第56話 おっさん、スマートフォンを買う
俺たち3人は真帆川の駅前にある商業施設に来ていた。
女子高生2人と一緒に買い物だ。
潤いに溢れている週末である。
施設の一角にある携帯ショップで、店内に飾られているスマートフォンを眺めながら呟いた。
「どれが良いのかまったく分からない」
真人間になった俺にはスマートフォンを持つ資格がある。
くるみちゃんたちと一緒に生活している以上、スマートフォンで連絡取り合いたい場面も多い。
現代社会に生きる人間にとって、スマートフォンは半ば必須アイテムとなっている。
だからこうして買いに来たのだが、色んなスマートフォンがあってどれを選べばいいか分からない。
メーカーも型式も様々で、近くに置いてあるパンフレットを見ても仰々しく利点を書いてはいるが、他の機種との違いはよく分からない。
「何を求めるかだよねー。特に希望がなければこれがオススメかな」
くるみちゃんが渡してきた機種を手に取る。
それは見覚えのあるものだった。
「機能的にも一番無難かなぁ。尖った部分はないけど、これができないって部分もないよ。それになにより、私たちが使ってるやつだから」
くるみちゃんは白色、瑞樹は黒色の同タイプの機種を使っている。
「ウラシマさんってスマートフォンを使ったことないでしょ? この機種なら私たちも手慣れていて教えやすいから」
一理ある。
俺が召喚される前はスマートフォンがまだ普及していなかった。
昔ほど携帯ショップで店員が設定をしてくれる訳ではないようで、自分で初期設定をしないといけないらしい。
スマートフォンは携帯電話とパソコンのあいのこのようなものだ。
両方を触ったことがあるからそれなりに理解はできるはずだが結構面倒くさそうだし、くるみちゃんたちが教えてくるならそれをあてにしたい。
「特にこだわりもないし、この機種にするよ」
これで選定は終了だ……と思えば、まだ色を選ぶ必要があった。
スマートフォンとしては珍しく色が豊富なタイプらしく、様々な色の見本が置いてある。
「被っても紛らわしいし、白と黒以外の色だな」
無難な色を既に取られてしまっている。
「くるみちゃんは何色がいいと思う?」
「ウラシマさんの好きにすればいいと思うよ」
むむむ。
くるみちゃんは意外とこういうときに冷たい。
「瑞樹はどうだ?」
「この色がいいと思う」
彼女が示したのは黒っぽい青色だ。
俺のようなおっさんには明るい色よりも、こういった落ち着いた色の方がいいだろう。
手に取ってスマートフォンを色んな角度から眺める。
「いい感じだな」
「なんだかアイスソードの色と似てるね」
「ッ!?」
目にも止まらぬ速さで瑞樹が俺の手にあったスマートフォンを奪い取った。
「別の色にして」
瑞樹が妙に照れていた。
言われてみれば確かに、瑞樹が魔法少女になったときに身に纏う衣装の色に似ている気がする。
「折角だしこれにしよう」
どの色でも別に良かったが、瑞樹の反応が可愛いので青色のスマートフォンを購入した。
◆
「ふははは、今日は俺のおごりだ。思う存分食いたまえよ若人たち」
スマートフォンの購入が終わると、もうお昼のいい時刻になっていた。
くるみちゃんが中華を食べたい気分とのことで、中華料理のファミレスに来ている。
本当はもっと高級中華料理屋にしたかったのだが、彼女たちに拒否されてしまった。
「わーい!」
「私たちが奢ってもらっているんじゃなくて、奢らせてあげているということを弁えて」
向かい側のソファーに座る2人の反応は両極端だ。
相変わらず瑞樹は偉そうである。おっさんをたてて気持ちよく奢らせてほしい。
このお店はタッチパネルでオーダーするタイプらしく、適当にメニューを注文した。
料理が届くまでにしばらく時間がありそうなので、購入したばかりのスマートフォンを手に取る。
「説明書はないのか?」
袋の中を確認しても保証書はあるが、説明書が入っていない。
「最近のスマホはそういうの入ってないからねー」
「じゃあ使い方が分からないじゃないか」
分厚い説明書を隅々まで読み込むことが好きだった。
一度も使うことはないとしても、この機種にはこういった機能があるのだと知ることが楽しいのだ。
なのに今はその楽しみがないという。
そういえば、くるみちゃんが持っていたゲームにも説明書がついていなかった。
なんとまぁ味気のない時代になってしまったものだ。
「スマホの中に入っているんだよ」
「まじか……」
最初の入り口で躓いたらお終いじゃないか。
「どうすればいいんだ?」
「えっとねー、まずは……って口で説明するのめんどくさい!」
くるみちゃんが俺側のソファー席に移動して隣に座る。
俺がスマートフォンを持つ手に片手を重ねて、もう片方の手でスマートフォンを操作し始めた。
結果として、俺とくるみちゃんは密着する形になる。
柔らかく温かい感触が心地よい。
「ぐぬぬ……」
向かい側の瑞樹が悔しそうにしている。
彼女と目が合った。
俺は大げさに勝ち誇った笑みを浮かべる。
どうだ羨ましいだろと笑う俺に対して、瑞樹は身体をプルプルと震わせて怒りに耐えていた。
素晴らしい優越感だ。
「ウラシマさんちゃんと聞いてる?」
「ん? あ、あぁ、すまんボーっとしてた」
「もう! 折角教えてあげてるんだからちゃんと集中してね」
「分かった。集中するよ」
くるみちゃんにはバレないように、瑞樹を見て「お前に関わっている暇はない」と鼻で笑う。
俺は勝ち逃げし、くるみちゃんに意識を集中するのであった。
「私も教える」
しばらく操作方法を教えてもらっていると、我慢の限界がきたのか瑞樹が動きだす。
「くるみちゃんが教えてくれるから大丈夫だ」
「私も同じ機種を使ってるから」
向かい側に座っていた瑞樹がいきなり机の下に潜り始めた。
何をしているんだこいつは。
「どいて」
足元から瑞樹の声がする。どうやらこっち側に来たいらしい。
あまりマナーを気にする必要がないファミレスとはいえ、最低限の常識は必要だと思う。
仕方なく横にずれて、瑞樹のためにスペースをあける。
「はしたないぞお前」
「お前じゃない。瑞樹」
自分は何も悪くないと言わんばかりに、堂々と俺の隣に座る。
普通は成人2人が座る席だ。
くるみちゃんと瑞樹ちゃんが女性とはいえ、3人で座れば狭苦しい。
両側を女子高生にぴったりと挟まれる形になる。
「そこはこっちのやり方がいい」
「そのやり方はまだ早いんじゃない?」
「最初に変な癖をつけるよりも余程効率がいい」
2人が俺のスマホを奪い合って、自分流の教え方を通そうとしていた。
タイプの違う肉感がそれぞれ俺の身体の左側と右側を刺激する。
これはまさしく至福の時だ。
ふと気配を感じ、そちらに目を向ければ店員が料理を持ってきていた。
女性の店員だ。どういう関係性を想像したのか、「うわー」とドン引きした目で俺を見ている。
料理を置いた彼女は厨房へと慌てて戻っていく。そして他の店員に俺たちのことを話していた。
彼女たちはコソコソと興味深そうに俺たちのことを見ている。
あることないこと噂をしているに違いない。
「スマホ講座はいったん中断だ」
白熱していた2人も料理が届いたことに気づいた。
「3人だと狭いから、あっちに移動してくれないか」
「だってさ、瑞樹ちゃん」
「位置から考えてくるみが移動することが自然」
結局、どちらも譲ろうとはせず、なぜか3人でくっつきながらご飯を食べることになるのであった。
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