

相変わらず後ろを歩く俺には無防備で、階段を上がるときにはスカートからチラチラしてるし、下るときはブラウスの中から「こんにちは」状態。ちなみに今日は上下白。だけど、微妙にデザインが違うっぽい。ってことは今日もおそらくセットではない。


特別棟の一角を7周回ってボタンを押し、ドアを開ける。

「毎回この手順踏むの面倒だな……」

「でもこの手順だから人に見つからないし、あのボタンだけ見つかっても誰も何もできないんじゃないかな」

「それはそうだけど……」


そうはいっても毎回階段を上り下りするのは面倒だ。


雫はキレイに掃除をした床にゴロンと横になった。ブレザーの前のボタンを留めてないせいで、雫のブラウスに山ができてるのがわかる。雫の呼吸に合わせて山が上下する……うむ。これはこれでいいのでは……?


「あ、これ気持ちいい」

と言いながらゴロゴロと転がる。

「そうか?」

「うん。ひんやりしててちょうどいい」

どうやら転がってたのは冷たい場所を探してたっぽい。


俺も雫に倣って床に横になった。


「あー……ホントだ。これはちょうどいい」


ひんやりとした固い床、家より高い天井。たったそれだけだが、非日常であり、かなり解放感がある。


このまま大の字で寝っ転がってると、学校に取り残されてしまうような、このままどこかに行ってしまうような感覚になってしまう。


「ソウくん……手、つないでいい?」


雫も同じだったのか、俺の方に手を伸ばす。


「ん」


大の字の俺はそのまま。雫は伸ばした手を届かせようとさらに伸ばした。が、伸ばした手は結局ギリギリ届かず、雫がこっちに四つん這いで来た。


「なんか取り残されそうだね」

「ああ」


そばまで来た雫はコロンと横になって頭を俺の腕に置いた。


「なんか……こうするの久しぶり」

「そうだっけ?」

「うん」


雫は腕に乗せた頭をグリグリする。


「前したときはこんなに固くなかった」

「そうか?」

「うん」


膝枕をしてもらうことの方が多すぎて、雫にいつ腕枕をしたのなんかもうわからない。最後にしたのはいつだったんだろう?


「ここにいるときはこれがいい」

「さいですか」

「さいですー」


なにがおもしろいのかわからないが、雫はクスクス笑っていた。



「いたた……ずっと横になってると痛くなるね……」

「そうか?」


最終下校時間が近くなってきて帰る準備をし始めた。といっても起き上がるだけだけど。結局あのあとも腕枕状態で2時間近く床に横になってたせいか、雫は肩や腰のあたりをさすってる。俺もずっと腕枕してたおかげで腕がしびれてる。


「ソウくんは痛くないの?」

「ぜんぜん。腕以外は平気」


昼飯を食べてる屋上には、木製のテーブルとイスが一体になったものがいくつか設置されている。


俺たちはその中でも人目につかないで日当たりのいい場所でいつも食べている。雫の膝枕をしてもらってるときは木製のイスのところで寝ている。床で寝るくらい俺にはどうってことはないのだ。


「最初の頃は痛かった?」

「あー……どうだったけなあ?痛かったといわれればそうかも」


入学して3週間。休日も平日と同じ時間に起きるように言われているため、俺が起こしに行く。平日と同じように霞は俺が着くころには起きてるが、雫は寝てることが多い。雫を起こした後はいろんな場所で膝枕の恩恵に預かってるので、寝床が固いことに対する耐性がついてるのかもしれない。


「むー……ずるい」

「そんなこと言われても……」

「私は痛いからカバン持って」

「はいはい」

俺はカバンを受け取って外に出る。



昇降口のところで待っていた霞と合流する。


「なんでアンタが雫のカバン持ってんの?」

「床で寝てたらカラダが痛くなった」

と雫。

「は?なんでそんなことしてんの?」

「なんでだっけ?」

雫が俺に聞いてきた。

「知らんわ」

俺は雫のまねしただけだし。


「創司は痛くないの?」

「日頃の行いがいいからな」

「スカートの中に顔突っ込んでるヤツのどこが日頃の行いがいいのよ」

霞の切れ味のいいツッコミと冷めた視線が飛んできた。

今日も的役として力のこもった全力スパイクを受けなきゃならないようだ。


「練習には影響ないんでしょうね?」

どうやらこのスポコン少女、痛がってる姉にさらにムチを入れるつもりらしい。ダメとは言えない質問をしやがった。

「う、うん。たぶん大丈夫」

「そ。じゃあ今日もよろしく」



「そういえばGWはどうするんだ?」


連休は両方の親がなんだかんだ理由をつけて一緒に旅行に行くことが多かった。だが、今年は俺の親が都会に行ってしまったため、どうなるか決まっていなかった。


「アタシは部活かなー。ぜんぶってわけじゃないけど」

「私は友達と遊ぶけど……」

「じゃあ起こしに行かなくていいのか」


雫の膝枕がなくなるのは困るが、ぐーたらできるのはデカい。


「あれ?ソウくん聞いてない?」

と雫が俺を見た。

「何を?」

「今年は親と子ども別々なんだって」

「は?」

「え?聞いてないの?親は海外なんだけど――」

なんかスゲー嫌な予感がしてきたぞ……。

「ウチらはどっちかの家で過ごせって」

「は?」

なに言ってんの……?


「アタシは部活のあともいつも通りやるから創司ん家がいいんだけどどう?」

「いや、ええ……?」

ちょっとまて。え?親は海外だと?なんだそれ……。

「え?マジで聞いてないの?」

「マジで初耳なんだけど」


俺はソッコーで親に電話をかけた。

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