おまけ 恋愛マスターの敗北
とある週末、田中愛梨は友人の壱牧くるみと一緒に緑地公園にいた。
愛梨たちは深々と帽子をかぶって顔を隠し、物陰から一組の男女の様子を覗いている。
その一組の男女こそ、ウラシマと蒼城瑞樹だ。
愛梨はくるみと一緒にウラシマたちのことを尾行していた。
(今度は瑞樹とあの人……か)
愛梨は以前、瑞樹と一緒に、ウラシマとくるみの焼肉デートを尾行したことがある。
今回は瑞樹とくるみが入れ替わっての尾行だ。
おかしなことになっていると心の中でため息をついた。
そもそも、愛梨が貴重な休日を費やして、緑地公園でこんな尾行をしているのはくるみに頼まれたからだ。
――恋愛マスターの愛梨ちゃんを見込んで頼みがあるの!
事情を聞いてみれば、瑞樹がウラシマに恋愛感情を抱いているのかどうかを知りたいらしく、それを恋愛マスターの愛梨に判断してほしいとのことだった。
(あたしは恋愛マスターってほどでもないんだけど……)
真帆川女子高の生徒の中で言えば恋愛経験値は高いかもしれないが、百戦錬磨な女性と比較して偉そうにできるほどのものではないと思っている。
――お願い、恋愛マスター!
雪の妖精みたいな美少女に、尊敬のこもったキラキラした目で頼み込まれて断れる者がいるだろうか。いや、いないと愛梨は思う。
そんなこんなでくるみにのせられて、愛梨は瑞樹たちを尾行するはめになったのである。
「そもそも、なんであの2人が一緒にいるの?」
「ん?」
「あのウラシマって人、くるみの恋人じゃないの?」
くるみとウラシマが焼肉デートをしている最中、恋人のようにぴったりと密着していた。
「ウラシマさんとはそんなんじゃないよー」
「そう……なの?」
愛梨は男女の間に友情は存在しないと考えるタイプだ。
だからこそ、家族でもないのにあれだけ親密にしている相手が、異性の関係でないことに驚きを隠せない。
「恋人じゃないけど、でも、とっても大事な人……かな?」
くるみが胸の前で両手を組んで、はにかみながら言う。
(めちゃくちゃ可愛いッ!)
恋愛脳な愛梨から見れば、完全に恋する乙女だと思った。
だが、くるみ自身は自分の気持ちを決めかねているようだ。
愛梨が思うような恋愛感情かもしれないし、友情なのかもしれないし、家族に抱くような親愛なのかもしれない。
だとすれば愛梨がその曖昧な感情の方向を定めてしまうことは許されない。
「くるみの大事な人なウラシマさんが、どうして瑞樹とデートしてるの?」
「最近、よく3人で一緒にいるからねー」
焼肉デートを目撃したのは、そこまで昔ではない。
そのときの瑞樹はウラシマを敵視していた。
男は全員クズだと主張する彼女が、短期間で心を許すとは到底信じられない。
(良い雰囲気じゃん)
ウラシマと瑞樹は色とりどりに咲き誇る花を眺めている。
2人を見てカップルだと思う者もいるだろうし、年齢が離れているから親子や兄妹だと思う者もいるかもしれない。
いずれにせよウラシマと瑞樹の2人が親密な関係を築いていることは間違いないらしい。
「その……くるみはいいの?」
瑞樹たちの様子をニコニコと楽しそうに眺めるくるみに問いかける。
「何のこと?」
「ウラシマさんを瑞樹に盗られる……とか思わないの?」
「? どうして?」
くるみが首を傾げる。
愛梨の質問の意図を本当に分かっていないようだ。
「ウラシマさんも瑞樹ちゃんも凄く大事な人だから。2人が仲良くなってくれるなら、それに越したことはないよ。だからもし瑞樹ちゃんがウラシマさんに恋愛感情があるなら応援したいんだ」
「甘いよ、くるみ。甘すぎる!」
愛梨は過去のトラウマを思い出して声を荒げた。
女同士の友情は恋愛によって容易くヒビが入るのだ。
高校1年のとき、いつも遊んでいた友人が、彼氏が出た途端、愛梨と全く遊ばなくなったのは悲しい記憶だ。
「付き合い始めたらくるみが除け者にされると思う」
「除け者にされても無理やり一緒にいるから大丈夫だよ」
「えぇ」
自信満々に主張している。
それはそれでどうなのだろうかと愛梨は思った。
「付き合ってる男女は、ほら、2人きりの時間とか必要だから、さ」
「そこに私も加わればいいんだよ」
「いや、そういうことじゃなくて、えっと……」
どう伝えたものかと愛梨は悩む。
妖精みたいな美少女に下世話な話をすることは気が引けた。
「えっちするってことじゃないの?」
「えっ!? いや、そうだけど……。えぇ……」
まさかの3P宣言である。
真帆女の恋愛マスター・田中愛梨。
彼女は己の手には負えないと降参した。
(誰かこの子にまともな情操教育をして!)
◆
緑地公園にある売店から、瑞樹とウラシマが出てくる。
瑞樹は小さな袋を手に持ちながらホクホク顔だった。
「瑞樹、嬉しそう」
「お気に入りのキャラの限定コラボ商品があそこに売ってるからね」
くるみがそのことを伝えて、自分は予定があるからと2人で買いに行くことを勧めたそうだ。
その予定とは当然、2人をこうして尾行することである。
もう何も言うまいと愛梨は思った。
「はぁ、私も男の人からプレゼント貰いたいなぁ」
「瑞樹は自分で買ったと思うよ」
「あー……そういえばそうだった」
瑞樹は男からの施しを極端に嫌う。
そんな彼女が素直にプレゼントされることはあり得ないだろう。
「ん?」
瑞樹が購入した商品を袋から取り出した。
遠目に見ているためはっきりとは分からないが、ストラップのように見える。
「えっ!?」
その光景を見て、愛梨は心の底から驚いた。
(瑞樹が男にストラップをプレゼント!?)
お揃いのストラップを購入して、その片方をウラシマに渡したようだ。
(瑞樹が成長している……ッ!)
反抗期にグレて手のかかっていた息子が、やがて就職して初任給で温泉旅行をプレゼントしてくれたときのような感動を覚えた。
「ちょっとうらやましいかも」
隣で一緒に覗き見しているくるみが、お揃いのストラップを持つ2人を羨んでいた。
どうやらくるみにも嫉妬の感情がちゃんとあるらしい。愛梨は安心した。
恋愛は奪い合いだ。
親友同士であっても、同じ男を取り合えば勝者は一人だけ。
恋愛とはそういうものなのだ。
くるみは、まるでカップルみたいな瑞樹たちに嫉妬している。だから、さきほどの3P発言は何かの間違いに違いないと愛梨は思った。
「私も2人とお揃いのストラップ欲しいなぁ」
(3P路線だー!)
他称恋愛マスター・田中愛梨は匙を投げた。
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