第5話 「その名も言えません部」

「へえ……これは悪くないかも」


結局数の暴力に負けた霞は、俺に膝枕を明け渡した。

そして、膝枕をして2分後の感想がコレ。即落ちと言っても過言ではないでしょ。


「ね?いいでしょ?」

「うん……っていうのはちょっとアレだけど、こう見えるのはいいかもしんない」

「あ、わかってくれた?」

「わかりたくなかったけど、アンタが言ってたことはわかった気がする」


雫の膝枕は柔らかさに振った感触だが、霞の方はバレーをやってるだけあって固め。ソバ殻の枕に近いかもしれない。枕にしては固いがこれはこれで悪くない。肌の質感は雫の吸い付くような質感ではなく、スベスベ、サラサラ。前にデパートの中にあったクソ高い店に絹の生地の服の感触とかなり似てる。


横向きの体を仰向けに変えてみる。

やはり、山が丘に替われば見える視界も広くなる。視界が広くなるこの見え方もいいな。屋上で空が見たいときはこっちのほうがいいかもしれない。


「ちょっと?失礼なこと考えてないでしょうね?」

「いや?」


霞は雫とは別の花のような甘い匂い。双子なのに胸以外にも結構な差がある。これはスカートの中もかなり違いがあるはず。スカートの中探検家としての好奇心をくすぐられる。


「変なことしたらコレ、ぶちまけるから」

「やめろ。部屋が牛乳臭くなるだろ」


霞のヤツ、友達に「無い」と言われてから乳製品をとることが目に見えて増えた。部活で水分補給する以外は家でも学校でも飲み物といえば牛乳、食後にはヨーグルトと涙ぐましい努力をしてると雫が言ってた。こんな生活フツーなら太るような気がしなくもないが、部活に加えて俺とも練習をしてるせいか、まったく見た目には変化はない。そう。変化がない。まったく言っていいほど変化がないのだ。残念なことに。


ま、そんなことは俺にとっては小さきこと。今は霞のサラサラ、スベスベの膝枕を堪能しよう。


「で?アンタたちは部活は決めないってことでいいんだ?」

「まだ、な」


少なくとも雫の膝枕を甘受できる場所を見つけるまでは放置でいい。



部活動が本格的に始まって1週間がたった。この間、新しい部活ができたという話は出なかった。


というのも、この学校の部活は生徒の欲望を体現したものがほとんどなので、申請したところで「それならここに行ってみれば?」と先生に言われて、行ってみたらその活動内容に満足してそのまま入部してしまうケースが大半を占めていた。


そんなこんなで、申請はあれども新しい部活ができることはなかった。


「結局新しい部活は出来なかったみたいだな」

「だな。まあ、あれだけあればどれかには引っかかるだろ」


「お前を除いてな」と四郎は言うが、実は雫も決めてない。部活紹介のときに見たものが恐怖以外の印象がなかったせいで、どこも選べなくなってしまっていた。同じクラスの友達から誘いを受けてるようだが、なんやかんや理由をつけて断ってるらしい。そばにいる霞がそう言ってるんだから間違いない。


「ま。アタシはいいけど、雫はしょうがないよねー」と霞も擁護してるのが、これまたなんともいえない。


「でも、そろそろ決めないと先生に言われるだろ?」

「だろうなあ……あーだる……」


新しく部活を作るには、人数以外にも、部室となる「部屋」、監視役になる「顧問」を用意する必要がある。部室も現状でほぼ一杯らしく、新しい部活を作る障害の一つになっている。


ただし、あくまでも「ほぼ」一杯。使ってない部屋を見つけて許可さえ降りれば部室として使うことができる。すでにある部活の中でも、芸術部と美術部のように美術室を共有してたり、増築と改築を積み重ねてダンジョンと化した広大な校舎をマッピングして端末に反映する校舎探索部のような特定の部室を持たない部もある。


校舎探索部に見つかっていない部室と顧問さえ見つかれば、変な話どうとでもなってしまう。


「作るのか?」

「ん?」

「部活。作るのか?」

「あー……考え中。申請を書けばいいったって出すのに職員室に行かなきゃいけないのがな」

「それな。わかるわ」


と言いつつ、目星は付けていた。


だが、あの場所と人はかなり条件が厳しい。


まず、場所。

たどり着くまでに人に会わないこと。かなりの人嫌いらしく、その場所を大声で通るだけで部屋を封鎖してしまう。だからその部屋にたどり着くまで誰にも会ってはいけない。


仮にたどり着いてもさらに条件がある。その部屋が開いてるかどうかは行ってみないとわからないことだ。


その部屋の住人は、不定期の週2勤務だからいついるかもわからない。開放されているかどうかも目印すらないのだ。そんなんで生活できるのか?とも思うが、隠れて副業してるらしく、主な収入はそっちの方がだとか。


一応、部活の話はしてあって、顧問にはなってもいいが、活動場所を非公表にすること、申請は担任ではなく、校長に通すことを条件にされた。


申請ごときに校長室に行くとか怖すぎる。だが、行かないとこの部屋が使えない。


あんまり遅くして担任に突っつかれても困るので、背に腹は代えられなかった。



放課後になり、クラスメイトはそれぞれの部活に向かう。雫の友達はわざわざ雫に一声かけてから出てってる。いい子たち過ぎて涙が出そう。



誰もいなくなった教室に取り残された俺は雫と一緒に校長室に行くことにした。


「話は聞いてるよ。申請は許可しよう。生徒会には……まあ、いいか。面倒だし」


そういってハンコを押して決済と書かれた箱に入れた。


「それにしてもよくあの場所に行き着いたね。歴代でも1位の記録だよ」

「はあ……」


校長先生は面白そうに話すけど、俺にはその凄さがわからない。


「っていっても君にはわからないか。あそこにたどり着くまでかなり条件が厳しいだろ?ほとんどの生徒はあの部屋があることを知らないまま卒業するんだ。たとえ、それが校舎探索部の連中であってもね」

「校舎探索部でも知らないんですか?」

「知らないよ?生徒が発見したのは6年ぶりかな」


6年……たしかに校舎探索部でもあの場所は知られてないようだ。


「そして発見者はこうして校長室に案内されて口止めをされるわけだ。無論、タダじゃない。こちらも相応の対価を出すよ。君たちには部室と顧問が対価になるね」

「はあ……」

校長先生は決済の箱に入れた申請書を手に取って眺める。

「場所が非公表に、顧問も非公表、人数まで非公表。それで部活名は『言えません』か……うまいこと考えたね」


そう。徹底的に非公表を貫くなら、すべてを明かさない工夫が必要だ。


顧問も活動場所も非公表なら、ほかが条件に満たさなくても、それを知ってる人を絞ってしまえば問題になることはないだろう。


そう考えて書庫の主に顧問になってもらうように頼んだ。申請の提出先を校長先生にしたのも、全容を知ってる人を絞るためだろう。担任やほかの先生に出せば、それだけで部活として紹介するし、そうすれば生徒にも漏れる。


だが、それは「秘匿された場所」という存在が消えることを意味する。だからこそ、校長先生に直接出すしかなかったのだ。


「でも……そうか。なら、君らには教えといた方が今後のためになるかもしれんな」


そういうと校長先生は机の引き出しを開けて中身を出すと、そのまま引き出しを外してソファがあるローテーブルの上に乗せた。


「この中には増改築したときの図面がある」


校長先生はコンコンと引き出しの底板を叩いてそう言うが、出された引き出しはどこをどう見ても図面があるようには見えない。


「ん?あれ?これ、なんだろ?」


何かを見つけたのか雫が引き出しの奥の両隅を指した。

ものすごく小さいがよく見ると何かを引っ掛けるような形をしている。針の穴より小さいけど、たしかにそれは何かが入る穴だ。


「ほう?よくわかったね」

「でも、こんなのどうやって開けるんだろ?針じゃ折れちゃいそう」

「そんなとき使うのがこれだ」


そう言って校長先生が取り出したのは先端がかぎ状になっている2本の棒。


「先代の校長先生が無類の編み物好きでね。どうせ学校に来てもどこかでやってるんだから、いつでも持ってるモノを鍵にしてしまおうってなったんだよ。そのときは『編み物に使う道具を鍵にするなんて!』って怒られたけどね」


両方の隅にある穴にかぎ状になっている部分を挿して引っ張ると1枚だった引き出しの底板がバキッ!と半分に割れた。


「え?」

「大丈夫。問題ない」


いや、大丈夫ってその板が割れたのは大丈夫じゃないでしょ?


真っ二つに割れた底板を外すとその中にはA3の紙が入りそうなくらい大きい封筒があった。


「この中に図面がある。見てみるといい」


校長先生は封筒の中から紙を数枚出すとローテーブルの上に広げた。


「この図面は特別棟のモノだ。教室棟の図面はどこでも見られるし、そもそもみんな使ってるからここで改めて見せる必要もないだろう」


「ここで見る分には構わないから、あとは若い2人で楽しんでくれ」と言い残して校長先生は仕事に戻った。

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