第40話 グリーングラス

 魔法少女グリーングラスは魔法少女を束ねる組織『魔女』の主要人物だ。

 『魔女』ができる前の初期の頃にヴェノムと戦っていた者の中でも突出していた5名、彼女たちのことを総称して『初代組』と呼んでいる。グリーングラスもその一人だ。

 魔法少女という性質上、『魔女』は若者の多い組織であり、30歳の彼女はかなり高齢の部類に入る。組織の運営には彼女のような大人の目線をもった人物が必要であり、実務的な部分を統括する役割を担っていた。

 組織の長であるホーリーガールを看板とするなら、グリーングラスは屋台骨である。


「嘘です! 嘘です! 嘘です!」


 『魔女』の本拠地である洋城の中には、ホーリーガールや『初代組』などの主要人物の個室が用意されている。

 ホーリーガールは自分の部屋にあるベッドの上で、泣きながら枕を叩いていた。

 傍にいるグリーングラスのことを気にした様子もない。

 彼女がこんなにも取り乱す姿を初めて見たので、グリーングラスは戸惑っていた。


「ウラシマなんてふざけた名前……あの人が勇者様に違いありません!」


 グリーングラスはホーリーガールのことを天才だと思っている。魔法という裏側の世界でも、表側の世界でも、飛びぬけた実績の持ち主だ。一回り以上年の離れた少女ではあるが、一度たりとも子どもだと思ったことはなかった。時代の傑物とは彼女のような人物を言うのだろう。


 目的に向かって一直線のあまり、周りにいる者は彼女の意図が掴めないこともある。余り自分の胸中を語るタイプでもない。

 だから何故ホーリーガールが取り乱しているのかは分からない。勇者モモタロウという単語がどれだけの意味を持つのか分からなかった。


「ウラシマという男の……魔法おっさんの『魔女』への所属を認めても問題ない?」


 『魔女』は10年前、わずか4歳のホーリーガールによって発足された。

 彼女が登場するまで、魔法少女たちは魔法が使えるただの個人でしかなかった。ホーリーガールが組織を作り、魔法が使える少女を『魔法少女』、化け物のことを『ヴェノム』と定義し、魔法少女たちの目線が統一されたと言える。


 組織の上位陣は『魔女』ができる前の有り様をその肌で知っている者が多く、上位陣ほどホーリーガールに感謝している。崇拝している者も多い。

 故に彼女の意思は重要な意味をもつ。ホーリーガールが独裁しようとしている訳でもないが、彼女が否というのならば、それが『魔女』の総意となる程度には影響力があった。


「それは……」


 枕を殴ることを止めて考え込んでいる。

 ホーリーガールの歯切れの悪い様子は珍しい。彼女はいつも即座に明瞭な答えを出すからだ。


「所属を認めます。そして、あの人を見極めましょう。その力次第ではもしかすれば――」




    ◆




 グリーングラスはウラシマと一対一で向かい合っていた。

 これはいわば面接である。

 彼女は可能な限り、新しく『魔女』に所属する者とはこうして話す機会を設けるようにしている。


「あの子の目的も、それにどうあなたが関わっているかも、私は気にしない。私にとって重要なのは、あなたが『魔女』に相応しいか否か」


 魔法の才能があるからといって、魔法少女に相応しいとは限らない。

 魔法少女たちは命がけで賞賛されない正義の味方役を勤めている。それができるだけの人間なのかを見極る必要があった。

 そして、グリーングラスはその見極めに適した魔法を使うことができる。


「心を視る魔法を使ってもいいかしら?」

「どんな魔法だ?」

「どんな心を持っているかを視るの。具体的に何を考えているかは分からないけど、良い人間か悪い人間か。魔法を悪用しないかどうか。戦うことに向いているかどうか。そういう部分を把握するための魔法ね。魔法による心理分析みたいなものよ」

「いくらでも分析してくれ」


 自分の心が丸裸にされてしまう魔法だ。それを使うと聞かれて良い顔をする者はいない。

 だがウラシマは嫌な顔一つ浮かべず、堂々と受け入れている。

 大物なのか、大馬鹿者なのか。グリーングラスには測りかねたので、早速魔法を使ってみることににした。


「――ッ!?」


 その瞬間、グリーングラスは己の意識が呑み込まれたような感覚に陥って、慌てて魔法を解除した。


「大丈夫か?」

「ぐっ……だ、大丈夫よ」


 ウラシマの心に触れた。

 その心は余りにも大きく、まるで空のようだと思った。グリーングラスは空の大きさを手で測ろうとしたようなものだ。彼の心を推し量ることなど到底不可能だった。

 ズレた眼鏡をかけなおしながら、乱れた呼吸を整える。


「あなたは一体何者なの?」


 そう問わずにはいられなかった。

 ホーリーガールに同じ魔法を使ったときも、その途轍もない情報量に圧倒されたが、ウラシマはそれ以上だ。

 化け物だとグリーングラスは思った。


「心を視たら分かるんじゃないか?」

「どういう心理傾向なのか分かるぐらいで、素性までは分からないもの。それに、あなたの心を視ても何も分析できなかった。心が大きすぎて何も視えない。出鱈目ね」


 善人なのか、悪人なのか。

 グリーングラスが得られた情報は何もない。唯一分かったことは、彼女ではウラシマを測ることができないということだけだ。


「俺は魔法が使えるただのおっさんだ」


 ウラシマは己の正体について何も語るつもりはないらしい。

 心を視させてもらっておいて、これ以上喋れというのは虫のよすぎる話だ。


 ここで深く問い詰めて逃げられてしまっては元も子もない。

 魔法おっさんという異常な存在は、『魔女』にとって吉となるかもしれない。対ヴェノムの現状を打破する鍵になるかもしれない。

 グリーングラスはホーリーガールと同じ結論を下す。

 すなわち、ウラシマを『魔女』に所属させて様子を見るということだ。

 そしてあわよくば、彼の力を借りて『魔女』の大望を果たすのだ。




    ◆




 魔法おっさんとの面接が終わり、グリーングラスは椅子に座って思考にふけっていた。

 ウラシマの力は危険だ。何かあっても彼を止められる者はいない。

 唯一止められるとしたら、それはホーリーガールだけだ。


(でも……)


 逆にホーリーガールを止められるのも魔法おっさんだけだろう。

 グリーングラスはホーリーガールに全幅の信頼を置いている。だが同時に、彼女が暴走したときに止められる者がいないことを憂いてもいた。

 理由は分からないがホーリーガールはウラシマに興味を持っている。互いに互いの防波堤になってくれればいいと思う。


「?」


 いきなり部屋の扉が開いた。突然の来訪者だ。


「ノックぐらいしなさい」

「はいはい」


 自分の注意を全く聞いている様子もなく、グリーングラスはため息をつく。

 無礼千万な来訪者の正体は魔法少女レッドソード。彼女もいわゆる『初代組』と呼ばれる魔法少女の一人だ。


「もっと慎みをもちなさい」

「はいはい、あんたは私のママかっての」

「他の魔法少女への影響を考えなさい」


 レッドソードは戦うことを好んでおり、『初代組』の中では最もフットワークの軽い人物だ。応援要請で出動した回数が圧倒的に多い。

 つまり一番多く魔法少女の命を救った魔法少女ということだ。

 戦闘スタイルも炎の剣を主体にしたもので、その姿はまるで少女漫画に出てくる騎士のように華やかだ。

 手に負えないヴェノムに殺されかけたところで、彼女が颯爽と助けに来てくれる。

 宝塚歌劇団の男役でも見るような目で彼女を見ている魔法少女は多い。レッドソードの熱烈なファンだ。


「あなたに憧れている子は多いのよ」


 魔法少女の中には剣主体で戦う者も多いが、彼女たちは大抵レッドソードに感化されている。

 アイスソードもその典型例だ。


「私に影響力なんてないって」

「ほんとにもう、鈍感なんだから……」


 いつも注意しているのだが、レッドソードは己の影響力を甘くみているフシがある。そもそも女の子に本気で思われることを想定していない。

 グリーングラスは女子高出身で、女だけの集団に身を置いていた。だから分かる。女だけの組織ではときに醜い妄念が生まれることがあるのだ。


「それより……どうだった?」

「何のことかしら」

「魔法おっさんだよ。さっきまで話してたんだろ?」


 一目で分かるほど興奮していた。

 胸の高鳴りが抑えきれないという感じだ。


「相変わらずね」


 グリーングラスはため息をもらした。

 彼女は理性を重んじる。人と動物との違いはその理性にあると考えている。

 だからこそ戦闘狂の思考を理解できない。

 強者を見れば好んで戦いたがるレッドソードには呆れてしまう。


「魔法おっさんは……想像以上よ。あなたもきっと満足できるはずよ」

「まじか!」


 グリーングラスはあえて彼女に期待をもたせた。

 狙い通りレッドソードはもう我慢できないとばかりに飛び出て行く。

 バタンとしまった扉を見ながら、眼鏡に指を添えて呟く。


「ウラシマ……魔法おっさん。あなたの力を見極めさせてもらうわ」

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