第57話 水着

 スマートフォンの購入も終わり、昼食も済んだ。

 残る目的は後一つだ。

 どでかい初任給をゲットした俺が、何か買ってほしいものはあるかと尋ねたときにくるみちゃんが希望したものだ。


「どうしたの?」


 目的の場所を前にして立ち止まる。


「俺はここで待ってるから好きなやつを選んできな」


 手をひらひらさせて2人を追い払う。

 だがくるみちゃんは動く様子がない。


「何言ってるの? ウラシマさんも来るんだよ?」

「あのゾーンには入るのはなぁ……」


 俺の目線の先にあったのは女性用の水着売り場だ。

 可愛らしい水着が並んでいる。

 水着をつけた女性型のマネキンが、男が近づくことを拒むように立っていた。


「今日のミッションはウラシマさんが私たちの水着を選んでプレゼントすることだよ!」

「私は別に要らないけど……」

「そんなことじゃ駄目だよ瑞樹ちゃん! 今度の合宿で海に行くんだから、おニューの水着じゃないと!」


 夏休みシーズンに若い魔法少女たちを集めて合宿を行うらしい。

 魔法少女としてのレベルアップという目的半分、単純な息抜き半分の合宿だ。これも『魔女』の福利厚生の一環である。


「ウラシマさん早く」


 くるみちゃんが俺の腕を引っ張って無理やり売り場に連れて行く。

 周りにいる女性客の目が気になるが仕方がない。

 きっとくるみちゃんは俺が水着を選ぶまで諦めないだろう。


「分かったよ。どんな水着がいいんだ?」

「うーん……」


 くるみちゃんが周囲を見回す。

 彼女はマネキンの水着や目玉商品としてメインで飾られている水着には目もくれず隅の方へと向かった。


「サイズが合うのはこの辺にあるやつだけかな」

「なるほど」


 改めてくるみちゃんの胸を見て思うが……デカい。

 童顔で身長も小さめなのに母性の塊が2つある。

 そのアンバランスさが彼女の魅力だ。


「ジッと見られたらさすがに恥ずかしいかも」

「すまん」


 一緒に暮らしていても、くるみちゃんは余り恥ずかしがる様子がない。

 でもたまにこうして恥じらいを見せることもあり、そういうときはとても可愛いと感じる。


「もう、男の人ってどうしてそんなに胸が好きなの?」

「ロマンだ」

「ただの脂肪の塊なのになぁ……」

「それくらいにした方がいい」


 目線で瑞樹を見るように促す。


「あっ」

「私に対する当てつけ……?」


 胸囲の格差に瑞樹が落ち込んでいた。

 落ち込むほどのサイズではないように思うが、くるみちゃんというド級な存在と一緒にいると気にせずにはいられないのだろう。


「でも瑞樹ちゃんも結構胸あるよね?」


 くるみちゃんが瑞樹の後ろに回り込んで、抱き着くようにして瑞樹の胸を揉みしだいた。

 揉まれることで、瑞樹の胸のシルエットがはっきりと分かる。

 くるみちゃんと比較されるから貧乳に見えてしまうが、そもそも着痩せするタイプなのだろう。世間一般で考えれば十分に胸は大きい。

 くるみちゃんがこそっと教えてくれたが、カップ数で言えばDカップであるらしい。


「ちょ、ちょっとくるみ……ッ」


 いつもクールな美人が無邪気で元気な美少女に悪戯されて恥ずかしがっている。

 そんな絵面は百合百合しくて素晴らしい……はずなのに、瑞樹の恍惚とした顔が綺麗な絵を汚している。

 ヤバい顔だ。乙女というより痴女である。

 大好きなくるみちゃんに後ろから抱き着かれて胸を揉まれたのだ。天にも昇るような状態なのだとは思うが、それにしても酷い有り様だ。


「うっ」


 いつものごとく瑞樹が鼻血を出したらしい。

 瑞樹の鼻はガバガバだ。


「くるみちゃん」

「えっと……ごめんなさい?」

「なんで疑問形なんだ……はぁ、瑞樹も商品を汚すなよ?」


 瑞樹が鼻をハンカチでおさえながら頷いた。


「気を取り直して、くるみちゃんの水着を選ぶか」

「よろしく! と言ってもあんまり選択肢はないんだけどねぇ」

「確かになぁ」


 サイズが大きすぎるというのはデメリットもあるらしい。

 普通の売り場を見ると可愛らしいデザインの水着がたくさんあるが、くるみちゃんサイズの水着は種類が限られている。

 柄のある水着はダサいと感じるデザインが多かった。

 大きな胸を隠すためには布地の面積がどうしても大きくなってしまう。水着のサイズ自体が大きくなってしまって迫力があり、可愛らしい柄が描かれていても違和感がある。


「選択肢が少ないということは悩まずにすむって意味でもあるから俺にとってはありがたい」

「むぅ」

「くるみちゃんにはこれが似合うと思う」


 俺が選んだのは無地の白い水着だ。

 肩で胸を支えるのではなく、首にヒモをまわして支えるタイプだ。いわゆるホルター水着というやつだ。


「早速試着してみるね」


 そう言って試着室に入っていった。

 取り残された俺と瑞樹で会話をする。


「くるみでいやらしい妄想をしたらチ〇コを斬り落とす」

「瑞樹の方が変な妄想しているんじゃないか?」

「そ、そんな訳ないから」

「頼むからもう鼻血は出さないでくれよ?」

「出す訳ない」


 自信満々に宣言しているが、全くもって信頼できない。

 着替え終わったくるみが試着室のカーテンを開けた。


「うっふーん」


 くるみちゃんが考えうる最もセクシーなポーズをしてみたという感じだ。

 いわゆる悩殺ポーズをしている。

 くるみちゃんは色恋をまだ知らない子どもだ。見様見真似のセクシーポーズには色気がない。

 彼女のような爆乳に似合うポーズではあるが、色気よりも子どもっぽさが強調されていた。

 これなら瑞樹も大丈夫だろうと思って隣を見れば、残念なことに鼻血をボタボタとこぼしている。


「まじでお前、いい加減慣れろよ」


 一緒に暮らしているのだし、いい加減慣れてほしい。

 男である俺よりも免疫が低いのは笑うべきか、嘆くべきか。

 ふがふがと何かを言っている姿は哀れだ。


「あはは」


 くるみちゃんも苦笑している。


「瑞樹のことは置いておいて……似合っているぞ」


 白い水着は明るい彼女のイメージとぴったりだ。


「ほんとに?」

「もちろんだ。俺がくるみちゃんのことを知らなかったとしても、海で今のくるみちゃんを見つけたら思わず声をかけちゃうだろうな」

「えへへ」


 実際、悪い男が近づいてこないか心配になる。

 無垢な彼女を自分色に染め上げたいと思う男はきっと多くいるだろう。




    ◆




 くるみちゃんの水着は選び終わった。残るは瑞樹の水着だ。

 ド級サイズなくるみちゃんと違い、瑞樹の場合は水着の種類が豊富にある。

 選択肢が多すぎてどれを選べばいいか分からないほどだ。


「私の分はいい。去年の水着もあるから」

「甘いよ瑞樹ちゃん!」


 くるみちゃんが瑞樹に近づき、耳元で呟く。

 俺に聞こえないように小さい声で喋っているのだが、常人より耳がいい俺には丸聞こえだった。


「ウラシマさんに水着を選んでほしくないの?」

「それは……でも、恥ずかしいし」

「私もフォローするから。ねっ!」


 瑞樹が静かにうなずいた。

 ……これは責任重大だ。

 俺も真剣に選ばないといけない。


「どういう基準で選ぶべきか」


 瑞樹はスタイルがいい。

 どんなデザインの水着であっても似合いそうだ。


「まずは色を決めるとか?」

「なるほど」


 美人な彼女には明るい色よりも暗い色の方が似合う。

 気まずそうにしている瑞樹を見る。


「な、なによ……」


 脳内で水着姿をイメージした。


「黒だな」


 色を決めた途端、どんどんイメージが固まっていく。

 瑞樹にプレゼントする水着はもう一つしか思い浮かばない。

 黒いシンプルなビキニだ。


「俺が選ぶのはこれだ」

「おぉ! 攻めるねぇ」

「瑞樹はスレンダーな美人なだからな。余計な装飾は必要ない」

「うむうむ、お主は中々見どころがあるようじゃのう」

「誰だよそれ……」


 謎の爺を演じるくるみちゃんが黒ビキニを手に取って瑞樹に渡した。

 瑞樹は試着することを躊躇っているようだ。

 くるみちゃんが小さい声で瑞樹とコソコソと会話をする。


「試着しないの?」

「こういう水着は恥ずかしい」

「ウラシマさんが瑞樹ちゃんに着てほしいって考えて選んだ水着だよ?」

「それは……」

「折角選んでくれたんだし水着姿を見せてあげないと」

「でも……」

「ウラシマさんきっと喜ぶよ? ねっ!」


 くるみちゃんにのせられて、瑞樹はゆっくりと試着室へと向かっていった。


「楽しみだね」

「中身はポンコツだが外見は美人だからな」

「瑞樹ちゃんは中身も可愛いよ?」

「確かに」


 瑞樹が着替え終わったようだ。

 だが彼女は恥ずかしいのか、カーテンを少しだけ開けて顔を出している。


「出てこないの?」

「その……恥ずかしいから」


 くるみちゃんが悪い顔をしながら瑞樹の元に近づく。

 そして試着室のカーテンを無理やり開けた。


「ちょ、ちょっと!?」


 瑞樹が試着室の奥に逃げる。くるみちゃんが壁になって、俺の位置からは姿が見えない。

 くるみちゃんが試着室の中に入って瑞樹をひっぱりだす。

 瑞樹は俯いて身体を隠しながら出てきた。


「おぉ……」


 瑞樹は美人だ。黙っていればまさにクールビューティな大人の女性で、17歳とは思えない色気がある。


「瑞樹ちゃんの水着姿の感想は?」

「良い……」


 俺のイメージ通りだ。いや、イメージ以上かもしれない。

 シンプルな黒いビキニは彼女をより一層引き立たせている。

 こんな場所ではなく、二人きりだったなら、俺はそのまま瑞樹に襲いかかっていたかもしれない。それだけの魅力があった。


「瑞樹ちゃんに見惚れてるよ」

「スケベなだけ。水着の女なら誰でもいいに違いない」

「あはは。確かに瑞樹ちゃんを見てるときのウラシマさんの顔はスケベなおじさんって感じだったね」


 聞こえているぞと怒るべきだろうか。

 反応に困った。

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