第41話 迷案内人くるみ
外観を見たとき、格式高そうな城だと思った。
召喚された世界にも城はあったが、そこでは王族や貴族たちがいて、少しも気を抜くことができない場所だった。
俺の一挙手一投足が監視されている。ケチをつけるための隙を探られている。そんな場所だった。
だがこの『魔女』の本部である洋城には緩い空気が流れている。
くるみちゃんたちに案内されながら洋城を回っているが、城の中では若い女の子たちがきゃっきゃと騒いでいる。まるで女子高にでも迷い込んだかのようだ。
「ここは一番のお気に入りの場所だよ! なんだと思う?」
くるみちゃんが小憎らしいドヤ顔を浮かべながら聞いてくる。
普段は世話をやかれる側の彼女が「今日はウラシマさんを案内するんだ」とはりきっていた。
案内された場所は食堂だ。
たくさんの女の子たちがご飯を食べている。恰好も様々だ。魔法少女の姿をしている者が多いが、中には制服やスーツを着ている者もいるし、可愛らしい私服を着てる者もいる。ジャージや運動着姿の者もいた。
「正解はなんと! 食堂だよ!」
見れば分かる。そして声がでかい。
食堂の入り口で彼女が大きい声を出したことで注目を集めてしまう。
「うぉっ」
『魔女』には男の協力者もいる。だが、彼らはこの本部に入ることはできない。魔力を持っていなければここに来ることはできないからだ。
魔力を持つ男は存在しない。だからこの場所は完全に女の園だった。
そんな場所に俺という異物が現れたとなれば当然注目の的だ。
近くにいた少女たちが、くるみちゃんの大声につられてこっちに意識を向ける。俺の存在に気がついた者たちが、ざわざわと騒ぎだす。そのざわめきは伝播して広がり、いつしか食堂中の少女や女性たちのほとんどが俺を注視していた。
「ぐっ……」
異世界の城で貴族たちに観察されていたときはナニクソと反骨精神を抱いて乗り切れた。だが女性ばかりの集団には違うプレッシャーがある。彼女たちの視線を跳ね返すことはできずに後ずさってしまう。
「どうしたの?」
くるみちゃんは何も分かっていない。
つらい。
はりきって案内している彼女に指摘することも気が引ける。
「……さすがに同情する」
俺を哀れんだのか、瑞樹が肩をポンと叩いた。
彼女の優しさが骨身にしみる。
くるみちゃんは不満そうにしていたが、俺たちは逃げるように食堂を去った。
◆
城の中には様々な施設がある。
食堂や浴場といった生活に必要な施設だけでなく、学生が多いためか図書館や自習室といったものまで用意されていた。学校の宿題を解いている姿からは、魔法少女として戦う姿を想像できない。
いたれりつくせりの建物だが、完ぺきという訳でもない。
インターネットはまほねっとしか繋がらないし、電波が届かないためテレビやラジオも使えない。
過剰なまでに情報を摂取している現代の若者にとっては、酷く心細いことだろう。
ただ、そういうわずかな欠点をのぞけば、ずっとここで暮らしていくことも可能な場所だと思う。
「よくもまぁ、ここまでの拠点を作れたな。素直に感心するよ」
全てホーリーガールの功績であるらしい。
この空間を作るための空間魔法。この場所に魔法少女たちを召喚し、そして還すための召喚魔法。この巨大な洋城を築くための建築魔法。どれも彼女が開発したのだという。
どの魔法も非常に高度なもので、どれか一つをとっても、くるみちゃんたちには複雑すぎて手が負えないらしい。とびきり優秀な魔法少女たちが、それぞれの魔法を専門にし、分業体制で制御することで、魔法少女たちの秘密基地は維持されているのだとか。
ホーリーガールの前世は、異世界の聖女レティシアだ。あっちにいた頃もとんでもない魔法技術を持っていたが、今の彼女はより一層成長しているようだ。
「あの人の貢献は魔法だけじゃない」
この場所は魔法だけで成り立つ訳ではない。
様々な機器や資材の調達も、彼女が財閥の社長の娘という立場を思う存分に活かし、その才覚を見事に発揮して稼いだ莫大な資金によって賄われているらしい。
『魔女』という組織は、ホーリーガールという小さな女の子が作り上げた巨大な箱庭なのだ。
一体どれだけの能力が必要なのだろうか。
様々な方面への才能が要求されたはずだ。でも一番の決め手はやはり、彼女自身のカリスマ性なのだろう。
「相変わらず……さすがだな」
聖女レティシア。彼女は素晴らしい人だった。
ただの勇者でしかなかった俺よりも、あの世界の人々の希望であり、導き手だった。その強すぎる輝きに目がくらんで、劣等感を抱いたこともあった。
もっとも、人々の希望であり導き手であった聖女レティシアですら、魔王という圧倒的な暴力の前には赤子も同然だったが――。
「ホーリーガールはウラシマさんの異世界での恋人の生まれ変わりなんだよね?」
「俺はそう確信している……到底信じられないだろうが」
「私は信じるよ。だってウラシマさんは本当に勇者だし!」
「正確には元勇者だけどな」
「瑞樹ちゃんも信じるよね?」
話を振られた瑞樹は考え込む仕草をしている。
くるみちゃんみたいに素直に信じる方がおかしいと思う。
俺自身も荒唐無稽なことを言っているという自覚はあるのだ。
「瑞樹ちゃんはウラシマさんの話が嘘だと思うの?」
「私だって、ウラシマがそういう嘘をつくような人ではないと分かっているつもり。ただ……」
瑞樹の歯切れが悪い。
何かを想像しているのだろうか。目線が斜め上に向いていた。
「なんというか犯罪臭が凄いな……と」
「おい、それを言ったらお終いだろうが」
「そうね。分かってはいるけど……」
俺だって、他のおっさんが14歳の女の子を見て、前世で恋人だったと口にすれば、こいつはヤバい性癖を持っていると判断して警察に通報するだろう。とんだおっさんの妄言だ。
「何言ってるの瑞樹ちゃん! 17歳の女子高生と一緒に暮らしてる時点で犯罪臭が凄いから今さら問題ないよ!」
「くるみにも一応自覚はあったのね」
「当たり前でしょ。ねー、ウラシマさん」
瑞樹に返事をしながら、俺の腕に抱き着いてきた。
言葉とは裏腹に、大きな胸を押しつけてくるその姿には、危機感がまるでない。
「どこに自覚があるのですか……」
「未成年でも親の合意があればおっけーだよ! お母さんの合意がない瑞樹ちゃんは節度を守らないと駄目だからねっ」
「くるみも節度を守って」
「私は親がいないから、私が合意すればいいの!」
自信満々に微妙な内容の言葉を宣言している。さすがの瑞樹も面食らって固まっていた。
すぐに我に返って、俺からくるみちゃんを引きはがそうとする。
「胸を押しつけるだなんて、羨ま……破廉恥なことは駄目」
「羨ましいの?」
瑞樹は顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「ねぇ、変わりたい?」
くるみちゃんがニヤニヤとしながら問いかけた。
いたいけな少年を揶揄うお姉さんのようだ。そして、いたいけな少年側の瑞樹は、胸が俺の腕に押しつけられている部分を凝視しながら頷く。
くるみちゃんの存在感を主張する胸は男にとって桃源郷だ。それはガチ百合疑惑のある瑞樹にとっても同じことなのだろう。
「仕方ないなぁ」
「いいの!?」
「うん、ちょっとだけだよ」
ごくり、と瑞樹が唾をのみこむ音が聞こえた。
「こっちにおいで、瑞樹ちゃん」
瑞樹がゆっくりと近づいてくる。
借りてきた猫みたいに大人しい。
くるみちゃんは俺から腕をほどいて、瑞樹に向かって微笑んだ。
「心の準備はできてる?」
「も、もちろん」
見るからに緊張した様子で目を閉じる。
そしてくるみちゃんは瑞樹の腕を掴んで――。
「ん?」
俺の腕に弾力のある柔らかい感触。
この感触はもしかして……。
「えっ?」
素っ頓狂な声を出す瑞樹と至近距離で目が合った。
瑞樹はくるみちゃんに抱き着かれたいという意味で羨ましいと言ったのだが、くるみちゃんは瑞樹が俺に抱き着きたいという意味で羨んでいると勘違いしたようだ。
くるみちゃんは瑞樹をガチ百合だとは思っていない。だから、そういう解釈をしてもおかしくはない。
「最悪」
瑞樹のテンションが一気に下がるのが分かった。桃源郷にいると思ったら地獄にいたのだから仕方がない。
「まぁなんだ、その、すまなかったな」
気まずくなって謝れば、キッと睨みつけてくる。
「調子にのらないで」
俺の謝罪が気にさわったようだ。
なぜか彼女は腕の力は増し、俺の腕をより強く抱きしめた。
「どう? 美少女な女子高生に抱き着かれて嬉しい?」
「いや、そりゃまぁ……あはは」
嬉しくないはずがない。
男嫌いと主張する瑞樹の俺に対する態度は悪い。そんな彼女がこうして抱き着いてくれると、警戒心の強い猫が懐いてくれたような気持ちになる。
「度し難い変態ね……でも、これで逃げられない」
瑞樹は腕をギュッと抱きしめたまま、俺の手をつねった。
「痛い痛い!」
全力でつねってやがる。
「それはマジで地味に痛いから止めろ!」
瑞樹は俺の言葉に耳をかす気がないようだ。
腕をガッチリ組まれていて逃げ出せない。
本気を出せば無理矢理逃れることも可能だが、そうすれば下手をすると彼女を傷つけてしまう。穏便に逃れることは難しい。
どうしたものかと悩んでいると救いの手が差し伸べられる。
「そこまでだよ!」
「……もう少し続けたかったところだけど、仕方ない」
渋々といった様子で瑞樹が離れる。
手のつねられた部分を見ると真っ赤にはれあがっていた。
今もまだヒリヒリして痛い。
「瑞樹ちゃん……そんなにウラシマさんとハグしたかったんだね」
「え?」
「節度を守らないと駄目だよ?」
「こ、これは違うから!」
くるみちゃんから見れば、瑞樹が俺に熱烈に抱き着いているように見えたのかもしれない。
俺の動きを封じるために身体全体を使って抑え込んでいたから、それはもう気持ちのこもったハグに見えたことだろう。
「うんうん、分かってるよ」
「何も分かってない!」
「大丈夫大丈夫」
思い込んでしまっているのか、瑞樹の弁解を聞く様子がない。
どれだけ必死になっても、恥ずかしがって隠そうとしていると解釈されてしまう。
「ウラシマも誤解を解いて」
「自業自得だろ」
瑞樹が膝からくずれ落ちる。
よくあることなのか、憐れな姿を晒している瑞樹を気にする様子もなく、くるみちゃんが尋ねてきた。
「ウラシマさんは今でもその、ホーリーガールのことが好きなの?」
「俺の目の前でレティシアは死んだ」
「……」
「俺の中で、あいつが死んだという事実はなくならない。俺にとってはきっと、ホーリーガールはあいつに限りなく近い別人なんだよ」
「そっかぁ……なんだか悲しいね」
ホーリーガールは間違いなくレティシアの生まれ変わりだ。だが、それでも、俺の中ではレティシアとホーリーガールの間に連続性はない。
「ホーリーガールは単に一回あっただけの女の子だ。まだそこに大した縁は生まれていない。今の俺にすれば、くるみちゃんたちの方がよほど大事だよ」
「ほんとに!? じゃぁホーリーガールよりも私たちの方が好きってことだよね?」
目を輝かせながら聞いてくる彼女に対して、その頭を撫でながら答えた。
「そうだな」
「えへへ」
「たちってことは私も入っているの?」
「当たり前だろ? 瑞樹は大事な同居人だ」
「そう、なの」
瑞樹が意外そうに目を丸くする。
彼女自身、俺に対して頻繁に言いがかりをつけていることは自覚しているのだろう。だから、俺には嫌われていると思っていたのかもしれない。
確かに瑞樹は面倒くさい少女だ。
でも美少女な女子高生だ。どんなワガママだって可愛く見えてくるのが、おっさんのサガというものだ。
◆
「ここは?」
「それはねぇ、開けてみてのお楽しみ! ヒントは魔法少女にとって大事な場所だよ」
くるみちゃんはいまだに案内することを楽しんでいた。些細なことでも楽しむことができるというのは、一種の才能だと思う。
そして、彼女は勢いよく目の前の扉を開けた。
「あっ」
「きゃっ」
その先にはボンキュボンな美人お姉さんと、ツルペッタンなロリ美少女がいた。
彼女たちは――全裸だった。
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