第60話 海で遊ぶ美少女たち

 くるみたちはネシーやつると海岸で合流し、4人で遊ぶことになった。


「今日の私は一味違うのです。ネシーと一緒に変身の練習をした成果を見せてやるです」


 つるはワンピースタイプの水色の水着を着て意気込んでいる。

 子どもらしさが強調されていて可愛い。

 くるみも童顔ではあるが、つるはそれ以上に幼く見える。


「縁起でもないこと言わないで」

「サンダーファントムもいるし、私たちの出番はないと思うけどねー」


 周りにはたくさんの魔法少女がいる。

 未来ある若者たちを守るためにサンダーファントムという最強クラスの引率役もついている。

 魔法少女としての役目が必要な事態にはまずならないだろう。


「言われてみれば確かにそうなのです。どうしてつるは水着で変身の練習だなんて無駄なことをしていたですか?」


 つるが首を傾げる。


「まぁまぁ、それよりも今は海を楽しもう」


 ネシーが話題をそらした。

 アメリカンなボディを持つ彼女は、その豊満な肉体を見事に主張する小さめのビキニを着ている。マイアミのビーチにいても、他の女性たちより際立って男の目をひくに違いない。


「僕はすいか割りがしたい!」


 そう言いながらネシーが1玉のすいかを見せてきた。

 わざわざ持ってきたらしい。


「良いね! やろうよ」


 くるみにはすいか割りの経験がない。

 テレビで見て以来、一度やってみたいと思っていた。

 がぜんやる気だ。


「一番手はつるが務めるです」


 つるがネシーからバットを受け取った。

 妙に気合を入れて仁王立ちしている。

 まるでヴェノムと戦うときのような臨戦態勢だ。


「それで……5玉あるすいかのどれを割るですか?」


 彼女からは「隙あらば割ってやらぁ!」という意志を感じる。

 くるみとネシーはその迫力に思わず胸を腕で隠すのだった。

 だがその結果、2人の巨乳がこれでもかと言わんばかりに強調されてしまう。


「くっ、すいかが憎いのです」

「気持ちは分かるけど落ち着いて」

「仲間みたいなフリするなです!」


 つるが瑞樹の背後に回り込んだ。

 そして両手で瑞樹の胸を揉みしだく。


「ちょ、ちょっとつる!?」

「十分大きいのです! 敵なのです!」


 くるみとネシーは巻き添えをくらわらないように距離をとった。

 彼女たちがつるを止めようとしたところで油に火を注ぐだけだ。

 今は瑞樹を犠牲にして満足してもらうしかなかった。


「放して、んっ」


 身体は小さいが腕力はつるの方が強い。

 瑞樹はつるの腕を払いのけることができず、好き勝手にされてしまう。


「やめっ……ぁン」


 怒りと嫉妬に狂ったつるがようやく我に返って手を放すと、瑞樹が恍惚とした表情を浮かべながら砂の上でへたり込んだ。


「どうしたですか?」


 ぐったりした様子の瑞樹は返事をしない。

 つるがくるみたちに何があったのかを聞いてくる。


「あはは……」


 くるみとネシーは笑って誤魔化した。





    ◆




 すいかを4人で食べた後、ネシーとつるは他の魔法少女たちに声をかけるために去っていった。

 ネシーたちはこの海での合宿を奇貨として、同世代の魔法少女の交流関係を広げようとしているらしい。


 瑞樹は性格的にそういう積極性がないし、くるみも興味がないらしい。

 なので瑞樹たちはのんびりと海を堪能していた。

 大人2人がちょうど入れるぐらいの大き目な浮き輪の中に一緒に入って海に浮かぶ。


「気持ちいいねー」


 波に揺られながらくるみが言う。


「そうね」


 瑞樹も同意した。


「こうして2人でのんびりするのも久しぶりだね」


 最近はいつもウラシマも一緒の3人行動だ。

 もちろんそれはそれで瑞樹にとっても楽しい時間ではあるけれど、たまにはくるみと2人でいる時間も欲しい。


 会話が止まった。

 波の音や他の子たちの遊ぶ声が聞こえてくる。

 2人の間に流れる静寂な時間が心地いい。

 そうしてしばらく海水浴を楽しんでいると、くるみがためらいがちに言う。


「最近、よく変な夢を見るんだ」

「どんな夢?」

「何かに呼ばれて気がついたら自分が化け物になるの」


 夢は荒唐無稽なものだ。一度悪夢を見た程度なら気にする必要はない。

 でも何度も同じ夢を見るのであれば、それはくるみ自身の深層心理にある不安が具現化されているのかもしれないと思う。


「ウラシマにそのことは?」


 首を振る。


「誰かに話すのは瑞樹ちゃんが初めてだよ」


 ウラシマよりも自分を信頼してくれるように思えて嬉しいと感じてしまう。


(私は浅ましい女ね)


 くるみには昔の記憶がない。

 だから自分のアイデンティティに悩んでいる。

 きっとそれが夢に現れたのだろう。


 ウラシマなら肩を抱き寄せて心配ないと安心させたかもしれない。

 何があろうとくるみはくるみだと安心させられただろう。

 ウラシマには自信が満ち溢れている。それは過剰なものでもなく、実力や経験に基づいたものだ。彼の言葉を信じれば大丈夫なのだと思えるような不思議な説得感がある。

 でも瑞樹にそんな自信はないし、彼のような大胆な行動をとれない。


「夢なんて変なのばかりだし気にする必要はないと思う」

「そうかなぁ……。瑞樹ちゃんの最近見た夢はどんな感じ?」


 どんな夢があっただろうか。

 今朝にも何かを見た気がするが思い出せない。

 最近見た夢で覚えているもの。

 思いめぐらせると一つだけ脳裏に浮かんできた。


「ウラシマと2人で誰もいない海に行って――」


 そこまで話してふと気付く。

 とんでもなく恥ずかしいことを話しているのではないか。

 現に隣を見ればくるみがニヤニヤとした顔でこちらを見ている。


「ま、まぁ大した夢じゃなかったから」

「詳しく教えて!」


 くるみが目を輝かせている。

 さきほどまでの暗い顔は消え去っていた。

 瑞樹の夢の話でくるみの気が紛れるのなら、それは彼女にとって本望ではあるけれど、内容が内容だけに話すことを躊躇ってしまう。


「それは……」

「瑞樹ちゃん!」

「きゃっ!?」


 急に背中に何かがのしかかってきて、バランスを崩してしまう。

 重さが偏って浮き輪が沈み、波が口に入り込んだ。


「げほっ、げほっ」


 しょっぱい海水にむせながら浮き輪のバランスを取る。

 一体何が起きたのか?

 背中に伝わる柔らかい感触は何か?


「ご、ごめんね瑞樹ちゃん」


 彼女の声がした。

 声のする方を見れば、くるみの顔がすぐそばにある。

 頬と頬が触れ合いそうな至近距離だ。

 今の状況を考えるに、くるみが後ろから抱き着いてきたということだろう。


(ということは背中の感触はやはり……)


 ほとんど裸みたいな状態で密着している。

 彼女の柔らかな肉感が、露出した肌の感触がはっきりと感じ取れた。


「どんな夢を見たの?」


 くるみに耳元で囁かれた。

 瑞樹はその蠱惑的な声に抗うことができず、夢の内容を白状させられてしまう。


 ウラシマと瑞樹が無人島に行く。

 誰もいない浜辺で2人は真っ白な服を着て、互いに互いの服を絵の具でカラフルに塗り合う。いわゆるドレスペイントというものを行ってイチャイチャつくという夢だ。


「瑞樹ちゃんって結構ミーハーだよね」


 くるみが呆れたように言う。

 少し前に観ていた、とある恋愛バラエティ番組で登場していたシチュエーションと全く同じだったからだ。

 何も言い返せない。


「正夢だったりして」

「夢なんてあてにならないから。仮に正夢になったとしても、それは正夢にするために努力した結果。だから、くるみがどんな夢を見たとしても気にする必要はない」


 くるみが「ありがとう」と言いながら、ギュッときつく抱きしめてくる。

 目線を少し下に向ければ、くるみの腕が見える。

 白い腕が太陽に照れされて光っていた。


(舐めたら美味しそう)


 くるみの汗と海水が混ざったしょっぱい味がすることだろう。

 無意識に舌なめずりをしながら、自分に落ち着けと言い聞かせた。




    ◆




 ずっと海に浸かっているのもそれはそれで疲れてしまう。

 くるみが気分転換に展望台に行きたいと提案し、2人は展望台から海を眺めていた。


「あれネシーちゃんとつるちゃんかなぁ?」


 くるみが指をさした先には砂浜で遊んでいる魔法少女たちの姿がある。

 望遠鏡もないからはっきりとは分からないが、他の人たちよりも大きく見える人影があった。その横にはひと際小さな人影も見える。


「多分ね。他に分かるのは……サンダーファントムぐらい」


 サンダーファントムはまるでライフセイバーが使うような監視台に座っている。

 だから顔がはっきり見えなくても他の人たちと区別することができた。


「きっと今も寝てるんだろうね」


 サンダーファントムは雷を主体にして戦う魔法少女で、『初代組』と呼ばれる者の一人だ。

 『魔女』の最強の一角であり、そんな彼女が今回の合宿では有事の際の警備係として配置されていた。

 ここにいるの未来ある若き少女たちだからこそ、万が一のことがあってはならない。だから過剰と言える戦力を配置しているのだ。


 とはいえ実際に彼女が必要になる場面はまずないだろう。

 実際彼女からは緊張感が一切感じられない。

 瑞樹たちが海で遊んでいる間も、ずっと監視台の上で座ったまま眠っていた。


「壱牧くるみ」


 突如として、くるみが声をかけられる。

 その声の主を見て、瑞樹は驚いた。

 彼女を見てくるみと似ていると思ったからだ。

 顔の雰囲気は違う。

 元気で明るいくるみに対して、彼女はお淑やかな美人だ。


 似ていると感じた理由は、その色だ。

 彼女の髪も白かった。

 くるみを見ていると雪の様だと思うことがあるが、同じことを女性にも感じた。


 魔法少女に変身した際に髪が白系統の色になる者はいる。

 でも彼女もくるみも変身していない状態でありながら、その髪は白い。

 女性は長髪でくるみよりも髪が長い。だからより一層白が目立っているが、2人を見比べるとその色合いは全く同じに見えた。

 単なる偶然なのだろうか。いや、そうは思えない。

 くるみと女性には何らかの関係があると思った。

 瑞樹は問う。


「あなたは誰?」


 女性は何も答えない。

 このビーチには『魔女』の関係者以外入れない。

 こんな女性が『魔女』にいただろうか。

 聞いたことはないし、一度でも見たら絶対に忘れないだろう。

 白い女性は瑞樹に目もくれず、くるみのことを見つめていた。


「あなたは……誰?」


 くるみが女性に問う。

 女性はその顔に似合わぬ口調で告げた。


「我はお前の母だ」

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