第6話 「特別棟ダンジョンとウチの地下」

駅やデパートのエスカレーターや階段というのは、その手の人にとって狙い目と言われている。

たしかに、その通り。


だが、それを実行に移せば犯罪者になってしまう。


というかね?

そんな程度で満足できるわけないだろ?


繰り返すヤツってのはそこをわかってない。

見えない部分を見たいからあの手この手を使って見るわけで、それが満たせれば犯罪に手を染めることもないはず。

……まあ、一部の人の中には「そのスリルが~」とかいう変人もいるので多くは語るまい。


なんで突然こんな話をしているのかというと、目の前にひらひらと動くスカートがあるのだ。


前にいるのは、安心安定の雫さん。


「なあ、雫さんや。さっきからぐるぐる同じとこを通ってる気がするけど、どこに向かってんだ?」

「もうちょっとでわかるよ」


さっきからずっとこの返事。

かれこれ5周くらい同じとこで上って下りてを繰り返してる。


別に後ろをついてくのはいいんだよ。

階段を上るときはスカートがひらひらして中がチラチラしてくれるし、下るときは肩越しから上から2つボタンを開けたブラウスの中が見えるし。


ちなみに今日はブラが青で、下はピンク。

本人の話ではセットで買うことには買うらしいが、合わせるなんて考えることはほとんどないとか。

だから、上下がそろうことの方がレアらしい。


俺は毎朝パンツしかチェックしてないが、言われてみればそんな気がしなくもない。


サービス精神を忘れない雫さんは相変わらず至高にして最高の存在。

霞なんて目じゃないわ。


それにしたって同じとこを何回も回ってれば飽きてくる。


「あ、これかな?」


特別棟の一角をひたすら回って7周目が終わったとこで雫が何かを見つけたらしい。


「ソウくん。あの光ってるボタン押せる?」

「あ?ボタン?」


雫が指をさしている先を見ると、緑色に光ってる何かがある。

150cmちょっとの雫にはギリギリ届かない高さだ。


「あれを押せばいいのか?」

「うん」


雫の言う通りに光るボタンを押すと、どこかからガチン!と金属が当たる音がした。


「で?」

「んと、あっちのドアが開くみたいなんだけど……」

「ドア?」

「これかな?」


そう言って少し奥に行った場所にあるスライドドアを開けた。


中を覗くとホコリが覆っているが床が見える。が、それ以外は何もない部屋だった。広さは教室と同じ。


「なんだここ?」

「わかんない。ここに書いてあるんだけど、私には読めないんだよね」


端末で撮った例の図面を見ると、たしかに何か書いてある。観賞……?


「なんだこれ?」

「とりあえず中に入ろ?」

「ああ」


中に入るとホコリのにおいがより濃く感じられる。

雫は換気のためにすべての窓を開けた。


夕日のオレンジ色が部屋を染める。


「書庫の先生がいないとき、ここを使ってもいいかもね」

「あー……たしかに」


そこら中がホコリだらけなのがアレだけど。


「でも使うなら掃除した方がいいよな?」

「うん」


2人しかいないのに、何もないとはいえ教室の広さを掃除するのはマジで大変だった……。雫のパンチラがなかったら雑巾がけなんてやってられんわ。え?モップ?オンボロの特別棟にあるわけないだろ。



掃除が一通り終わる頃には、太陽がいなくなっていた。

時計を見るともうすぐ最終下校時間だ。


「ソウくん夜どうする?」

「あー……どうすっかなぁ」


親は春から都会へ転勤になったせいで、家には俺一人しかいない。


「お母さんに頼む?」

「そうすっかな。悪いけど」

「ん。わかった」


雫はスマホでメッセージを送った。


「霞も帰る時間だよな?」

「あ、そうだね。まだいるのかな。聞いてみよ」



俺たちが昇降口まで行くと、霞が待っていた。


「あの話、通ったんだ?」

「ああ」


霞は俺たちがどこの部にも入らない話をしてある。

さすがに書庫の話まではしてないが。


「今日もやるのか?」


これ以上部活の話を深堀りされても困るので、個人練習の話を振った。


「当たり前じゃん。今日も的役よろしく」

「はいはい」


霞のバレー歴は中学からだからまだ3年ちょっと。それでも2年や3年に混じって練習することもあるらしい。

なんでもスパイクの精度がエグいとか。


俺にはわからんけど。



霞の練習場所は俺の家の地下。

車庫として使うつもりで用意したらしいが、庭もそこそこの広さがあったせいで、いちいち地下に入れるのが面倒になったらしい。


俺たちが中学に入る頃には空っぽの場所になっていて、それを目ざとく霞が練習場所として使いはじめたのだ。


天井も高く、体育館と同じくらい。バレーの練習にはピッタリだったらしい。


今では撮影機材まで持ち込んで、フォームの確認とか調整まで全部ここでやってる。


雫はトスを上げる役で、俺が的。

学校でも似たような練習をするらしいけど、霞からすれば「試合でもない限り全力が出せないんだから、あんなもんやるだけムダ」らしい。

逆に言えば、俺には全力で打ち込んでるということでもある。「的」と言われた意味がわかるだろ?


ウチの地下でやる霞の練習の仕方は単純。


雫が打ち上げたトスを霞が俺をめがけてスパイクを打つ。俺はそれをレシーブで雫のところに返す。

といっても俺はバレー部じゃないし、霞は無回転とか強烈な回転をかけたりするため、ボールはあっちこっちに飛んでいく。


雫のところにボールがなくなったら今度は霞は後ろに下がってサーブの練習。雫がヒーヒー言いながらあっちこっちに転がったボールを霞に投げていく。

俺が的なのは変わらない。返せるものは返す。


雫が白旗をあげる直前くらいで切り上げて、霞は撮影したカメラで動画をチェック。

この間に雫は休憩して、俺はボールを回収する。


これを3年やったおかげで、雫は文化部にも関わらずまったく体型が変わらなかった。あ、丘だった胸がシャツを押し上げるくらいの山になったわ。でも、変わったのはそのくらい。


「ソウくん、ドリンクもらうね」

「ああ」


この駐車場には冷蔵庫もある。

中学の夏場、冷房のないこの空間でやって死にそうになったことがあったため、親がここに冷蔵庫を置いたのだ。


そのうち夏場のコンクリートの暑さに耐えられるようになったらしく、クソ暑い夏の大会でもみんながヒーコラいってバテているのに、一人だけコンディションを落とすことなく平気な顔をして試合をやっていた。


ホント、霞にとっては至れり尽くせりとはこのことじゃないか。


こんな練習を3セットやって終わるころになると、雫のとこに夜ご飯のお知らせが届く。



「霞のスパイク、重くなったんじゃねえの?」

「え?そう?」


毎日やっている練習だが、ここのところスパイクを打つときのボールの音が鈍くなっている気がしていた。

腕に来る衝撃もかなり重い。とくに無回転がヤバい。膝で緩和させてるけど、腕で受け止めず床に行かせてしまいたいくらい。


「なんか先輩たちも言ってたんだよね。アタシには全然わかんないんだけど」

「なにかしたわけじゃないのか?」

「んにゃ?やってたらアンタもわかるでしょ」

「まあ……そりゃそうだけど」

「でも、あれじゃあまだなんかなあって感じなんだよね」

「まだ違うのかよ……」

「んー無回転はいいかもしんないけど、ほかはダメダメだね。アレじゃブロックされて詰む」


中学時代にあった霞対策は結構シンプルで、3枚ブロックを置いてさらに射線を誘導させる方法。それからそもそも霞にスパイクを打たせないなんて方法もあった。


とはいえ、霞もバカじゃない。射線の先にいる人が取れないスパイクを試行錯誤している。それがここでの練習の目的だ。


「ま、よくわかんないから、練習は継続だね」


どうやらまだ的役は続くらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る