第58話 ウラシマの指導
強くなりたい。
くるみちゃんと瑞樹は真剣な顔でそう言った。
彼女たちは弱い。レッドソードのような『初代組』と比べるまでもなく、2人より強い魔法少女は少なくない。
俺は彼女たちの情熱に負けて、2人を鍛えることにした。
くるみちゃんたちは魔法少女だ。ヴェノムという敵と戦う責務がある。いつも俺が傍にいられたらいいが、そういう訳にもいかない。
彼女たちだけで命のやり取りをする可能性がある以上、強くなるに越したことはない。
「場所はどうする? 『魔女』なら訓練施設を借りられると思うけど」
「なるべく『魔女』には行きたくない」
『魔女』の本部へ行くためには地下鉄の女性専用車両に乗る必要がある。俺にとっては最悪の移動方法だ。
有事の際にためらうつもりはないが好き好んで乗りたくはない。
やばい変質者を見る目で見られたら心に大きなダメージを負う。
そういうのが好きな輩ならともかく、俺は真っ当な性癖である。とてもじゃないが耐えられない。
「幸いにして今からやることは『魔女』に行く必要もないし、外に行く必要もない」
俺たちが住んでいるマンションでも十分に実践できる。
「激しく動く必要はないが、体力はそれなりに消耗するはずだ。動きやすい服装に着替えてくれ」
運動着に着替えて一足先にリビングで待っていると2人が戻ってきた。
彼女たちは体操服姿だった。
トレーニングウェアのようなものを着てくると思っていたので少し驚いてしまう。
「ふむ……」
男にはブルマ派とハーフパンツ派の2つの派閥が存在する。
俺はハーフパンツ派だ。
確かにブルマの方が肌の露出は多い。そこに魅力を感じる気持ちは分かる。実際、美少女のキャラクターが多く登場するゲームやアニメではいまだにブルマが使われることが多い。
俺は高校生のときに異世界に召喚されてしまった。
だからこそ、その時代のことには強い思い入れがある。
俺が高校生のときには既に体操服はハーフパンツが採用されていた。
あの可愛かった同級生も、憧れの先輩も、ハーフパンツだったのだ。
俺にとってブルマはただのコスプレ衣装だ。
だがハーフパンツには俺の淡い思い出が付属している。
つまり何が言いたいのかというと――
「2人とも凄く可愛いな」
ということだ。
「でしょー!」
「その頭のハチマキはなんだ?」
くるみちゃんはなぜか頭にハチマキを巻いている。
真っ赤なハチマキだ。そのハチマキを見ていると体育祭を思い出す。
赤組だった俺も似たような色のハチマキを巻き、男女ペアになってのダンスパフォーマンスを行ったものだ。
ペアを組むために意中の相手に誘いをかけたことを覚えている。
「特訓といえばハチマキでしょ?」
「そうなのか?」
「私に聞かれても困る」
「気合を入れるためにはハチマキがないとねッ」
グッと拳を握って意気込んでいる。
相変わらずくるみちゃんは天然だ。
まぁ可愛いからよしとしよう。
「まずは指輪を外してくれ」
「へっ?」
予想外のことだったのか、くるみちゃんと瑞樹が互いに顔を見合わせている。
「指輪についた魔法石は魔法少女になるために、魔法を使うためには必須のアイテムだ――という考えを捨てろ」
素質を見出された者は『魔女』から魔法石を送られる。
魔法少女としての素質を見出された者の元に様々な手段で魔法石が届くのだという。
その魔法石が彼女たちを魔法少女たらしめている。
「グリーングラスから魔法石のことを聞いた。魔法石は魔法少女たちの魔法を補助し、漠然とした魔力に指向性を与えている。未熟な魔法使いのお助けアクセサリーだな。確かに便利ではある。だが、それでは成長が見込めない」
ホーリーガールが魔法石を開発したことにより、魔法少女になるためのハードルが低くなり、その数が大幅に増えることになった。魔法の出力も安定することになった。
魔法石の登場によって、過酷だった対ヴェノムの状況は大幅に改善された。
でもそれに頼りきってしまうと成長が止まってしまう。
「実際、初代組は魔法石なしでも魔法を使えるらしいぞ」
「私も試したことはある。でも、うんともすんとも言わなかった……」
「まぁ普通にやるとなると時間がかかるだろう。だが今は俺がいる」
「どういうこと?」
「俺が魔力を流し込んで、魔法石なしで魔力を扱う感覚を身体に覚えさせる」
異世界に召喚されたときに、レティシアに似たようなことをされたし、新米の魔法使いに似たようなことをしたこともある。
こっちの世界の魔法についてもある程度分かってきたし、俺ならば2人に魔力を流し込むことができる。
「もっとも、強引に外から魔力を注ぐ訳だから苦痛を伴うがな」
「やる!」
くるみちゃんが元気よく宣言した。
その目には迷いがない。
痛みが伴っても強くなってみせる。そんな決意が彼女から感じられた。
いつも明るく可愛い子ではあるが、その内に秘めた想いの強さや、思いきりの良さには感心させられる。
「右手を出してくれ」
くるみちゃんの小さな右手を握る。
「いくぞ?」
「うん!」
手を繋いだ部分から魔力を注いでいく。
まずはごく少量の魔力で様子を見る。
くるみちゃんと目が合った。
「もう準備できてるよ?」
不思議そうに首を傾げていた。
魔力を流したときの苦痛はその人同士の魔力の相性によって決まる。
くるみちゃんには拒絶感がほとんどないらしい。
少しずつ量を増やしていく。
「く、くるみ!?」
魔力を流していくことで反応を見せたのはくるみちゃんではなく瑞樹だった。
「どうしたの?」
「髪が……光っている」
くるみちゃんの白い髪が淡く光りを放つ。
どういうことだ?
瑞樹が不思議そうに聞いてくる。
「魔力を受け渡すと発光するの?」
本来であれば髪が発光することはない。
これはくるみちゃん自身の性質だろう。
体内に魔力が一気に増えた影響が髪に出ているようだ。
「くるみちゃんは俺の魔力とが相性が良いみたいだな」
「ほんと? 嬉しい!」
喜ぶくるみちゃんの様子を眺める。
苦しむ様子もなく、俺の魔力をどんどん吸い込んでいく。
「これは……」
周囲の気温が下がっていく。明らかに普通の状態ではない。
大量の魔力を注がれ、その一部が身体から漏れ出て冷気となっている。
くるみちゃん自身はまだまだいけそうではあるが、部屋が環境の変化に耐えられない。
俺は魔力の供給を止めた。
「痛くはないのか?」
「全然」
当初の想定よりも遥かに多い量を注いだ。
俺の魔力総量と比べると微々たるものではあるが、魔法少女の中ではトップレベルの魔力量だろう。
その身に秘めたポテンシャルは魔法少女の中でも突出しているのかもしれない。
「力がみなぎってくる!」
「あんまりはしゃぐなよ? 周囲に影響が出ないように魔法を使ってみな」
絶好調なくるみちゃんが魔法を発動する。
自分の身体を宙に浮かしたり、シールド魔法を発動したり、分身を複数作ったり、やりたい放題だ。
魔法石を使わずに魔力を使う感覚を既に掴んだらしい。
今でこそ俺の魔力を分け与えているが、鍛錬を怠らなければ俺の補助なしでも今と同じぐらいの魔力を使えるように成長するはずだ。
「勘違いするなよ。普通はああはならない」
「くるみは凄いね」
「凄いというか特殊というか……」
くるみちゃんの特殊な体質によるものだ。
瑞樹は普通の魔法少女だ。だから同じだけの効果が出ることはあり得ない。
◆
「心の準備ができたら手を出してくれ」
ウラシマにそう言われて、瑞樹はすぐに動くことができないでいた。
彼が言っていた苦痛をともなうという言葉に嘘があるとは感じられなかった。
幸運にもくるみに痛みがなかっただけで、瑞樹の場合にどうなるかは分からない。
「瑞樹ちゃんもやっちゃいなよー! 意外と痛くないかもよ?」
くるみが無邪気に空中を飛び回りながら声をかけてくる。
魔法石を使って魔法少女に変身することなく、魔力の消費が激しい浮遊魔法を使いこなしている。
空を飛ぶ彼女を見て、置いていかれてしまう気がした。
(そんなの嫌)
3人での生活は楽しい。
叶わぬ夢かもしれないが、ずっと今のままがいいとさえ思っている。
足踏みしていたら、彼らはきっとどんどん先へと進んでしまうだろう。
瑞樹だけが乗り残されてしまうなどあってはならないことだ。
「やる」
静かに宣言した。そしてウラシマの手を握る。
ゴツゴツとした手だ。
女のものとは異なり、大きくて硬い。その手に男を感じてしまう。
「瑞樹の手はひんやりしているなぁ」
「私が冷たい女だとでも言いたいの?」
「誰もそんなこと言ってないっての。それに手が冷たい人は心が温かいって言うぞ?」
「……うるさい。早く始めて」
「分かった」
ウラシマが魔力を注ぎ始めたその瞬間。
「ひっ!」
瑞樹は思わず手を放した。
「な、なに今の感覚は……?」
己の手をまじまじと見る。
「痛かったか?」
「痛みもあるけど、それ以上に、まるで私の手が私のものじゃなくなっていくような感覚がして……」
手が繋がれている部分から身体を侵食されている。
少しずつ作り替えられていく。
「分かる。変な感覚だよな。俺も最初にこれをやってもらったときは随分と焦ったもんだ」
またこの顔だ、と思った。
最近よく見るようになった顔をウラシマが浮かべている。
大事な過去を懐かむように、そして少し悲しそうに。
そんな顔を浮かべるようになった理由は明白だ。
(ホーリーガールのせいね)
ウラシマの恋人の生まれ変わり。彼女と出会ってから、ウラシマは時折物思いにふけっている。
本人はただの過去に過ぎないと否定しているが、引きずっていることは明白だった。
「本当にウラシマは失礼な男」
「なんだ急に」
「私とくるみという美少女が傍にいるのに、他の女に現を抜かすなんて」
「はぁ? ……いや、そういうことになるのか。すまん」
追憶だ。今ではなく過去に思いを馳せている。
彼の心はいまだ異世界にあるのかもしれない。
身体が目の前にあっても、その心はここではないどこか遠くを漂っているのだ。
(ウラシマが今いるのはこの世界で、傍にいるのは私たち)
瑞樹はウラシマの手をギュッと握りしめた。
「早く続きをして」
「いいのか?」
「覚悟はできている」
ウラシマが頷き、再び魔力を注ぎ始めた。
「~~ッ!」
痛みと不思議な感覚が右手を通じて襲ってくる。
悲鳴をあげたくなるのを我慢して必死に耐えた。
「んぅッ……くッ」
熱く気持ちの悪い何かが全身に広がっていた。
身体全体が焼け付くように痛い。
足が震えて立っていることすら辛くなる。
「あぁッ!」
ついには立っていられなくなって、ウラシマの手を握りながらぺたんと床に尻をつく。ウラシマに向かって足を開くような姿勢になっていた。
急に尻餅をついたことで体操服の裾がめくれてヘソが露出する。
顔は火照り、目は潤み、口はだらしなく半開きで、粗い吐息を吐きながらウラシマを見上げた。
「……」
ウラシマがこちらを見下ろしたまま固まっている。
彼の後ろに浮かんでいるくるみが呆けたように呟いた。
「瑞樹ちゃん、なんだか凄くえっちだよ」
「えっ?」
自分の状況を理解し、フラつきながらも慌てて立ち上がる。
「私も見ていて変な気分になりそうなくらいだったし、ウラシマさんなんて……ねぇ?」
「2人きりなら我慢できなかっただろうな」
「最悪」
「まぁまぁ。それより、魔法は使えるか?」
魔法石は身に着けていない。
今までの瑞樹なら魔法をろくに使えなかった。
「……」
心を落ち着けて魔力を操作する。
(これは……)
いける、と確信できた。
魔法少女になっていないにもかかわらず、魔法を発動できる感覚がある。
「『斬鉄氷剣』!」
そして彼女は体操服姿のまま必殺の氷剣を握った。
「魔法が使える」
魔法少女にならずに魔法を使えるのは一握りの魔法少女だけだ。
一流の魔法少女の仲間入りができたようて嬉しくなった。
「俺の補助なしで使えるようになるには、何度も今みたいなことを繰り返して感覚を掴む必要があるけどな」
「何度も……?」
今しがた体験したばかりの強烈な刺激をまた味わう必要があるということだ。
瑞樹はごくりと唾をのみこんだ。
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