第53話 おまけ

 共同生活をするとなると誰かが必ず家事をこなす必要がある。

 順番でやる場合もあれば、役割を割り振る場合もあるだろう。

 俺たち3人の場合は、主に俺が家事を行っている。

 くるみちゃんと瑞樹は高校生だ。毎日学校に通い、勉強するという仕事がある。

 反対に俺は時間が有り余っている。故に自然と俺が家事をこなすことになった。


「そんなにジッと見られたらやり辛いだろ」

「ウラシマが変なことをしないか見張っているだけ」


 ある日、瑞樹は俺が彼女たちの衣服を洗濯しているということに気がついた。

 俺しか家事をする者がいない以上当たり前のことだとは思うが、お嬢様な彼女は毎日衣服が綺麗になってたたまれていることに何の疑問も抱かなかったらしい。

 だがふと、瑞樹が気づきを得た。

 俺が彼女たちの衣服を、つまりは下着を洗っていると気がついてしまった。

 その結果、洗濯ものをたたむ俺を傍で監視することになったのだ。


「ウラシマがくるみの下着に興奮して卑猥なことをしないか心配だから」

「ガキじゃあるまいし、下着の一つや二つで何も思わないっての」


 下着のチラリズムなんてのはいくつになっても男を魅了するものではあるが、ただの下着に興奮するのは思春期の男子ぐらいなものだ。


「そんなはずない! だって、あのくるみが脱いだ下着だから! ……うッ」


 何やら興奮したらしく鼻を手でおさえている。

 ……瑞樹は思春期の男子と同レベルだ。むしろそれより酷いかもしれない。

 彼女自身だって同じような下着を使っているのだが、くるみちゃんの下着は特別であるらしい。

 特殊な性癖をもつものなら、脱いだ後の下着を好きな者もいるかもしれない。でももう洗った後だし、ただの下着がどうしてそこまで彼女を駆り立てるのか。

 俺には瑞樹の思考がよく分からない。若者の嗜好を理解できないおっさんになってしまったということなのだろうか。


「そんなことで一々興奮してたらまともに洗濯もできないっての」

「くるみの下着はそんなことじゃない!」


 相変わらず面倒くさいやつだ。


「だったら瑞樹がやるか?」

「いや、それは……」


 瑞樹は家事ができない。

 洗濯物をたたませようものなら、服はシワができて着れたものではないだろうし、下着もすぐに傷んでしまうだろう。

 彼女も自分のスキルを把握しているのか、反論できずに俯いてしまう。


「くるみちゃんもやりたがらないし、だったら俺がやるしかないだろ?」

「仕方なくウラシマがやるということにはめをつぶる。でも監視はする」

「はぁ……勝手にしろ」


 隣で正座しながら俺の動きをじっと見ている。

 やりにくいったらありゃしない。

 とっとと満足してもらうため、くるみちゃんの衣類を選んでたたんでいく。


「私のくるみがウラシマに穢されていく……」


 なんだこいつ……。


「あぁ! そんな大事なところまで触るの!?」


 騒がしい外野は無視して早く終わらせるに限る。


「なんという無力感。今ほど己の無力を呪ったことはない」


 瑞樹が胸をおさえている。

 息は荒くなり、目は潤み、顔は火照っていた。

 なんというか……エロい。

 瑞樹の視点では、大事なくるみの下着が俺というおっさんに滅茶苦茶にされているという状況だ。

 不快な気持ちになるところだと思うのだが、どう見ても興奮しているようにしか見えない。

 もしかして寝取られ好きな性癖でもあるのだろうか……。

 中々に業が深い女なのかもしれない。


「なに……?」

「くるみちゃんの分は終わったぞ」

「そう」

「後は瑞樹の分だがたたんでいいのか?」

「私は別に……き、気にしてなんかいない。好きにすればいい」


 明らかに動揺している。

 瑞樹はくるみちゃんの下着をたたむという行為を、くるみちゃんが不埒なことをされていると判断した。

 であるならば、瑞樹の下着をたたむという行為も、瑞樹に不埒なことをしているということになる。


「あっ」


 瑞樹の下着を拾い上げれば、彼女が思わずといった感じで声をあげた。

 両手で口をおさえながら、なんでもないと首を横に振っている。

 その様子に呆れつつ、作業を続けていく。


 瑞樹は黙り込んで俺の動きを見つめていた。

 静寂の中で洗濯物をたたむ音だけが静かに聞こえる。

 時折、唾をのみこむ音が聞こえた。

 非常にやりづらい空気の中、俺はなんとか自分の仕事を終える。

 たたんで重ねた衣類を瑞樹に手渡した。


「私は傷物になってしまった……」


 下着をたたんだぐらいで大げさにもほどがあるが、彼女はいたって真剣だ。

 「責任をとってやろうか」なんてセクハラ親父みたいなギャグをかませば、『魔女』の城での失敗を再び犯してしまうだろう。

 あのときはくるみちゃんも怒ってしまうし、瑞樹はずっと拗ねてしまったしで大変だった。

 また同じようなことにならないためにもかける言葉は慎重に選ぶ必要がある。

 俺が声をかけるよりも先に、瑞樹が言う。


「責任とって」

「えっ?」


 この後、物凄く頑張って誤魔化してうやむやにした。

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