第17話 ヒモの日常

 女子高生のくるみちゃんと同棲し始めて1週間が経った。

 相も変わらず俺は無職のおっさんだ。生活費は全てくるみちゃんに出してもらい、ヒモ状態である。


 一応言い訳もある。

 魔法少女はヴェノムを倒すと報酬を貰えるが、それとは別に固定給もあるらしい。

 だがくるみちゃんは最近ヴェノムが頻繁に発生することで疲労がたまっていた。魔法少女としてヴェノムを見過ごすこともできない。俺はそんな彼女のかわりにヴェノムを倒して回り、負担を減らしている。

 『魔女』という組織に報告することができないから討伐報酬はないものの、くるみちゃんの月給には貢献していると言えるだろう。

 だから俺はただのヒモではないのだ!


「朝だぞ、起きろ」

「あと5分したらおこしてー」


 今日も今日とてくるみちゃんを起こしに行く。

 朝が弱いらしい。日が経つにつれてどんどん寝起きが悪くなっているような気がする。


「おへそ見えてるぞ」


 パジャマがめくれて縦に割れた可愛らしいおへそがのぞいていた。

 だらしない姿を晒しているにもかかわらず、眠気が勝っているのか気にする様子もない。


「襲っちゃうぞ?」

「んんー?」

「……聞いてるのか?」

「うぇひー」


 こりゃダメだ。

 このまま起こさずに放置したらどうなるだろうか。悪戯心がわいてくるものの同居人の義務として叩き起こした。


「ねむぅ」


 目をこすりながらリビングの椅子に座っている。

 今にも座りながら眠ってしまいそうで、全身から眠気が漏れ出ていた。

 俺は朝食の準備をしながら尋ねる。


「一人暮らししてたんだから一人で起きられるだろ?」


 この家での料理担当は俺だ。

 焼くだけのサバイバル料理が多かったとはいえ、あっちの世界では基本的に自炊していた。ある程度の料理経験はあるし、こっちの世界には豊富な食材や調理器具が簡単に手に入る。インターネットの様々なレシピを元に作ればそれなりのものを作れるから、料理をすることが楽しいと思う。


「ウラシマさんがいるから」


 うぇへへーとだらしなく笑っている。

 今までは一人だから、自分で起きないと寝過ごすことが分かっているから起きられたらしい。今は俺が起こすと分かっているから、ギリギリまで寝ようとしているのだ。

 底辺のおっさんの俺が言うのもなんだが、くるみちゃんはダメ人間化してないだろうか……。

 一人暮らしもしているし、しっかりした子なんだろうなと当初は思っていたのだけれど。


「出来たぞ」


 作り終えた朝食を皿に盛ってテーブルに置いた。

 本日の朝食はフレンチトーストだ。

 盛り付けも綺麗にできたし、中々にお洒落な朝食ができたと自負している。


「……ん?」


 いまだ寝ぼけているくるみちゃんが、朝食を見て固まった。

 そしてしばらく停止していたかと思えば――


「ほわぁぁぁ!」


 謎の奇声を発していた。

 眠気MAXダウナー状態が嘘のように顔がいきいきとしている。


「これ! これ! 昨日の!?」


 手を上下に動かして何度も料理を指差しながら、口をパクパクしている。喋りたいことが追いついていないようだ。


「食べたそうにしてたからな」


 昨晩のテレビで喫茶店のモーニング特集をやっていて、朝にフレンチトーストを食べられる生活を羨んでいた。ちょうど必要な具材は揃っていたから作ってみたが、彼女の反応を見るに大成功のようだ。


「ウラシマさんはお母さんだ!」


 その発言にドキッとしてしまう。

 嬉し恥ずかしのドキッではない。触れていい話題なのだろうかという驚きのドキッだ。


 くるみちゃんは女子高生なのに一人暮らしだ。

 家の中には家族の写真立てもない。今の人たちはパソコンやスマホに保存する人が多いようだから、それだけで判断はできないだろうが、くるみちゃんから親の影を感じたことがない。


「そこはむしろお父さんじゃないか?」

「んー」


 くるみちゃんはフレンチトーストを口いっぱいに頬張ってもごもごしながら断言した。


「お父さんでお母さん!」

「なんだそれ」


 訳が分からない。

 一人暮らしをしていただけあって、頑張ればある程度はできるようだが、くるみちゃんはあまり家事が好きではないらしい。

 だからこそちゃんとした食事を作ってくれる人を特別視しており、尊敬の眼差しがむず痒かった。




    ◆




 くるみちゃんの登校を見送った後、ベランダから空を見上げる。

 今日は快晴だ。雲一つ見当たらない。

 こんな日は布団でも干すのが吉だ。


 生活魔法は便利だ。少し工夫してやれば布団だってすぐに清潔にできる。ただ、それでもお日様で干したときの気持ちよさには敵わないだろう。

 高校生のくるみちゃんにはぐっすり眠ってもらいたい。ぽかぽかした布団にくるまれば、余計な考えごとをする暇もなく眠りにつけるはずだ。


「ふんふーん」


 17年前、男子高校生だった頃、母親に無理やり家事を手伝わさせられたことも多かった。当時は苦痛だったが、今こうして家事をしていると不思議と楽しく感じる。

 子どもの頃はあくまで自分のためにやっていた。今はくるみちゃんに喜んでもらいたくてやっている。その意識の違いが苦楽を分けているのかもしれないと思った。


「みんな、元気にしてるかな」


 俺は召喚されるまで、両親と妹と4人で暮らしていた。

 最初は行方不明者として捜索してくれていたと思うが、きっともう死んだことになっているはずだ。

 今さらどの面を下げて会えるだろうか。17年間行方をくらましていた理由も説明できない。

 

 彼らのことが気にならないと言えば嘘になる。

 いずれはかつて住んでいた家の様子を見てみたい。まだそこに家族が暮らしていた場合、直接会って話すという選択肢は存在しないが、遠目に見るぐらいはしてもいいだろう。


 俺が住んでいたのは島根県だ。

 ここ埼玉から島根に行くためには新幹線や飛行機を使う必要がある。まずはお金を貯める必要があった。

 戸籍も職歴もない俺にとって一番手っ取り早い方法は、『魔女』という組織に所属してヴェノムを倒すことだろう。


 将来のことを考えながら部屋の掃除をする。

 共用の場所の掃除が終わり、くるみちゃんの部屋に入った。


「また散らかしてる」


 家に初めてあげてもらったとき、部屋の中は多少散らかってはいたものの、そこまで酷くはなかった。

 一人暮らしをしているからある程度の生活力はあるのだと思っていた。

 

 でも思い違いだったかもしれない。

 くるみちゃんは全然片づけをしない子になってしまった。

 赤の他人である34歳のおっさんと一緒に暮らしておきながら、脱いだパジャマやパンツが床に散らばっている。

 やればできる子のはずなんだが……。


 甘えてくれているんだと思っておこう。

 高校生でありながら一人暮らしをしていたんだ。かわりに家事をしてくれる人がいれば、甘えたいと思ってしまうのは仕方のないことだろう。


 散らばった衣類を拾って洗濯機に放り込む。洗面所に置いてある洗濯カゴの中身も全て洗濯機に移した。


「おっと」


 可愛らしいピンクのブラジャーが目に入った。

 くるみちゃんがお風呂に入る際に外して、そのまま洗濯カゴに入れたらしい。

 このままでは型が崩れてしまう。ブラジャーを取り出して洗濯ネットに入れて、再び洗濯機の中に戻した。


 普通、年ごろの女の子はおっさんに下着を触られたくないはずだ。もし俺が逆の立場なら絶対に拒否すると思う。現に俺は母親に頼まれて妹の下着も一緒に洗濯していたところを見つかり、思春期真っ盛りだった妹にガチギレされたことがある。


 でもくるみちゃんは気にした様子はない。

 ブラジャーやパンツをたたんで部屋に置いても、「ありがとー!」とお礼を言う始末だ。

 彼女の中で、俺は親のような存在なのかもしれない。底辺のおっさんに対して余りにも無防備で呆れてしまうが。


「さて、と」


 洗濯も家の掃除も終わった。

 まだお昼の準備をするには少し早い。

 こんなときはゲームの続きでもやろう。


 ゲーム機の電源を入れて、国民的RPGをやり始める。

 何日もプレイしているが、いまだに主人公の勇者はスタート地点近辺から動けない。レベルはMAXになっていないからだ。


 ――旅に出るにはまだまだかかりそうだ。

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