第61話 くるみの正体

「な、何のことかな?」


 くるみちゃんの正体を尋ねたところ、源空寺が狼狽し始めた。

 俺にとって源空寺は自分より強い男を恋人にしたいヤバイ女というイメージだが、彼女は『初代組』の一人だ。

 組織の運営には余り関わらないようだが、強いヴェノムの撃破や若手の育成といった戦闘面で大いに組織に貢献しており、彼女もれっきとした『魔女』の幹部である。

 やはり、何かを知っているらしい。

 彼女は動揺を隠すようにコーヒーに口をつけた。


「あの子は……混ざっているな?」

「ぶふぉっ!」


 源空寺がコーヒーをふきだす。


「『魔女』は知っているようだな」

「な、な、何のことだ。あの子が一体何と混ざっていると?」


 源空寺が知らない可能性もあったのであえてぼかした言い方で尋ねたが、反応を見る限り、彼女は――『魔女』は把握しているらしい。

 ならば核心へと迫ろう。


「壱牧くるみの身体には――ヴェノムが混ざっている」


 彼女に魔力を流したとき、それが分かった。

 普段は気づけなかったが、あのとき確かに感じたのだ。

 彼女の身体にはヴェノムが混ざっている。髪が発光したこともそれを裏付ける現象だろう。


 源空寺は目をつぶって腕を組む。

 そして、諦めてため息をついた。


「誰にも話すなよ?」

「当たり前だ」


 家族や友人、そして仲間をヴェノムに命を奪われたという経験をしている者ばかりだ。

 魔法少女の中にはヴェノムを憎む者も多い。

 もしもくるみちゃんがヴェノムと混ざっていることを知れば、彼女が優しい女の子であることを無視して迫害するだろう。下手をすればその命を奪おうとするかもしれない。


「あの子は越山ドームで見つかった唯一の生存者だ。記憶をなくしていたが彼女の身元はすぐに判明した。でも彼女の髪はあんな風に白くなかった。染めている様子もなかったし、明らかに不自然だった。だからコガレが彼女を調べることになった。その結果、身体にヴェノムが混ざっていることが判明した」


 古井コガレ。異世界の聖女レティシアの生まれ変わりだ。

 彼女ならば確かにくるみちゃんの身体にヴェノムが混ざっていることを調べられるだろう。


「『魔女』はくるみちゃんを受け入れることにしたのか?」

「……まぁ、な」

「歯切れが悪いな」

「受け入れたというよりは様子見というのが実情だ。『魔女』にとって利となるか害となるか。結論は出ず、いざというときはザ・ファーストが責任を持つということで様子を見ることになった」

「もしも暴走したり裏切ったりしたときにはザ・ファーストがくるみちゃんは処分する……か」


 源空寺が苦虫を噛み潰したように頷いた。


「当時のくるみは記憶を失くして頼れる人もおらず、周りにいる大人たちを拒絶していた。私たちが近づいても怖がられてしまうし、扱いに困っていたときに、同年代の子ならあるいはと瑞樹を引き合わせた。瑞樹が根気強く相手をしたことで、くるみは少しずつ心を開き始めて、今の彼女がいる」


 今のくるみからは想像もできない。

 そういう過去があるからこそ、瑞樹は時折極端に過保護になってしまうのだろう。人間関係に口を出すのはやりすぎだと思うが。


「私とくるみにそこまでの交流はない。それでも彼女が3年の月日を経て、立派に成長したことを知っている。だから何かがあったときはあの子の力になりたいと思う」

「……源空寺はいい女だな」

「ようやく気が付いたか?」


 ふふんと笑う。

 源空寺は後輩の魔法少女たちから慕われている。

 その理由が少し分かるような気がした。


「ん?」


 俺と源空寺のスマートフォンが警報音を鳴らす。

 なんの音だ?

 スマートフォンを購入して日が浅いから、何を条件に鳴ったのかが分からない。でも何か普通でないことが起きているということは分かる。


「まほねっとの音だ」


 源空寺が険しい顔でスマートフォンをチェックする。

 緊急事態を知らせる音らしい。


「そんなッ!?」


 源空寺が手で口を抑えて動揺している。


「何があった?」

「越山ドームの特異級ヴェノムと思しき反応あり」


 この前の越山ドーム修復戦が切っ掛けとなったのだろうか。

 特異級ヴェノムが外に出てきたらしい。

 なるほど緊急事態だ。

 『魔女』は未だに特異級ヴェノムを倒したことがない。彼女たちの力が特異級に及ばない。

 そのヴェノムが、普段はドームの中でじっとしているはずの化け物がついに動き始めたのだ。

 『魔女』にとっては絶望的な出来事だろう。

 でも今は状況が違う。

 俺がいる。


「落ち着け源空寺。特異級ヴェノムは俺がなんとかする」


 動揺している彼女を落ち着かせて、詳しい情報を尋ねた。


「どこに出現したんだ?」

「それは……」


 源空寺が言い淀む。

 嫌な予感がした。

 彼女はスマートフォンの画面を俺に見せる。

 その画面に記されていたのは――くるみちゃんたちがいる場所だった。

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