第52話 エピローグ
『魔女』の城に戻ると、くるみちゃんと瑞樹が出迎えてくれた。
「ウラシマさん!」
俺を発見したくるみちゃんが走ってくる。
顔には笑みが戻っていた。ある程度は立ち直れたということか。
その様子に安堵していると、彼女は走って近づき勢いよく抱き着いてきた。
「うぉっ」
油断していた。
一切のためらいのない全力タックルに身体がふらつく。
なんとか倒れずにはすんだが、ちょっと危なかった。苦言を呈そうとするが、それよりも先にくるみちゃんが言う。
「大活躍だったみたいだね」
「聞いたのか?」
「他の魔法少女たちもウラシマさんのこと褒めてたよ」
城内にいる魔法少女たちの視線は明らかに変わっている。
最初に城に来たとき、俺は異物だった。存在し得ないはずの男として警戒されていた。
レッドソードにキスをされたとき、俺は敵だった。アイドルを奪ってしまった存在として憎まれていた。
「現金なやつらだなぁ」
修復戦に参加できるのは魔法少女の中でも力のある者に限られる。『魔女』のヒエラルキーの中で上位に位置する者たちだ。
俺はそんな彼女たちの命を守ってみせた。多く発生していたはずの犠牲者をゼロに抑えてみせた。
訳の分からない警戒すべき男は、自分たちを守ってくれる頼りになる存在だと判断したのだろう。
「もう大丈夫なのか?」
「うん! 今の私は元気いっぱいくるみちゃんだよ!」
わざとらしく明るく振舞っている。
空元気なのは明らかだ。
「くるみちゃん」
目をみつめながら、その名を呼ぶ。
くるみちゃんはバツが悪そうに苦笑した。
「まだちょっと不安な気持ちはあるけどだいぶ落ち着いたよ」
「そうか」
頭を撫でる。
彼女はくすぐったそうに目を細めた。
「あの警報を聞いた瞬間、急に自分が消えちゃいそうな気がしたの」
俺ぐらいの年齢になれば、記憶がないからといってアイデンティティに揺らぎはないかもしれない。
でも彼女は思春期の女子高生だ。まだこれから自己を確立していく段階だ。土台となる過去の記憶は重要になってくる。
にもかかわらず彼女の土台は越山ドームに奪い去られた。
彼女がどれだけの不安な気持ちにおそわれているのか。俺には想像もつかない。
「消えそうになっても俺が掴んで取り戻してやる」
「ほんとに?」
「当たり前だろ」
くるみちゃんには記憶もなく、家族もいない。
故に彼女は自分の手で居場所を見つけていく必要がある。その一つが親友の瑞樹なのだろう。
そして俺も、彼女の居場所の一つになりたいと思う。
「えへへ、ウラシマさん大好き!」
くるみちゃんが目一杯抱き着いてくる。
少し苦しい。
でもその苦しさは、くるみちゃんが俺を信頼してくれている証なのだと思った。
「……」
視線を感じる。その先には瑞樹がいた。
むすっとした表情で俺たちの方を眺めている。
「なんでも……ない」
俺が何かを言うより先に、瑞樹は弁明して顔を伏せた。
どうやら嫉妬しているらしい。
「くるみちゃんが俺にばっかり構うから、瑞樹が拗ねてるぞ」
「そ、そんなんじゃ!」
「くるみちゃんは瑞樹のことも大好きだよな?」
「~~ッ!?」
狼狽する様子を見て、くるみちゃんがにやりと笑った。
「えぇ~、どうかなぁ?」
瑞樹が落ち込んだ。
くるみちゃんは優しい子だ。人を傷つけるようなことは言わない。
だが瑞樹に対しては時折酷い対応をすることもある。
それこそが瑞樹に心を許している証だ。
ただの友人ではあり得ない。親友だからこそだろう。
「瑞樹ちゃん」
くるみちゃんは彼女の名前を呼びながら近づく。
「瑞樹ちゃんがずっと傍にいてくれたから今の私がいるよ」
くるみちゃんをドームで救出したのはザ・ファーストと呼ばれる魔法少女だそうだ。その人物の苗字をもらって壱牧という姓になった。
ザ・ファーストがくるみちゃんの保護者……と言えなくもないが、彼女には多くの役目があって面倒を見る余裕がなかったらしい。
そこで、アイスシールドがかわりにくるみちゃんの面倒を見ることになり、それ以来、瑞樹とくるみちゃんは一緒に生きてきた。
「瑞樹ちゃん大好き!」
くるみちゃんが瑞樹に抱き着く。
「うぇへ、へっ」
乙女がしてはいけない顔になっている。
どう見ても瑞樹は変質者だった。
警察に通報するべきだろうか。
瑞樹と目が合う。
彼女はくるみちゃんを抱きしめて勝ち誇ったように笑う。
くるみちゃんは俺に渡さないというアピールだろうか。
もう少し、瑞樹にくるみちゃんを堪能させてあげようと思っていたが、そっちがその気ならこっちにも考えがある。
「お楽しみのところ悪いが、俺は瑞樹に問いたださないといけないことがある」
「今の私は機嫌がいい。なんでも答えてあげる」
「瑞樹のお母さんと会って少し話をした」
瑞樹の余裕の笑みが固まる。
「用事を思い出した。失礼する」
急に真顔になって、瑞樹から離れた。
これ以上の追求を避けようとしたのか、即座に逃げ去る。
だがそうは問屋が卸さない。
「きゃっ」
逃げる瑞樹の手を掴んで引っ張る。
彼女を抱き寄せて、その目を見つめた。
「俺と瑞樹は真剣に交際しているらしいな?」
腕の中で、瑞樹の身体がビクっと反応した。
「そ、それは……」
瑞樹が嘘をついた理由は、俺からくるみちゃんを守るためだ。
彼女の立場としては2人きりで同棲させる訳にはいかないのだろう。
その気持ちは分かる。
だが、だからといって、どんな嘘をついてもいい訳でもない。
オイタをした彼女を少し懲らしめる必要がある。
「お母さん公認で瑞樹に手を出していいってさ」
耳元で囁けば、「えっ? えぇっ!?」と動揺している。
「俺たちは真剣に交際しているらしいし、親の許しも得た。なら遠慮する必要は何もないよな?」
至近距離で、瑞樹の目を見つめた。
彼女は俺の意図を悟ったらしい。
「キ、キスするつもりですか!?」
「そうだ」
瑞樹が茹蛸のように顔を真っ赤にする。
俺は顔を動かして距離を縮めた。
今からキスをするぞと示すようにゆっくりと動く。
そして――瑞樹は目を閉じた。
「……」
これは、予想外の展開だ。
懲らしめるためにキスをするフリをしたが、本気でキスをするつもりはない。
彼女のことだから嫌がって殴ったり蹴ったりして暴れて逃げるだろうと思っていた。
だからそこまで強く拘束していないし、少し力を込めれば簡単に振り払える程度にしていた。
だが彼女の反応は想定したものとは違っていた。
さすがにここで本当にキスする訳にもいかない。
仕方なく、瑞樹にデコピンをした。
「痛っ!」
瑞樹が涙目になりながらおでこを抑える。
彼女はすぐに状況を呑み込んで、俺にからかわれたことを理解した。
「さ、最低! ウラシマなんて大嫌い!」
瑞樹はおでこを抑えながら走り去った。
そして、俺とくるみちゃんの2人がその場に取り残される。
隣にいるくるみちゃんのいる方向から冷たい空気が漂ってきた。
「嘘をついた瑞樹ちゃんが悪いとは思うけど、今のはウラシマさんも悪いと思うよ?」
「いやー、あは、は……」
「誤魔化さないでちゃんと反省して」
「はい……」
普段、怒らない人が怒ると怖い。
くるみちゃんは冗談で怒ったフリをすることはあるけれど、真剣に怒ったところを見たことがなかった。
だが今、彼女は本気で怒っている。
「ほら早く追いかけて!」
「は、はい!」
その後、瑞樹の機嫌をとるのにかなりの苦心を要するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます