第59話 留守番

 白い砂浜。青い海。

 プライベートビーチのため周囲には『魔女』の関係者しかおらず、マナーの悪い観光客はいない。

 砂浜にはゴミ一つ落ちていないし、たちの悪いナンパ野郎もいない。

 可愛い少女や美しい女性が、それぞれに似合う水着を身に着けて海水浴を満喫していた。

 元気に遊ぶ少女たちの声がきゃっきゃと聞こえてくる。

 そこはまさに世の男たちにとっての理想の楽園だろう。


「んんー! 海はいいねぇ!」


 くるみは磯の香りをかぎながら、大きく息を吸った。

 太陽の光が反射して海がキラキラと輝いている。いつもの日常とは違う幻想的な海景色。まるで別の世界に来たようにさえ思えた。


「良い天気ではあるけど、天気が良すぎるのも困りものね」


 瑞樹が眩しそうに手で光を遮っている。


「暖かくて気持ちいいけどねー」

「くるみは日焼けで肌が赤くなりやすいから注意して」


 彼女の肌は女性であれば誰もが羨ましくなるほどに白い。

 シミが全然なく、みずみずしい美肌の持ち主だ。

 だがその分、日焼けした際のダメージは他の人よりも酷くなる。


「日焼け止めをたっぷり塗ってるから大丈夫だよ。2時間後にまた塗ってね」

「また……?」

「2時間ぐらいで効果きれちゃうから塗りなおさないと」


 水着は肩や背中がむき出しだ。背中にも日焼け対策が必要となる。

 自分ひとりでは手が届かないため、くるみたちは互いに互いの背中に日焼け止めを塗り合った。

 砂浜に敷かれたシートの上に寝そべって、水着の紐を外し、背中に手でクリームを塗りたくったのだ。


「……」


 瑞樹の視線を感じた。

 全身を嘗め回すようにくるみの身体を見ている。


「あはは」


 瑞樹が自分に欲情するからといって、彼女のことを嫌ったりはしない。

 くるみにとって瑞樹は唯一無二の存在だし、いやらしい気持ちになったとしても変なことはしてこないと信頼しているからだ。

 男であるウラシマからよりも女である瑞樹からの方が下心を感じるということには、さすがのくるみも少し複雑な気分になるが。


「瑞樹ちゃん目がやらしーよ」

「ッ!?」


 慌てて取り繕って何でもない風を装っている。


「ふふ、瑞樹ちゃん可愛い」

「ッ!?!?」


 あからさまに動揺していた。

 以前、ウラシマが「瑞樹をからかうことが楽しい」とくるみに話したことがある。

 その気持ちがくるみにも分かる気がした。


「折角海に来たんだし、一緒に写真を撮ろうよ」

「……写真?」


 瑞樹は写真に撮られることを苦手にしている。

 緊張して上手く笑えないから嫌いらしい。

 くるみは笑顔が得意だ。

 普段から何気ないことにも楽しもうと努力しており、本当に楽しくて笑っていることも多いが、楽しくなかったとしても、周りにそうとは気づかせずに嘘の作り笑顔を浮かべることもできる。

 でも瑞樹はそういった誤魔化しを苦手としている。

 くるみは素直な彼女のことを眩しく感じてしまう。


「駄目?」

「はぁ、仕方ない」


 くるみは早速、砂浜に置いているリュックからスマホを取り出す。

 向かい合って瑞樹を抱きしめる。腕を横に伸ばして自撮りした。

 動揺している瑞樹をしり目にスマホの写真を確認する。


「いい感じに撮れてるね」


 2人の水着姿や綺麗な海岸がバッチリと写っている。


「じゃぁ送信っと」

「くるみ!? ど、どこに送ったの!?」

「ウラシマさんだよ」


 瑞樹が口をパクパクさせながら顔を真っ赤にしている。

 くるみはウラシマのことが好きだ。

 だが、その好きがどういう種類の好きなのか。くるみ自身にも測りかねていた。

 異性としてなのか、友人としてなのか、家族としてなのか。くるみには分からない。


(でも瑞樹ちゃんは多分……)


「きっと今頃、ウラシマさんは写真を見て鼻の下をのばしてるよ」




    ◆




「くっくっく」


 送られてきた写真を見て笑ってしまう。

 くるみちゃんに抱き着かれた瑞樹が動揺していた。

 後ろに回している腕が宙ぶらりんになって、自分も抱き返すべきか悩んでいるのが見てとれる。


 俺も海に行きたかったなぁ。

 彼女たちが行っている『魔女』のプライベートビーチは男厳禁らしい。


「私とデート中に他の女によそ見か?」

「デートじゃないっての」


 目の前にいる女は源空寺朱美。俺にキスをかましてきやがったレッドソードだ。

 くるみちゃんたちは合宿と称して海へと旅立って行き、俺が一人寂しく留守番をしていたときに彼女からお茶の誘いがあり、色々と聞きたいこともあったので了承したのだ。

 俺と源空寺は駅前のカフェでコーヒーを飲みながら話している。


「お前と恋愛関係になるつもりはない」

「私はいい女だぞ?」


 源空寺がふふんと決め顔を浮かべる。

 様になっているのがムカつく。

 彼女は美人だ。口調こそ男っぽいところもあるが、女としての魅力に溢れている。


「ウラシマは蒼城瑞樹か壱牧くるみのどっちかと……あるいは、その両方と付き合っているのか?」

「あの子たちはまだ女子高生だぞ。そんな訳ないだろ」

「だったらなぜだ? 私のことをよく知らないというなら、友だちから始めましょうってやつでもいいぜ」

「お前との仲を友だち以上に発展させる気はない。今はあの子たちを見守っていたいんだよ」


 俺が住んでいた場所は特異級ヴェノムが出現し、ドームで囲んであるらしい。地元は人が住める場所ではなくなっていた。

 恐らく俺の家族や友人たちはヴェノムに殺されているだろう。

 

 17年ぶりにこの世界に戻ってきた俺には、何一つとして縁がなかった。

 だからこそ、新しくできた縁であるくるみちゃんや瑞樹のことを大事にしたい。


「俺とお前の間にはそういう縁がなかったってことだ」

「はぁ……あっさりとフラれちまった」

「恋愛ってのは出会い方次第だからな」


 どれだけ相性の良い運命の相手がいたところで、既に好きな人がいればその運命の相手と恋に発展しないこともある。


「きっと俺より良い男が見つかるさ」

「ウラシマより強い男は見つからないっての」

「強さを基準に恋愛するなよ……」


 源空寺の好みは自分より強い男だ。


「そんなの人それぞれだろ? 自分より背が高い・あるいは低い相手と付き合えないってやつもいる。それと同じようなもんだ。私より弱い男は恋愛対象にはならない。ウラシマは私が初めて出会った、私より強い男なんだ」

「お前も大概面倒くさい女だな」


 手助けする気は毛頭ないが、行き遅れ間違いなしだろう。

 折角美人なのに勿体ないことだ。


「恋愛談義はここらでしまいだ。それで、お前は一体何のために俺を呼び出したんだ?」

「何のためって……好きな男に会うためだぞ?」

「……まじか?」

「まじだ」


 他に理由が必要かと言わんばかりに断言している。

 頼みたいことがあるのかもしれないとか。

 あるいは彼女に賠償金を求めたことに怒っているのかもしれないとか。

 色んな可能性を考えていたが、ただの恋愛脳だったらしい。

 源空寺は思っていたよりもピュアな女なのかもしれない。


「ウラシマこそ、どうして私の誘いに応じたんだ? 何か聞きたいことでもあるのか?」

「色々と聞きたいことはあるが、一番聞きたいことは決まっている」


 戦闘狂で直情的なところがある女だが、彼女は魔法少女レッドソードだ。『初代組』と呼ばれる最古参の魔法少女である。

 彼女だからこそ知っているような情報も多いだろう。


「俺が聞きたいことは――壱牧くるみの正体だ」

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