第2話 「テーブルの下はやっぱり黒かった」

雫のスカートの中を堪能することなく、そのまま昼休みが終わってしまったことを心底後悔した。後悔しすぎて授業の内容は全く覚えていない。


帰りのホームルームが終わって帰る用意をしてると、霞に声をかけられた。


「行きたいとこがあるからついてきて」

「は?」


そういうと霞はさっさと教室を出てってしまった。


「おいおい、今度は妹からかよ?いいご身分ですなぁ」


後ろの席から茶化す声が聞こえた。


「雫ならともかく、霞の方はあんまりいい内容じゃないことが多いからできれば変わってくれ」

「そこまで言われて『変わります』なんて言うヤツいるか……?」


いないですね。サーセン。

ウマいこと逃げれないかな。先に行ったし、うまく逃げられるかもしれん。


俺はカバンを持って霞に見つからないように昇降口を目指した。



「で、行きたいとこってファミレスかよ」

「いいでしょ別に」


先に行ったと見せかけて階段で待っていた霞に連れてこられたのは、俺の家と霞と雫の家の中間にあるファミレスだった。


新商品が出たり、家だと集中できない勉強をするときなんかに使うため、店員に顔を覚えられている。


「いらっしゃいませー!あ、いつもの席空いてるよ」


顔見知りの大学生のお姉さんにいつもの席こと奥の壁で囲まれた一角にある席まで案内してもらう。


「あれ?雫ちゃんは?」


いつもなら3人でくるのに、今日は2人だけで来てることに疑問を持ったようだ。

言われてみれば雫も一緒じゃないな。珍しい。


この双子はその見た目からちょくちょく声をかけられる。その声にいちいち対応してたら何もできなくなるので、2人で行動してるのだ。


「雫ならいつものアレよ」

「ああ、雫ちゃんも大変だね」

「高校でもとなるとね〜」

「霞ちゃんも呼ばれてんでしょ?」

「まあ……」

何かを思い出したのか苦い顔をした霞。


顔がそっくりなこともあって、間違えて告白されることも多いらしい。「アレ」とはつまり、そういうことだ。今回は霞と雫で間違ってないといいな。


事あるごとにそろって俺に報告してくるせいで、知りたくもない双子の恋愛事情をこうして知るわけだ。一番最近のヤツは霞と雫を見事に間違えた。


「間違えるとかマジありえないし。ってか、そもそもその程度しか知らないのに話しかけてこないでほしい」と霞が半ギレで俺にイチャモンをつけてきたのは記憶に新しい。おかげでバレーの練習はその名を称した折檻だった。


嫌なことを思い出した俺は、話が膨らみそうな女子トークがはじまる前に注文を入れる。


「とりあえずピザとドリアとドリンクセットで。霞は?」


このお姉さん、話好きだから長くなりそうな話の切れ間を狙って注文を頼むしかない。じゃないないといつまでも俺たちに貼り付いて、ずーっと際限なく話し続けるのだ。


「ちょっと、これからなのに遮らないでよ」


お姉さんが膨れ顔で睨んでくるが、この人も雫や霞とは違う方向ではあるものの、かなりカワイイ系なので、あんまり怖くない。というか膨れ顔もカワイイ。


口を尖らせて蒸気を溜め込んだSLのようにプスプスいいながら端末を操作してるのをほっこりとした気分で見てると、ガスッとスネを蹴られた。


「イテッ!」

「ん?どうした?」

「いや、なんでもないです……」


蹴られた足をさすりながら霞の方を見ると、お姉さんに見えないようにメニューで顔を隠しながら俺を睨んでる。


「そう?ならいいけど……」


「霞ちゃんはどうする?」と霞に注文を聞くと、霞は新商品のスイーツを頼み、お姉さんは店の奥に引っ込んでいった。


「あんまり人のことジロジロ見ないでよ。恥ずかしい」

「見てねえよ」

「見てたじゃん。ウソ言わないでよ」

「いや、見てないし」

「見てた」

「見てない」


2人でしばらくいがみ合ってると、お姉さんが頼んだピザとドリアを持ってきた。


「お待たせ〜……何おもしろいことやってんの?」


かなり白熱してたらしく、お互いの顔がすぐそこにまできていた。


「「――ッ!」」


弾かれるように元の位置に戻った。


「あれ?終わり?まだやっていいんだよ?」

ニヤニヤしながらお姉さんはそう言った。

「そう言われてやる人はいないでしょ……」


ロクでもないことで争っていたことに気付いてしまい、なんだか疲れてしまった。


「なんだ、つまんない。はい。ピザとドリアでーす」


他の客には出さないようなやる気のない声で注文したものを置いてく。


「そんなやる気のない感じで大丈夫なの?」

「うっさい。いいの。このくらい。どーせほかの人からは見えないし、聞こえないもん」


霞の前に新商品のスイーツを置くと、店員モードに切り替わった。


「これで全部でしょうか?」

「え?はい。大丈夫です」

「じゃ、ごゆっくり~」


急に対応が変わったから少し驚いてしまった。


まだ居席るつもりだったようだが、ちょうどいいタイミングで新しい客が入ってきたらしい。


俺と霞は順番にドリンクを取りに行き、ようやくピザに手を付け始めた。


「で?それを食いに来たわけじゃないだろ?」


俺は硬くなりつつあるピザを食べながら霞に尋ねた。

単に新商品のスイーツを食べにくるだけなら、雫も一緒に来るはず。

なのに、わざわざ2人でここに来るのは、それ以外に用事があるからだ。


「アンタ、野球は続けないの?」

「は?」


スイーツを一口だけ口に入れると、そう切り出してきた。けど、聞いてきたことがどーでもいいこと過ぎて固まってしまった。


「急にどうした?」

「中学までやってたじゃん。高校でも続けないの?」

「なんで?」

「それは……何でもいいでしょ。別に」

「?」


霞はズゾゾゾ!と一気にドリンクを吸い込んだ。半分以上あったんだけど、一気に吸い込めるとか、どんだけの肺活量してんだ、コイツ……。


「で?どうなの?やんないの?」

「そんなことを聞くためにわざわざ……?」


え?クッソどーでもよくね?なんで俺が部活やるかどうか気にするの?


「いいじゃん。別に。聞いても」

「まあ、そうだけど」


小学生のときにはじめた野球は、たまたま強いチームに入ったおかげで、中学でも2年からレギュラーで定着してそれなりの結果を残していた。だけど、中学では小学生のときのような面白さを感じなくなってしまっていた。


俺はそんな状態のまま続けてもいいのか、考え続けている。


「高校野球って『根性!』って感じがすごいだろ?アレについてく気はないかなーとは思ってる」


割れるほどの腹筋はいらないし、腕もムキムキになるまで鍛えても得るものが少ないような気がしている。

まあ、握力とか脚の筋力はそれなりに必要ではあるけど、それでもやっぱり限度みたいなのはあると思う。その辺、やってる部活はどうなのか、部活紹介をみて判断する必要はある。


他人から見れば「甘い」といわれそうだが、これまでやってきた俺の考え。甘くて結構。それで体を壊すくらいならやらない方がいい。

とはいえ、今の状態を維持できるくらいには運動した方がいい気はしてる。


「そっかー」


霞はどこか残念そうな声を出した。


「野球をしないからって霞の練習に付き合わないわけじゃないぞ?」

「え?」


中学まで休日の夕方になると俺の家でバレーの練習に付き合っていた。根性しか頭にない部活に入るくらいなら、コイツの練習に付き合う方がよっぽど健全だろう。


「つーか、高校で野球することになればそれこそ霞と練習どころじゃなくなるわ」

「そうなの?」

「そうだよ」

「ふーん。じゃあいいや」


なにに満足したのかわからないが、急に残りのスイーツをパクパク食べ始めた。どうやら霞の機嫌がよくなったようだ。


「あ!」


ピザを食べ終わり、ドリアも半分まで食べ進めたところで、突然霞が声をあげた。


「どうした?」

「撮るの忘れた!」

「はあ?」


霞は、新商品を食べるときはスマホで写真を撮って、SNSにアップしたり、友達と品評会をするらしい。


「創司、まだ食べれる?」

「食えるけど、デザートの気分じゃない」

「でも食べれるんでしょ?ならいいや」

「おい」


そういって霞は2つ目のスイーツを頼んでしまった。


「この半分は食べるから残り食べて」


写真を撮って満足したのか、明らかに半分よりも多い量のスイーツを押し付けられた。


「多くね?」

「そのくらい何も言わずに食べてくれた方が女子のポイント高くなるよ?」

「……」


勝手に頼んどいてこのザマ。キレそう。

でも、ここであーだこーだ言っても状況は変わらないので、溜息を吐きながらしぶしぶスイーツにスプーンを入れる。


「あれ?甘くない」

「でしょ?これなら晩御飯もイケるでしょ?」

「それはないけど」

「あれ?」


こっちはピザにドリアまで食ってるんだぞ。これ以上食えるわけねえだろ。


そんな俺の思いを察するわけもなく、霞は新商品が書いてあるメニューを眺めてる。


「さすがにもう食えないぞ?」

「わかってるよ。今度来たときのためにチェツクしてるだけ」

「ならいいけど、俺が食えそうだったら頼むつもりだっただろ?」

「あ、バレた?」


ニヒッと霞は笑ってメニューを戻そうメニュー台に置いた。だが、メニューはちゃんと差さってなかったらしく、テーブルと壁の間に入ってそのまま落ちてしまった。


「あ……」


そう言ってテーブルの下を覗きこむ。


「あー……創司の方に行っちゃった。ゴメン。とってくれない?」

「え~?メンドクセーな」


どう落ちたらそうなるのか、メニューは壁のある左側ではなく、右側に落ちていた。


「なんでこっちに飛んでんの……?」


メニューを拾って席に座ろうとすると、視界の端に何かが動いたのに反応して、目がそっちに行ってしまった。


「――ッ!」


動いてたのは何のことはない。霞の白い脚だった。バレーをやってるだけあって、雫よりも筋肉質だが、どこか柔らかそうな感じもする。その2本の脚が開いていて、スカートの奥が見えそうだ。


ただ残念なことに、この位置では見えない。暗すぎてスカートの奥が影になってしまっているのだ。


これが雫だったらそのままスカートの中に顔を入れてしまうんだが、相手は霞。


蹴られでもしたら、痛いではすまない。が、滅多に見れない霞のパンツは大いに興味がある。このまま霞のスカートの中に顔を入れてみるか……?


「ねえ?ちょっと、いつまで潜ってるの?」

「わ!」


ガン!


霞のスカートの中しか考えてなかった俺は、なかなか出て来ない俺にしひれを切らした霞の顔が出て来てビックリしてテーブルに頭をぶつけてしまった。


「いてえー」


俺は痛む頭を押さえながらズルズルとはい上がるように席に戻った。


「ちょっと大丈夫?」

「ああ……」


かなり大きい音が出たせいか、こっちを見る目が多い。


「帰えるか……」

「そうだね」


そんなに長くいたつもりはなかったが、外に出ると暗くなっていた。


「送ってくか」

「ん。よろしく~」



この辺は住宅街で、行き交う人は少ない。

変な人が出たという話は聞いたことはないが、それでも一応暗くなったら送ってくように言われている。


「ね、さっきテーブルの下で何してたの?」

「え?」

「だって、なかなか戻ってこなかったじゃん。何してたの?」


スカートの中を見ようとしてました。


なんて言うわけないだろ。


「メニューがなかなかとれなかったんだよ」

「ふーん……?てっきりスカートの中気になって見てたのかと思ったんだけど」


鋭いな。

霞は人の視線をかなり気にするタイプで、たまにこうして名推理をしたりする。

が、それを肯定するわけにもいかない。


「霞のパンツなんか見てもなあ……」

「ちょっと、なにそれ?どーゆこと?」


見れるのレアだが、あんなに簡単に見せてくれるワケがない。自分からスカートをたくし上げてパンツを見せる霞なんて想像もつかない。


「なんか失礼なこと考えてない?」

「いや?」

「で、見たんでしょ?」

「何を?」

「見てないの?」

「なんのことだかわからないけど、脚くらいなら見た」


ここは事実を言っておくに限る。スカートの中まで見るなら脚を見てもなんのフシギもない。


「ふーん……」


だが、霞の一言で状況が変わった。


「雫のスカートの中に顔を入れるわりに、あたしのスカートの中には入れないんだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る