第33話 女子高生と一緒に寝て鼻血を流す

 ニュース番組が終わり、テレビではCMが流れていた。

 古井ジュエリーのCMだ。

 俺が召喚される前は年配の人向けの宝石ブランドのイメージだったが、今では随分と若者向けにシフトしているらしい。

 出演しているタレントも中学生ぐらいの女の子だ。かなりの美少女だから、子役かアイドルか何かだろうか。

 17年前に召喚され、最近戻ってきたばかりの俺は彼女のことを知らない。だが、どこか懐かしい気がした。

 昔テレビに出ていた芸能人の子どもだとか、そんな感じかもしれない。


「この子はなんていう名前なんだ?」

「古井コガレ(ふるい こがれ)ちゃんだよ」


 くるみちゃんが牛乳を飲みながら答えた。

 彼女は寝る前にいつも牛乳を飲む習慣がある。少しでも身長を高くしたいらしい。効果があるようには見えないが。


「有名な芸能人が親だったりするのか?」

「お父さんは古井財閥の社長だって聞いたけど、お母さんについてはよく知らないなぁ。でも芸能人じゃなかったと思う。コガレちゃんのことが気になるの?」

「妙に懐かしい感じがしてなぁ」

「やはりウラシマはロリコンなのね」


 瑞樹が軽蔑した目を向けてくる。

 彼女はくるみちゃんが夜に牛乳を飲む習慣があると知り、「それが巨乳の秘密か!」と一緒になって牛乳を飲んでいる。


「17歳下のくるみにイヤらしい目を向けているし、挙句の果てには14歳の彼女に欲情。ロリコンここに極まれり。今のうちにチ〇コを斬り落とすべきね」

「お前、冗談でもそんなこと言うなよ……」


 股間がヒュンとする。


「冗談じゃないけど……?」


 瑞樹は男は犯罪者予備軍だと主張しているが、俺からすれば彼女の方が余程犯罪者予備軍だ。


「頼むから傷害事件を起こさないでくれよ?」

「ウラシマ次第だから。そもそも古井コガレさんは雲の上の存在だし、ウラシマ如きがどうこうできるはずもない」

「そんなに凄い子なのか?」

「幼稚園に通いながら、落ち目だった古井財閥を再建させたと言われるとんでもない人。才色兼備とはまさに彼女のような人を言う」


 末恐ろしい子どももいたもんだ。


「この指輪も古井コガレさんのデザイン」


 瑞樹が手につけている指輪を示した。指輪には青い石がついている。

 くるみも似たような指輪をしているが、彼女たちの指輪についている石は、魔法石と呼ばれるもので、魔法少女に変身するために必要な媒体だ。


「もしかして、その古井コガレって子も魔法少女なのか?」

「そうよ」


 魔法少女は見た目が優れているものしかなれないルールでもあるのだろうか。くるみちゃんも瑞樹も、そして古井コガレという少女もみな美少女だ。


「ホーリーガールっていうすごい魔法少女なんだよ!」




    ◆




「早く入りなよー」


 くるみちゃんが声をかけた。

 瑞樹はくるみちゃんの部屋の前に立ち、中に入るのを躊躇っている。


「わ、私が入っても、いいの?」


 ソファーは俺が占有していて、瑞樹には寝床がまだない。そこで今日はくるみちゃんと瑞樹が一緒のベッドで寝ることになった。

 なったのだが……瑞樹は無駄に緊張した様子だ。


「良いに決まってるよ。ほら早く早く」

「し、失礼します」


 お前は童貞の男子高校生か。

 ガチガチの動きで部屋の中へと入っていく。


「大丈夫だろうか……」


 くるみちゃんは心を許した相手には酷く無防備だ。無邪気に隙を晒した結果、瑞樹が我慢しきれずに襲い掛かってしまうかもしれない。

 もしも瑞樹が無理やり事に及ぼうとするのなら、くるみちゃんの同居人として止めに行く義務がある。


「まぁ……大丈夫だろう。きっと、たぶん」


 そしてしばらくした後――。


「わ、わわわ!」


 くるみちゃんの間抜けな声が聞こえてくる。

 悲鳴というよりは、何かに驚いて慌てているみたいだ。


「ウラシマさん早くきて!」


 何やら非常事態のようだ。

 扉を開けるとベッドの上が血で汚れていた。

 まさかガチで事案……?


「……って、大丈夫か瑞樹?」


 瑞樹が鼻を押さえている。手の隙間から血がポタポタとこぼれ落ちていた。

 事案が起きたことによる血ではなかったようだ。

 くるみちゃんに状況の説明を求めた。


「一緒に寝ようとして布団に入ったら鼻血が出ちゃって」


 うわぁ……。

 くるみちゃんは瑞樹のガチ百合疑惑には無頓着だ。極端に大事にされているとは理解しているようだが、それを百合的なものだとは思っていない。


「瑞樹はくるみちゃんと一緒に寝ると鼻血が出るみたいだな」

「そうなの? 不思議だね」


 余計なことを言うなとでも言いたいのか、瑞樹がこっちを睨んでくる。




    ◆




 鼻血を拭き終わった後、どこで寝るかが問題になった。

 まともに寝れる場所は2つ。

 リビングのソファーとくるみちゃんの部屋にあるベッドだ。

 この家は2LDKだが、もう一つある部屋はくるみちゃんの荷物や瑞樹の荷物で物置状態になっていて、人が横になるスペースはなかった。

 今後時間があるときに整理して、その部屋に寝具を置くことになるとは思うが、問題は今どうするかだ。


「私はソファーを使うからウラシマさんと瑞樹は私のベッドを使ってね。じゃぁ、おやすみぃー」


 俺や瑞樹がどういう形で割り振るのが最適かを考えていると、くるみちゃんは眠気が限界をこえたのか、ソファーを陣取ってあっという間に眠りにつく。以前に中々眠れないとぼやいていた記憶があるが、とんだ早業だった。

 すぐに眠ることができるというのは一種の才能だと思う。呆れてしまうほどに、すやすやと気持ちよさそうだ。

 とはいえくるみちゃんがソファーで寝るとなれば、その後の選択肢は自ずと限らてくる。


「俺はそこの椅子で寝るよ」

「ウラシマが寝る場所はあっち」


 瑞樹はくるみちゃんの部屋を示す。


「じゃあ瑞樹はどこで寝るんだ?」

「あっち」


 彼女が指し示す場所は、先ほどと変わらずくるみちゃんの部屋だった。


「ウラシマをくるみと同じ空間で寝させる訳にはいかない。でもくるみの部屋で一人にさせると何をしでかすか分かったものじゃない」

「別に俺は構わないが……瑞樹は大丈夫なのか?」

「何が?」

「男が苦手なんだろ?」

「苦手じゃない。嫌いなだけ。変なことをしてこようものなら斬り落とすから」


 股間がひゅんとした。彼女は間違いなくヤル女だ。

 大事なものが斬り落とされてはかなわない。

 仕方なくくるみちゃんの部屋に入って床に寝そべった。フローリングの床は硬く、身体のあちこちが痛む。

 窮屈ではあるが、就寝環境が整うまで我慢するしかない。


「俺もいい加減眠いしもう寝る」

「そんなところで何をしているの?」

「見れば分かるだろ。寝るんだ」

「あなたの寝る場所はこっち」

「……は?」


 瑞樹はベッドの上で壁際によって寝そべっている。そして布団を持ち上げて、隣に来るように促していた。

 女子高生と一緒のベッドで寝るとかさすがに駄目だろ。シングルベッドだし。


「俺は床でいいよ」

「黙って。自分が妥協することで私に勝ったつもりだろうけど、そういう施しは拒否する」

「じゃあ瑞樹が床で寝ろよ」

「どうして私があなたのために床で寝る必要があるの?」


 ……めんどくせぇ。

 対男限定なのかもしれないが、人の善意を変なプライドで拒むタイプだ。円滑なコミュニケーションのためには、申し訳ない気持ちになったとしても、時に快く善意を享受する必要がある。


 まぁ彼女は17歳の女子高生だ。大人びた容姿をしているものの、中身はまだまだ子どもだ。

 馬鹿みたいなことに固執してしまうのも若者の特権だろう。


「邪魔するぞ」


 俺はベッドの上にあがり込んだ。


「あっちを向いて。そしてなるべく距離を取って」

「はいはい」


 隣にいる瑞樹に背を向けて、できるだけ離れた。


「もう少しこっちに寄って」

「はぁ? お前が離れろって言ったんだろ?」

「お前じゃない。瑞樹。そこだとウラシマが掛け布団を被れない」

「大して寒くないし別にいいよ」

「……仕方ない」


 分かってくれたか。

 そう思ったのも束の間、瑞樹がモゾモゾと動きだす。

 俺の方に距離を詰めてそのまま俺に布団を被せた。

 リンスによるものか、花のような匂いがする。くるみちゃんと同じシャンプーやリンスを使っているようだが、瑞樹自身の匂いも混じっているのか、くるみちゃんから香ってくるものともまた異なっていた。

 健康的なくるみちゃんの匂いに対して、瑞樹の匂いは煽情的だ。彼女自身の意向とは裏腹に、男を誘惑するようなフェロモンがある。


「ちゃんと被れている?」

「あ、あぁ……バッチリだ」


 十分に布団にくるまれている。

 温かい。

 布団には熱があった。瑞樹の身体で温められているからだ。

 まるで彼女自身に抱きしめられているような気持ちになる。

 気恥ずかしくなって黙り込んでいると瑞樹が話しかけてきた。


「ウラシマの目的は何?」

「俺に良くしてくれた人はヴェノムに殺された。月並みかもしれないが、そういう被害を抑えたいと思ってな。俺にはそれができるだけの力がある」

「そう……素晴らしい考えだけど、そこはどうでもいい」

「瑞樹が聞いてきたんだろう?」

「私が知りたかったのは、どうしてくるみに近づいたのかということ」


 なるほど。

 瑞樹の行動原理の大半はくるみちゃんによるものだ。分かりやすい奴というべきか、ヤバい奴というべきか、それとも面倒くさい奴というべきか。


「ただの偶然だ。偶然あの子と出会って、行き場がなかった俺は彼女の家に住み着いたんだよ」

「行き場なら私が用意する。家も仕事も用意する。だから、ここから出て行って」


 彼女はお嬢様だ。

 経歴が最悪な俺に、まともな職を用意することは難しくないのだろう。普通に考えれば、その提案にのるべきだ。

 だが――。


「俺はくるみちゃんのことを気に入っている」

「やはり、くるみの身体を狙っているのッ!?」


 背後で瑞樹が動く気配がした。

 放っていたら、斬り落とされそうな気がして慌てて弁明する。


「そういう意味じゃない。俺はあの子のことを守りたいんだ」


 この世界に戻ってきて、最初に縁ができた源さんを守ることができなかった。その代わりという訳でもないが、次に縁が出来た人物であるくるみちゃんはこの手で守りたいと思う。


「なんというか放っておけないんだよ」


 あの子はいつも無邪気に笑っている。

 その笑顔は他の何にも代えられない尊いものだと思う。彼女の笑顔につられて、つい甘やかしている自覚はあるが……。


「お前と同じだ」

「……お前じゃない。瑞樹」


 俺の返事に納得してくれたのか、大事なアレを斬り落とすことは止めてくれたらしい。

 危機が去ったことで安心できたからか急に眠たくなる。隣で黙り込んでいる少女におやすみと告げて、まぶたをとじた。

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