第18話 女子高生×3

 午前の授業が終わり、生徒たちはみな昼食の準備を始めている。


「最近、ご機嫌だね」


 友人の田中愛梨が一緒に弁当を食べようと席をくっつけながら声をかけてきた。

 2年にあがって同じクラスになってから親しくなった少女だ。クラスの中では魔法少女仲間の蒼城瑞樹の次に親しい関係である。


「そうかな?」

「ちょっと前は全然元気がなかったのに、ここ最近は毎日が楽しくて仕方がないー! って感じ」

「自分じゃ分からないかなぁ、あはは」


 愛梨が言う内容については理由がはっきりしている。

 ちょっと前に元気がなかったのは連日現れるヴェノムへの対処で疲弊していたからだ。そしてここ最近楽しいのは、ウラシマのお陰だ。


 彼は同棲初日こそ、家電の使い方が分からず戸惑っていたが、元々高いスキルを持っていたのか料理や家事全般はすぐに上達した。

 今ではウラシマの家事に全幅の信頼を置いている。くるみがやるよりも余程質が高い。

 家事のほとんどをこなしてくれていて、ヴェノムも倒してくれる。

 くるみはまるで翼が生えたかのように、様々なことから解放された気分になっていた。


「怪しい」


 いつの間にか瑞樹も反対側で席をくっつけていた。

 彼女も最近のくるみのことを不審に思っているらしい。


「出た小姑」


 くるみを挟んで愛梨と瑞樹がにらみ合う。

 瑞樹は才色兼備な女性だ。くるみは勉強も運動も、そしてヴェノムとの戦いも上手くこなす瑞樹のことを尊敬している。

 だが、そんな彼女にも欠点はあった。

 その一つがくるみの交友関係に口を出したがることだ。

 愛梨とくるみが仲良くなったときもひと悶着あり、愛梨はそのときの経験から、瑞樹のことをくるみの小姑だとからかっている。

 いつものように火花を散らし合う二人をしり目に、くるみは鞄から弁当箱を取り出した。


「一番怪しいのはそれね」


 瑞樹が弁当箱をビシッと指さす。


「可愛い顔して意外と適当なくるみが、こんなに手間がかかってそうな弁当を作れるとは思えない」

「あたしも同意ー」


(私も同意だよ……)


 くるみがいつも作っていたのは冷凍食品をメインとした手抜き弁当だ。

 一方でウラシマの弁当は、全て手作りで栄養バランスも考えられていて、彩りも鮮やかである。しかもご飯の部分では海苔を上手に使って兎が描かれていた。


(うぅ、やりすぎだよウラシマさん!)


 可愛らしくて美味しそうなお弁当だ。ウラシマの愛情を感じてすごく嬉しく思っている。

 だがくるみは家事が得意ではない。できない訳ではないがやりたくないタイプだ。瑞樹と愛梨にそのことは知られている。以前、愛梨に「家庭的な女の子と思わせてズボラな女の子ランキングがあれば1位だね」とからかわれて割と傷ついたこともある。

 どれだけ贔屓目に見ても、くるみが作った弁当とは思えないだろう。

 でも一緒に住み始めた男の人が作ってくれたと正直に話すことはできない。くるみは必死に取り繕った。


「私ももう大人なんだし、ちゃんとしなきゃなって思ったの!」

「急に家事をしっかりし始めたし、最近妙に色気づいてる気がする。そこに私は大人という発言……そんな、まさかっ!」


 瑞樹が急にショックを受けたみたいに机につっぷした。


「どうしたんだろう?」

「あー……くるみはそのままでいて」


 愛梨が親指をグッと上げた。

 彼女たちの反応の意味はよく分からない。

 首をかしげながら、弁当に入っていたハンバーグを食べる。


「んふー」


 このハンバーグは昨日の晩御飯の残りだ。

 くるみが好きな料理を聞かれたら、ハンバーグは間違いなく上位に入る。

 自分で作るほどのやる気も料理スキルもないため、いつもは冷凍のハンバーグや外食で注文したものを食べていた。

 それはそれで美味しいとは思うが、手作りのハンバーグはそれとは別の美味しさがある。

 ウラシマの作ったハンバーグを食べたとき、くるみはこれがお袋の味なんだと思った。


「美味しそうだね」

「うん! すっごく美味しい!」


 くるみは幸せだった。

 甘えてしまって申し訳ないと思ってはいるものの、ウラシマは「仕方ないな」と言いながら雑事をこなしてくれる。

 くるみに母親の記憶はないが、母親がいればこんな感じで面倒を見てくれるのではないかと思った。


(ウラシマさんは今何してるかな)


 部屋の掃除をしてくれているかもしれない。晩ごはんの食材を買いに行っているかもしれない。あるいはゲームで主人公のレベル上げをしているかもしれない。


「ふふ」


 家に帰ればウラシマが出迎えてくれる。

 早く家に帰りたいと思った。


「ねぇ、くるみ」

「なに?」

「彼氏できたの?」

「えぇ!? なんで?」

「そんな感じの顔してたからさ」


 どんな顔だろうか。くるみは自分の顔の形を手で触って確認する。

 愛梨の言う彼氏ができた感じの顔なのかどうかは分からなかった。


「女子にとって恋愛は良い栄養になるからね。顔に艶があるよ」


 愛梨が腕を組んでウンウンと頷いている。

 彼女は改造した制服を着ていて、お嬢様の多い真帆川女子高校の中ではチャラついている方だ。スカート丈も人一倍短く、ふとした拍子に下着が見えそうだ。

 恋愛経験のないくるみや瑞樹と違って経験豊富であるらしく、よく2人に恋愛を推奨している。

 もっとも、その度に瑞樹が愛梨に「余計なことを言うな」と怒るのだが。


(瑞樹ちゃんは反論しないのかな?)


 いつもと違って黙ったままの瑞樹のことが気になった。


「瑞樹ちゃん?」


 いまだに机につっぷして黙ったままだ。

 もしかして意識がないのだろうかと心配になって彼女の身体を揺すった。

 すると瑞樹はガバっと身体を起こしてくるみの両肩を掴んだ。


「どこのどいつ!? チ〇コを斬ってやる!」


 まるで鬼のようだとくるみは思った。美人であるが故に怒った顔をすると迫力がある。


「あはは」


 苦笑いを浮かべて誤魔化すしかなかった。

 魔法おっさんのウラシマと同棲していると知れば、速攻で家に乗り込んでウラシマに斬り掛かってもおかしくない。さすがのくるみも殺傷沙汰はごめんこうむりたかった。


 三人で昼食を食べ、他愛もない話をしていると、アッという間に予鈴がなる。昼休み終了5分前だ。


「あーぁ、もう昼休みも終了か」


 愛梨がノビをしながら気だるげな様子で言う。


「やる気でないし部活さぼろっかなー」


 彼女は吹奏楽部に所属していて、よく部活がしんどいと愚痴をこぼし、サボりたいと口にする。だがその実、サボったことはないし、部活が始まれば始まったで、誰よりも熱心に取り組むタイプだ。


 くるみも瑞樹も魔法少女としての活動があるため部活には入っていない。だから吹奏楽部で努力している愛梨の姿を見て眩しく思うことがある。


(愛梨ちゃんたちの何気ない日常を守るんだ)


 魔法少女は命がけでヴェノムと戦っている。彼女たちには各々の戦う理由がある。

 家族のために戦う者。名も知らぬ人々の平和を守りたいと思う者。戦うことが好きな者。お金のために戦う者。人それぞれの理由だ。


 当初、くるみは義務のように思って戦い始めた。だが今では友人たちが傷つかないようにしたいと思って戦っている。

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