第30話 エピローグ
俺がくるみちゃんと同棲していることが瑞樹に発覚して、それはもう大変な目にあった。
カフェにいたからさすがの瑞樹も自重したのか、魔法少女に変身こそしなかったが、殴りかかってくるし、その腕を掴んで封じれば噛みついてくるし、とんだ暴れん坊将軍だ。
当然のごとくカフェから追い出されて、近くにあった公園で言い争いが続けられた。
女性の口には敵わない。俺はくるみちゃんと瑞樹の言い争いをほとんど聞いているだけだった。
瑞樹が俺のことを悪く言って、くるみちゃんがそれに反発するという流れだ。そして、くるみちゃんが俺を庇えば庇うほど、瑞樹の俺に対する感情が悪化していくという悪循環に陥っていた。
ただ、どれだけ説得してもくるみちゃんの心が変わらないと悟ったらしく、瑞樹は「今に見てなさい」と俺に向かって言い捨てながら怒ったように去っていった。
「瑞樹から連絡はあったか?」
あの事件の翌日、学校は臨時休校となっていた。とはいえ自由に遊び惚けられるかといえばそうではなく、学校からは課題が出されている。
家のリビングで課題をこなす彼女に瑞樹のことを尋ねた。
「ないよ」
くるみちゃんは首を振った。
電話やメッセージを送っても一切応答がないらしい。
今の時刻は午後の2時だ。昨日からはそれなりに時間が経っている。休校になったとはいえ、ほとんどの生徒はもう起きて活動している時間だろう。瑞樹も起きているはずだ。
「心配だな」
「大丈夫だと思うよ?」
くるみちゃんは数学の問題集を解いていたが、疲れたのかノビをした。
「かなり怒ってたぞ」
「どうせ明日には連絡してくるよ」
意外とドライだった。
彼女は瑞樹について余り気にする様子もなく問題集に取り組んでいる。どうやら難問に当たったようで、腕を組んで唸っていた。
「ウラシマさん教えて♪」
「17年前に高校中退した俺に何を求めているんだ」
結果として中退という不名誉な状態になっている。いやそもそも死んだことになっているから正確に言うなら学歴なしか。
とにかく俺は17年間、数学には触れていない。数学は前提となる知識や公式がある。それらをまるっと忘れていたら、簡単に解けるものも解けない。
まぁこれは俺に限った話でもないだろう。
34歳の大人が高校生に数学を教えてと頼まれて、すぐに教えられる者は少ないはずだ。
「そうだよねぇ」
やれやれとわざとらしくため息をついている。
召喚される前、それなりに勉強はできた。この俺が教養のない人間のように思われるのは我慢ならない。
とはいえ今すぐどうこうしようとしても恥をさらすだけだろう。俺は彼女に隠れて勉強することを決意した。
「そろそろケーキの用意をしようと思っていたが……大人をバカにする子どもには出さなくてもいいな」
「えぇ!?」
普段は学校に通っているから平日に3時のおやつはない。土日は彼女のためにおやつを用意しているが、彼女はいつも目を輝かせて楽しみにしていた。
「私が悪かったです」
よほどおやつを楽しみにしていたのか、態度を急変させて平謝りだ。
「分かればよろしい」
2人でしょうもないやり取りをしながら遊んでいるとインターフォンの音が鳴った。
「誰だろう? 玄関前で押されたみたいだけど……」
このマンションの呼び鈴は、エントランスから呼ばれる場合と玄関前から呼ばれる場合で鳴る音が区別されている。今回は玄関前の方だ。
エントランスを介さずいきなり玄関前とは不自然だ。訪問販売か何かだろうか。
家主のくるみちゃんには心当たりがないらしい。当然、俺にもない。
インターフォンのモニターを見ると、そこには瑞樹の姿があった。
「瑞樹ちゃん!?」
くるみちゃんが慌てながら玄関扉を開ける。
瑞樹が真帆川女子高校の制服を着て立っていた。
彼女は大きな風呂敷に大量の荷物を入れて背負っている。両隣には長期の旅行にでも行くかのようなキャリーケースが置いてあった。
「……本当に同棲しているのね」
俺とくるみちゃんを見比べた後、俺に向かって恨みがましい視線を向けてくる。
「どこかに旅行するのか?」
「は?」
「凄い大荷物だから旅行にでも行くのかと思ってな。しばらく会えなくなるからくるみちゃんに挨拶に来たんじゃないのか?」
「私がくるみを置いて遠くに行く訳ない。バカじゃないの?」
心底呆れたという顔をしている。
うぜぇ……。
この前、あえて彼女に力の差を見せつけて、そのプライドをへし折ったつもりだったのだが、いまだに生意気な態度は健在だ。
戦いとプライベートは全く別ということか。俺がどれだけ強さをアピールしたところで、くるみちゃんの傍にいることを認める結果には繋がらないらしい。
「その荷物はどうしたの?」
くるみちゃんが尋ねる。当然の疑問だ。
大きな荷物を運ぶとき、まず思い浮かぶのは旅行だ。だが旅行ではないらしい。そうなると次に浮かぶのは……引っ越しだ。瑞樹はどこに引っ越すつもりなのか。
凄く嫌な予感がする。
「もしかして、まさか――」
「私はくるみと同棲する」
やっぱりか。
最悪の予感があたってしまった。
「ウラシマがくるみに不埒な真似を働かないか監視する」
シャーと威嚇しながら宣言している。
くるみちゃんは嬉しそうだった。彼女にとっては3人一緒に暮らせることが嬉しいのだろうが、俺にとってはのっぴきならない事態だ。
「私とウラシマさんが一緒に住むこと自体は認めてくれたってことだよ」
「そうなのか?」
瑞樹はぷいと顔をそむける。
「くるみと同棲するだけ。そして、大事なくるみが怪しい男に狙われるのを防ぐだけ」
あくまでも俺と同棲するつもりはないというスタンスだ。
「……と言っているが」
「照れ隠しだよ。いやー、瑞樹ちゃんと同棲できるなんて嬉しいなぁ」
くるみちゃんは無邪気に喜び、瑞樹の両手を握った。
瑞樹は瑞樹でまんざらでもなさそうに鼻の下をのばしている。エロおやじのようにだらしのない姿だ。
彼女は俺がくるみちゃんに不埒な真似をしないか監視するというが、むしろ俺よりも彼女の方が危険人物だと思う。
「はぁ……」
瑞樹は男嫌いで面倒な性格をしている。
ガチ百合っぽい彼女がくるみちゃんに手を出さないか気をつけるのは、俺の役目になるのだろう。
随分とまぁ、面倒なことになったものだ。
「どうしてため息をつく!?」
瑞樹がグイっと近づいて怒ってくる。
距離が近い。
至近距離で見ると、本当に整った顔立ちをしていると改めて感じる。
「この私と一緒に住むことができて嬉しいと思わないの!?」
「いや嬉しいよ。瑞樹は可愛いからな」
中身に難はあるが、華やかな容姿をしていることは事実だ。
くるみちゃんとタイプは違うが、かなりの美少女だ。くるみちゃんがアイドル系だとすると、瑞樹はモデル系だ。
男性だけでなく女性すらも見惚れる美人だと思う。俺だって彼女と街中ですれ違えば、きっと振り返ってしまうだろう。
「あっ、瑞樹ちゃん照れてるー」
「照れてない! 気持ち悪いことを言われて怒りをこらえているだけ!」
彼女は俺の了解もとらずに勝手に家に上がりこむ。
くるみちゃんが荷物を置く場所を伝えていた。どうやら同棲することは決定事項らしい。
「これからよろしくね、瑞樹ちゃん」
「こちらこそよろしく、くるみ」
そもそも俺に決定権は存在しない。家主はくるみちゃんだ。くるみちゃんが3人で住むことを快諾している以上はどうしようもない。
「そこのあなたも、これからよろしく――」
瑞樹と目が合った。
「する必要はないか。失礼しました」
「……お前なぁ」
「お前じゃない。瑞樹」
なんて生意気な少女だ。
見た目が良いからってお高くとまってやがる。男を馬鹿にしている。
俺は新しい同居人に対して決意したのだった。
――絶対に分からせてやる!
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