第31話 プロローグ
17歳の平凡な高校生だった俺は突然異世界に召喚され、勇者として魔王と戦うことになる。日本で過ごした期間と同じだけの17年間、異世界で戦い続けて、ようやく魔王を討ち果たした。
これから異世界で元勇者として、魔王による被害からの復興を支援していきたいと思っていた矢先、こっちの世界に帰還することになってしまう。
日本での俺には空白の17年がある。召喚される前の俺は既に死んだことになっているはずだ。
元勇者として異世界から戻ってきた俺は、金なし、職なし、戸籍なしの最底辺なおっさん34歳でしかなかった。
そんな俺はある日、ヴェノムという化け物と、それと戦う魔法少女たちの存在を知る。元勇者としての力を活かし、魔法おっさんを自称し、壱牧くるみという魔法少女の家にちゃっかり上がり込んで同棲を始めた。
すったもんだの末に彼女の親友にして魔法少女仲間でもある蒼城瑞樹に、同棲していることがバレてしまう。
そして――。
「こっちをジッと見て、なんのつもり?」
俺の視線の先にいる少女、瑞樹が訝し気に振り返る。
彼女とくるみちゃんは風呂敷に大量に包まれた荷物と、2つのスーツケースを荷解きしていた。
ケースの中を遠目に見た限りでは、きっちり整理整頓されて収納されているように見えるが、2人は適当にバラバラに荷物を出している。2人とも考えなしで要領が悪い。
適当に荷物を取り出している瑞樹の姿を見て、ケースに綺麗に荷物を詰めたのは別の人物なのかもしれないと思った。
「いや、なんでもない」
瑞樹はくるみちゃんのことが大好きだ。親友・戦友としての大好きは当然として、もしかすると恋愛感情も持っているのかもしれない。
彼女は俺とくるみちゃんが一緒に暮らしていることを知り、なんとか辞めさせようとしていた。だが、それが叶わないことを理解するやいなや、なんと彼女もまた同棲するべく、くるみちゃんの家にあがりこんできた。
「視線だけで妊娠しないとはいえ、気をつけて」
隣のくるみちゃんに声をかけている。
瑞樹は男嫌いだ。男は全て犯罪者予備軍だと主張してはばからない。そんな彼女が俺と一緒に住んで大丈夫なのかと思うのだが、彼女的には俺と同棲しているのではなく、あくまでくるみちゃんと同棲しているということらしい。
とんだ屁理屈だ。
「うん? そうだね」
くるみちゃんが頷く。
彼女も瑞樹の極端な男嫌いのことは理解しているようで、話半分に聞きながら適当に頷いているらしい。
「フッ」
瑞樹は勝ち誇った顔で鼻で笑う。美人だからドヤ顔も様になっていて腹立たしい。
別に勝ち負けに興味はなかったが、敢えて言うのであれば、俺は全く負けてないと思う。
新しい同居人は――非常に面倒くさい少女だ。
とはいえ、そんな面倒な部分も、容姿が優れているせいか、彼女の愛嬌のように思えてくるから不思議だ。
最底辺のおっさんが美少女女子高生2人と同棲する。
そんなことになるとは想像もしていなかったが、こんな日々も悪くないのかもしれない。
◆
「そろそろ休憩にしないか?」
荷解きに苦労する2人に声をかける。
効率が悪くて見ているとイライラするが、瑞樹は男嫌いだ。俺が手伝おうとしても拒否するだろう。
のんびり温かい目で見ているべきだ。
「私たちの作業に口出ししないで……ってくるみ!?」
くるみちゃんはちゃっかり椅子に座っていた。
「休憩するってことはケーキ出してくれるんでしょ?」
「あぁ、そうだ」
ケーキという単語に反応して、瑞樹の身体がピクッと動く。
くるみちゃんと同じく甘いものが好きなようだ。2人の馴れ初めは知らないが、そういう部分でも気があって親友となれたのかもしれない。
「インスタントだけどコーヒーも淹れるからさ。コーヒー好きなんだろ?」
「どうして私の好みを……まさかストーカーなの?」
「くるみちゃんが話してただけだ」
「……そういうことにしておいてあげる。早くケーキとコーヒーを用意して」
彼女も荷解きに疲れていたのか、休憩することにしたらしい。図々しくも早く用意しろと要求してくる。
「ほら、お望みのケーキだ」
2つのケーキをそれぞれ小皿にのせて提供する。
くるみちゃんには好物のモンブランで、瑞樹にはショートケーキだ。
彼女は目の前にあるショートケーキを見つめながら訝しむ。
「やはりストーカー?」
「何の話だ」
「変なこと言ってないで早く食べようよ」
「……そうね」
2人はケーキを食べ始める。
ケーキの食べ方を見るだけでも、その人物のことが分かってしまうものなんだなと感じた。
くるみちゃんは元気というか子どもっぽいというか。カチャカチャと音をたてながら、口いっぱいにケーキを頬張って、口元にはモンブランのクリームがついている。
瑞樹は上品な食べ方だ。無駄な音をたてずにケーキを食べている。お皿も口周りも汚れておらず綺麗だった。姿勢も背筋がビシッとのびている。
男嫌いで俺に対する扱いは悪いが、きっと良いところのお嬢様なのだろう。
「美味しいね!」
「そうね」
くるみちゃんの純粋な笑顔につられたのか、瑞樹も穏やかに笑っている。
この家に来てからはムスッとした表情を浮かべてばかりだったから新鮮に感じた。
彼女の笑顔はとても可愛らしい。もっと笑っていればいいのに、せっかくの素材が勿体なく思う。
「ほら、コーヒーだ」
余程礼を言いたくないのか無言で頭を下げる。
そして優雅にコーヒーを口にした。
クールな(見た目の)美人とブラックコーヒーはいい組み合わせだ。
「私が淹れるより美味しいでしょ?」
「……くるみのコーヒーには愛があるから」
元々くるみちゃんが瑞樹が遊びにきたときのために用意していたインスタントコーヒーだ。
味に大した違いはないはずだが……。
もし違いがあるとすれば説明文通りに作るかどうかだ。くるみちゃんは割とずぼらだから適当に作っていたのだろう。
「あなたも食べたらどう?」
「俺はお腹空いてないから」
「そう……ん?」
彼女はショートケーキと俺の顔を交互に見比べる。
「あっ!」
急に大きい声をあげて立ち上がった。
「このケーキはもしかして、あなたが食べる予定だったケーキ?」
「まぁ……瑞樹の歓迎祝いってことで」
「こっちに来て」
「は?」
「いいからこっちに来て!」
彼女に促されて隣の椅子に座る。
「口を開けて」
「何でだよ」
「良いから早く!」
大人しく口をあけると「そのまま!」と言われた。
意図が分からぬまま従っていると、彼女はショートケーキをフォークで切り取って俺の口へと放り込む。驚きつつもケーキを食べた。
「あなたからの施しは受けない。あなたも口にしたから、これで譲ってもらったことにはならない」
瑞樹の考えは分かる。
男嫌いの彼女は男から何かを譲られることが嫌いなのだろう。
でもなぜこんな行動に出たのかは分からない。
「間接キスだー」
くるみちゃんはとっくにモンブランを食べ終えていた。ココアを飲みながら無邪気に間接キスだと指摘する。
そこは黙っていてほしかったなぁ。
瑞樹は自分のフォークを、俺が口をつけたばかりのフォークをじっと見つめている。
次にフォークを使ってケーキを口にすれば、俺から瑞樹への間接キスになってしまう。男嫌いの彼女にとっては受け入れられないはずだ。口をへの字にしながらフォークを睨みつけていた。
「代わりのフォーク取ってくるよ」
「施しは不要だから!」
止める間もなく、彼女はフォークを使ってショートケーキを食べた。
「まじか……」
男嫌いがすぎてバカになってやがる。
意固地になってドツボにはまるタイプか……。
くるみちゃんがズボラなら、瑞樹はポンコツだと思う。
瑞樹は俺にフォークをビシッとつきつけてくる。
非常に行儀の悪い行動だ。
彼女がお嬢様だと思ったのは間違いだったかもしれない。
そして――自信満々に偉そうな顔で宣言した。
「私の勝ち!」
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